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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
二章 うたげすすんで ひがくれて
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34 ぶちまけられた

 部活の一時終了後に割り振られたグループでの掃除。

 エンジョイ勢ということで先に上がる部員の中、今日は一年は俺だけであとは二・三年の先輩方が占めていた。

 不思議なことに押しつけられる事もなく、お互い振り分けられた部分の掃除をきちんとしたあと、部室で着替えて解散となった。

 三年の先輩だけは教員室に報告に行って鍵を閉めてもらうらしいが、それ以外の部員は各々の方向に向けて帰って行く。

 俺は少しだけ考えがあったので人の少ない学校の中を歩く。

 声をかけていたのは別部活のやつら。

 佐藤先輩について少しでもネタが仕入れられないかと、昨年のハーレム騒動にかこつけて今の佐藤先輩の情報をもらってみようとしていたのだ。

 あんまり時間がかからなかったことと早めに上がったことで、ハンドボール部の運動場所についた時にはまだ活動が行われていた。


「お、筒井じゃん。乙。」

「あ? 男バス終わったんか? 早くね?」

「おーす、須永に斎藤。

 ほら俺、エンジョイ勢だから」


 歩み寄ってきた俺に気づいた同じクラスの須藤と斎藤に声をかけられたのでそれに返し、先輩方にも軽く挨拶をするとマネさん(男)にも頭を下げる。

 予定ではあと20分ほど。

 見学の形で待たせてもらいながら、ついでにマネさんの手伝いも軽くこなし、時間をつぶす。

 マネさんと話しながら見ている中、ハンド部は全体での締めの運動を終えた。

 それを見届けた後、氷水をしみさせたスポンジを渡しながら声をかける。


 一年から二年の先輩に紹介してもらい、ハーレム被害組であることを話し、佐藤先輩周りの話をそれとなく仕入れる。

 秋作さんとやらのハーレム崩壊と同時に佐藤先輩が元気がなくなったこと、古賀が佐藤先輩と付き合い始めたしばらく後から表情が戻り始めたこと。

 他の秋作さん狙いの人たちの矛先はどこへ向いたか、クラスの男子の声かけの密度など、失恋に関する四方山話はどんどんと出てくる。

 そうして部活終わりの先輩方の話を聞いているうち、別部の人たちも参加、気づけば学内にあるセミナーハウスでの複数部にまたがる男どもの愚痴大会となった。

 先輩たちもたまっていることがあったのだろう、夕食に近い時間ということもあってか、宅配サービスを誰かが呼び、当日ながらセミナーハウスの正式な使用申請まで出しはじめ、野郎どもの宴会へとスムーズに移行していった。

 

 夏休みはじめというテンション、たまりにたまった苛立ち、翌日に学校がないという解放感、たまたま話の分かる先生の職直と、色々な幸運が重なることで俺の調査は大宴会へと進化した。

 もちろん最初の目的だった話は聞けたのだが、気づけば俺の交友関係も爆発的に広がり、二十二時を回ったころに先生が見回りに来て解散を宣言される頃には名前も知らなかった先輩のアイコンが通話アプリに入ることになる。

 

 そうして翌日、なんとなくその楽しさが胸の奥にくすぶるようで、ふらふらと学校に足が向き、ガチ勢の練習を見学することになった。

 汗をかき、声を出し、ボールを回す先輩に、同い年のガチ勢。

 熱を腹の中に抱え、一心に楽しむその姿が少しまぶしくて心が沸く感じがしたが、古賀が目に入り、その熱が一気に冷気へと変わる。

 

「おう、シュウ! なんだなんだ、暇人か?

 それとも、俺の手伝いに来てくれたのか?」

「んなわけねえだろ、まぁ、課題も一段落したから適当にな。」

「は?

 お前、いったい何を……まさか、フリマで買ったのか!?」

「おら古賀ぁ! ボールぅ!」

「あ、先輩すいませんっす!」


 軽く話しかけてきて、先輩に怒鳴られて戻っていく。

 周りの真剣な顔をしていた人たちが少しだけ笑うのがわかった。

 怒鳴る先輩も、怒鳴られた古賀も、なんというか良いフインキだ。

 ほわりと軽くなる雰囲気に顔が緩み、なんとなく手伝いをする。

 

 汗を流すことで少しだけ気が楽になり、やっぱり来てよかったと思う。

 何もしていないとふとした時にいやな汗、冷たい汗が流れている

 何人かの先輩はこれから別の場所でちょっとトレーニングをしたり、遊んだりするようで俺も遊びに誘われたが、今日は何となく気が乗らなかったので謝って家路につく。


 部活中、楽しそうにボールを使う古賀の姿がどうしても俺の精神を削った感じだ。

 俺の中にある疑問を古賀に直接言ってしまいたい気持ちもある、だけど、単なる見間違いだということを願う気持ちもある。

 どちらにせよ俺が行う行動に対して俺自身がしっかりと方針を決められない今の状態がどうにもスッキリしない。

 先輩たちと別れ、一人になるとついため息が口から漏れる。

 部活が疲れた、というものではなくて精神的な疲労。

 それによって筋肉疲労ではないもので肩が落ちているのを感じた。


 家に帰るとすでに夕飯の準備はされていたが、父はまだ帰宅していないようだった。

 最近の俺の帰宅時間にはすでに父は帰宅していて夕飯も一緒にできていたので、ちょっとした違和感がある。

 

「ただいま。 親父は?」

「ん、お帰り。

 なんかね、定時で終わったらしいんだけど、ちょっと遅くなるからって。」

「へー。……お、コロッケ。

 もしかして、俺の分多くなったりする?」

「んなわけないでしょ、そこまでは遅くならないわよ。」


 揚げたての食欲をそそる匂い。

 ザクザクとした感触が口の中に蘇る気がして、つまみ食いしそうになる自分を抑えるように部屋に飛び込んだ。

 Tシャツを脱ぎ、壁にかけているものと取り替えて部屋ベッドに体ごと飛び込む。

 軋むスプリングの上下運動は、目を瞑ったままだと気持ちのいい浮遊感になってくれる。


 このまま寝てしまおうか、なんて思うが左手はスマホを持ち、連絡記録を表示させた。

 恐る恐る開いた瞼に写ったのは、元からの連絡があったというポップアップ。

 何となく文字を打つ気にならなかったので元に電話をすると、少し画像も見せたいからアプリの会議モードを使いたい、と言うこと。

 疲れた体を起こし、スピーカーモードに変更すると、元の説明を聞きながらアプリを立ち上げる。

 会議のルームに入ると、そこには元のパソコンのデスクトップが映されていた。

 

『あー、あー、聞こえる?』

「おう、大丈夫だ。こっちは?」

『バッチリ。それじゃあちょっと調べたことを連携するね。』

 

 マイク感度は良好、学校でリモートワークをしたことがなかったため、こういう会議アプリ越しの会話は少しワクワクしてしまう。

 たとえこれから話すことに少しの楽しさがなかったとしても、だ。

 

『まず結論から言うね。

 黒でいいと思う。』

 

 あまりにもあっさり、元が結論をぶち上げた。

 

「いや、いきなりそれだけ言われても納得できねーよ。

 昨日のやつ以上になんかあったのか?」

 

 俺の言葉に対し、表示されたデスクトップ上でカーソルが動く。

 クリックされた動画ファイルが再生される、それは昨日俺と元が目撃した佐藤先輩の姿だった。

 開かれたフォルダ内、結構な数の画像ファイルと動画ファイルのアイコンが配置されているように見える。

 まさか、これ全部?

 ゴクリと唾を飲み、元の操作を眺める。

 それらの中の一つが再生され、その動画のある地点で再生は一時停止された。

 ぼやけた画像に何が何だかよくわからない俺を尻目に、もう一つウィンドウが開く。

 何らかのアプリを利用したらしく、新しく開いたウィンドウでは少し荒かった動画の一場面、その中に座る女性の顔が鮮明になっていく。

 その顔は、間違いなく佐藤先輩だった。

 

『画像、見えてる?』

「あぁ。」

 

 信じたくない、何かの間違い。

 そう思っていた。

 

『見ての通り、あの人はほぼ間違いなく佐藤先輩。

 それで、それを踏まえて俺がしたのはこの付き合いがいつからか、ってことを探ること。

 たまたまって可能性もないわけじゃないし、あの日、初めて会ったって可能性もまぁ、なくはないから。』

 

 本格的な行為にまで及んでいなければ、再構築もありうるのだろうか。

 俺なら?

 許せるか?

 自問自答するも、答えは出ないまま元の説明は続いた。

 

『で、関係確認に必要なのは、こっち、この男の人の情報。』

 

 カーソルで示される対象の人間は男。

 カールした髪とメガネ、細身の体はTシャツに良く映えている。

 顔はまぁ、間違いなくイケメンとは言われるだろう。

 古賀のような男らしさが前に出るタイプではないが、甘い声をかければ女子は喜ぶだろう顔に見える。

 

『俺たちの高校の人間では、間違いなくない。

 そして、この顔とタッパで流石に中学生はありえない。

 他の高校か、大学か、専門か。あるいは社会人か。

 で、どちらにしても他県の可能性はないだろうと思ってSNSの内何個かのうちの都の所在地で一ヶ月以内の画像を片っ端から集めさせて画像照合させまくった。』

 

 待て、さらっと言ってるがとんでもないことしてないか?

 

『自分の顔を出してるか、友達と写真撮ってるか。

 まぁ五分五分だったんだけど、ヒットした。』

 

 自分の顔をネットに載せるのはやめとこう、改めてそう思った。

 そういえば、元はSNSをやっていない。

 こう言うこともあると言うことを知っているからなのだろうか。

 

「本人のことまで辿り着けたのか?」

『うん、思った以上に簡単にわかった。』

 

 続いて画像が開かれる、あまり見ないプロフィール画像。

 確か、ショート動画投稿を主にしたプラットフォームのやつで、俺はやっていないがかなり爆発的に広まってるやつだ。

 

『楠寿郎、二十一歳、新嘗大学二年、理工学部。サッカー部所属で、色々とサークルも兼任してるみたい。』

 

 パラパラと開かれた画像が流れていく。

 最近髪型を変えたのか、少しばかり雰囲気が違うものもあったが間違いなく佐藤先輩の隣にいた男だ。

 友人とのダンス動画や食事風景など、楽しそうな姿が動画として上がっている。

 

『成績はいいみたいで、優良学生に一年時には選ばれてたみたい。その割には追試の話も結構出てて怪しいところはある。

 交友関係はすごく広いみたいで就活も多分内々で終わってる感じかな。まぁ、これは所属してるサークルの縦の繋がりみたいだけど。

 後、彼女とはちょっと前に別れてるみたいで、その彼女さんは同じ大学の人だったみたい。』


 画面に映された写真や証書など、いきなりの情報量にぶっちゃけちょっと引いた。

 探偵ではない、なんて本人は言っていたが、裏で依頼とか出してたんじゃないだろうか。

 もしそうでないなら個人でこれだけの情報を集められるわけで、はっきりいって怖いとおり越してキモいレベルだ。


『で、ここ最近、って言っても本当に何日かなんだけど投稿の傾向が変わってた。

 大学のサークルの人と映ってた飲み会の写真の割合が少なくなって、昼のおしゃれな食事の写真が最近いきなり出てきたんだ。』

 

 映されるSNSの画面、画面下の日付を見るに、確かに映えを意識した、いかにもお洒落なケーキだの、コースだのが写っている率が増えてきていた。

 男飯ともいえる肉の割合が減り、誰かに見せるような物が増える。

 見せるのか、あるいは一緒に見ているのか。

 人の顔や手などは写らずメニューだけなのが今の俺には逆に怪しく見えた。

 そんな風に考える俺に、元の言葉が続いて投げかけられた。


『これは、前の彼女がいた時のこの人のSNS投稿の傾向によく似てる。』

 

 その元の言葉に、ピクリと俺の肩が動いた。

 むろん、女がいたことに対する嫉妬ではない。

 きちんと言葉の意味、今新しく女をつくろうとしているということだということは理解している。

 だから、ちゃんと嫉妬だけじゃない。

 

『もちろん、それだけじゃ証拠にならない、けど、ここ。』

 

 元が示したのはおしゃれなカフェめしのプレートの写真、その投稿日の部分。

 俺と元が先輩と思われる人を目撃したその日の昼頃にされた投稿だ。


『映ってるご飯は結構有名なやつなんで、同時刻に人がいる可能性があると思ってこの時間で絞り込んで、同じカフェにいる人が写真撮ってないか探し回ったら、こんな写真があった。」

 

 最前面に移動させられた写真は、大口開けて飯を食べる瞬間を写した写真。

 その人の体に隠される形で、問題の大学生と同じ服を着た男の後ろ姿と顔が写り込んでしまった向かいの席の女性。

 佐藤先輩と同じ髪色、髪型がくっきり映っていた。


『着てる服も同じ、顔は見えないけど、髪型は完全にあの日の佐藤先輩。』


 拡大され、改めて見せつけられる証拠画像。

 必死に信じた嘘が剥がされる痛みに、スマホを握る俺の手が震え始めた。

 

『時間的にも矛盾はない、で、この時間から俺たちが見たあの時間まで一緒だと考えると、多分。』

 

 そこで言葉を切られたが、その後に続く言葉はもうお互いにわかっている。

 だが、それでもまだ決められたくない。

 古賀が報われてほしい。もし本当に俺の、元の考えている通りなら、あんまりにも程がある。


「証拠になりそうなのは、その一回だけか?」


 俺の声に、元の操っていたマウスカーソルが止まった。

 最大音量に合わせたスマホのスピーカーから、元の呼吸音が聞こえてきた。

 その呼吸で、なんとなくわかってしまった。

 

「他にも、あったんだな?」

 

 数秒の空白の後、うん、と肯定する元の言葉とともにカーソルが動き、別の画像が貼られ始めた。

 先輩の呟きと合わせて貼られた写真と、明らかに違う場所で映っている先輩の姿。

 大学構内でのみ回されているSNSの情報や、古き良きコミュニケーションツールも利用し、先輩がいないはずの場所にいる画像、一緒の場所にいる写真や短い動画などが次々と出てきた。


『はっきり言って、かなり迂闊だと思う。状況的に証拠はかなり多いよ。』


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