30 お邪魔しました
手を合わせ、タイミングを作ってくれる元に合わせて俺もご馳走様と感謝の意を述べる。
美味かった。
俺が物心ついてから食べた寿司の中では間違いなくナンバーワンだ。
「スッゲーうまかったっす。もう回転寿司食べられっか心配なぐらい。」
「あらあら、ありがとう、筒井くん。
でも、きっと大丈夫よ。ルカなんか元くんと一緒に回転寿司行ったりしてるわよ。」
「え、まじかよ。」
つい砕けた言葉で元に聞いてしまう。
お茶を飲む姿はどっしりと落ち着いていて、改めて見ると今俺がいる和室とスッと合う感じがした。
「ん、流石に時々だけどね。」
「ごめん、私もちょっと驚いた。
お二人の好きなネタは?」
「俺は炙りマヨエビとシーチキン。」
「ハンバーグが好きです。」
「感動しながら食べたこの寿司に謝罪させるべきか俺は今すっげえ迷ってんぞ。」
悪びれる様子もなく色物寿司を好きだと言う元と詞島さんに、俺は素で突っ込んでしまう。
大木さんの方も、解釈違いだと詞島さんに抱きついているが、それは一体何なんだ、女子間だとそういうスキンシップがありなのか。
あぁ、羨ましい。
くすくすと笑う清子さんと奏恵さんの姿に、お二人の好みも聞いてみたくなったが抑えた。
これで牛カルビなんて答えられた日には、俺は江戸前寿司というものに牛が入ることを認めなければならなくなるだろう。
そんなバカなことを考えていると、気づけば桶は捌けていて、目の前の湯呑みからお茶の湯気が上っていた。
改めて湯呑みを手に取ってみる。
ざらりとした手触りと、不思議と指に吸い付く感じ。
いい湯呑みなのかな、なんて思いながら、息で冷ましつつお茶を啜る。
寿司にばっかり気を取られていたが、お茶も随分といい物な気がする。
渋みはないし、苦味もない。
ただ飲んだ後、舌の付け根に残る仄かな甘みが後を引く味だ。
そんな食後のお茶、アガリを堪能しながらも大木さんと元の話に適度に合いの手を入れる。
そうして食後の話が弾み、ブルリ、と震えるスマホを見ればもう二十時。
あっという間に思えたが、そろそろいい時間だ。
元を見ると、詞島さんと話していたのだが視線に気付いたのかこっちを向いてくれた。
そろそろ帰るわ、の意思を乗せた視線を理解してくれたのか、小さく元は頷いた。
「んじゃ、そろそろお暇します。」
「そうか、今日はありがとう。
いつもより賑やかで楽しかったよ。」
「いえ、そんな。
俺の方もいきなりお邪魔しちゃって、こんな美味しいもん食べさせてもらっちゃって、本当にありがとうございました。」
徹さんの優しい言葉に、恐縮しながら頭を下げる。
時間にすると一時間と少しといったところか、たったそれだけの時間しか過ごしていないにも関わらず、立ちあがろうとする腰が少し重い。
大人との食事、しかも自分とは何の関係もない人たちで初対面のはずなのに、なぜだろう、不快感はかけらも感じることなく、純粋に美味しさを噛み締めることができたと思う。
「じゃ、行こうか。」
「行ってらっしゃーい。」
「え? 大木さん残って元が着いてくんの? 逆じゃね?」
「今日は桃ちゃんお泊まりなんですよ。」
ねー、と声を合わせる二人。
顔がいい、その上で女であるというのは本当に得だな。
目の前の光景に対しては全力で拍手を送るだろう群衆も、俺と古賀あたりが同じことをやったら、世の男どもは三族まで塵殺する様な悪鬼羅刹となること必定だろう。
「まぁ、そんなわけで駅前まで話しながら行こう。」
「いいけどさ。えっと、それじゃあ詞島さんのお父さん、お母さん、おばあさん、今日はほんと、ありがとうございました。」
「うん、筒井くんお疲れ様。」
「またおいで。」
奏恵さんと清子さんの優しい言葉に、もう一つ頭を下げると背中側に置いていた荷物を持って歩き出した。
元はいつの間にやら襖を開けていて、俺を待っていた。
襖を越え、廊下に出てふと後ろを見る。
詞島さんと大木さん、奏恵さんはお互いに話していたようだが、徹さんと清子さんは俺を見ていた。
にこりと微笑む二人に、俺は自然と頭を下げた。
礼儀とかマナーとか、そういうことをしっかり学んだことがない俺には珍しく、自然に出たお辞儀は、なぜかすごくしっくりきた。