41 08:52 正門
「ねぇ桃、清夏のやつのこと、何か知らない?
昨日からなんの連絡もないし、既読もつかないんだけど。」
いつも通りの登校。
昨日のアレのせいで部屋の隅のみかん箱で朝食をとることになった父以外に特に変わりなく朝を過ごし、教室についてラノベを読んでいた私に陽奈が声をかけてきた。
昨日、私たちが放課後に竹田さんと話したことはクラスでは特に話していない。
そのため、竹田さんはクラスメイトの子達にとってはいきなりなんの連絡もなく二日連続で朝の登校をしてこない、しかも友人側からの働きかけも何も返答してくれない状態という、あまりにも彼女らしくない状態となっている。
暇さえあれば呟き、楽しそうなものにチェックをつけ、共感を世界に発信する。
そんな子のいきなりの情報断絶は周りにとっては十分に異変にあたるのだろう。
どう答えたものか、少しだけ迷った私は惚けることにした。
「私はちょっと、知らないかなぁ。
先生の方はなんか知ってるんじゃない?」
「そっかぁ。
あいつと最後に会ってたの多分桃だしさ。
アタシも行きたいっつってたのに、桃たちだけライブに誘いやがって。
なんか知ってたらって思ってたんだけど。」
陽奈の言葉に、ピクリと肩が動いてしまう。
そっか、陽奈は、来なかったんじゃなく来ないようにしてた、か。
じゃぁ、やっぱり私たちは…
思考が黒く濁った方向に傾きそうになった瞬間、教室に先生が入ってきた。
気づけばクラスにはもう生徒のほとんどが到着していて、時計の針も予鈴一分前と言ったところだ。
読もうと思っていたラノベは話しかけられてからほとんど進んでいないページのまま開かれていた。
ドアから入ってきた先生は教卓横に立ち、チャイムが鳴り終えるのを待つとクラス内を見回してSHRの開始を告げた。
連絡事項は特にない。
せいぜい期末には気をつけろと言うぐらいだ。
そんないつも通りの連絡事項の最後、締めの直前にいつもと違う話が少しでた。
「あー、昨日に引き続き、今日も竹田は休みだ。
どうも体調が戻らないらしいんでな。」
昨日に引き続き、ね。
なるほど、そういうことにするってことか。
チラリと辺りを見回せば、心配そうな顔をする子が結構いる。
いつも話してた子、最近一緒にお昼を食べた子、体育祭の同じ種目に出てた子。
竹田さんは、明るくて物怖じしない人のように見えた。
教室内のざわめきを見るに、彼女の交友関係はやはり広かったのだろう。
ルカを見る。
じっと机を見る目が、少し悲しそうだ。
昨日の私たちを守るような言葉、それが竹田さんを傷つけたことを悔いているのだろうか。
うん、やっぱり、だな。
まだ、終わっちゃいない。
親が来て、謝られて、ルカの言うように保護者に連絡が行くようにして。
学校も驚くことに話し合いの席を設けてサポートまでしてくれる。
後は大人の話し合い、それが一番良いんだろう。
ルカの敷いてくれたレールは本当に正しい道だ。
けど、やっぱりこれじゃあ私が納得しきれない。
悲しそうなルカの目が、私の決意を確固たるものにした。
よし、まずは会おう。
場合によっては引き摺り出す。
それには私だけってのが多分一番だ。
ルカでは強すぎる。
才加と裕子は言っちゃなんだが接点が弱い。
私が一番マシなんだ。
私が一番に誘われた、私をとっかかりにルカを、裕子を、才加を引っ張り出した。
きっと、竹田さんにとって話しやすかったのは私なんだ。
ふふふ、私を選んだことを今更後悔しても遅いからな。
「先生。」
廊下に出て、職員室に戻る先生に声をかける。
振り返る顔には、少々疲れのようなものが浮かんでいた。
「私、今から体調悪くなるんで早退します。」
目線を逸らさないままの私の言葉に、先生は疲れを滲ませる濁った目のままじっと見つめ返してきた。
おいおい、女子高生をあんまり見ないでくれよ、金取るぞ。
「そうか。
わかった。」
そう言うと、先生は踵を返して教員室へ向かった。
止めないと言うことは、やはり私がこれから何するか気づいているのだろうか。
いつもなら、ふざけるなさっさと教室戻れ、くらいは言われるはずなのだから。
見逃してもらった形になる私は、不思議と湧いてくる嬉しさで笑みの形になる顔をそのままに教室に戻り、リュックを引っ掴んでまた教室を飛び出した。
どうしたの、なんてかけられた声にちょっと体調不良、と返し、校門に向かう。
やると決めた私の行動に、ブレーキだとか謙虚さとか計画性などというものはあんまりないのだ。
「おいこら。」
そう、止められるのは物理だけ。
ぐえ、と喉から華の女子高生らしからぬヒキガエルを轢き殺した時のような粘着質な声が漏れる。
どうやら襟首を持たれたことにより、私の喉に前襟が食い込んだらしい。
なるほど、柔道ではこう言うことがいつも行われているのか。
男子ってマゾなのか?
「何すんの、いじめなら受けてたつよ。」
「するかっつーの。」
一階と二階の間の踊り場。
そこで私にあんな恥ずかしい声をさせたやつに私は振り返った。
声から気づいていたが、そこにいたのは陽奈だった。
「あんた、清夏に会いに行くつもりでしょ。」
「は? 違いますし?
頭痛がひどいから今から天然痘ワクチン打ちに行くだけですー。」
スコン、と空の段ボール箱を叩いたような音がした。
陽奈のツッコミは初動が少なくて、覚悟が間に合わないレスラー殺し、これは書に残しておかねば。
いてて、と頭を擦りながら陽奈を睨むと、私の両頬が右親指と人差し指で挟まれた。
無理やり形作られた千年の恋も覚めそうなキス顔の私に、陽奈がちょっと怖くなるくらいに真面目な顔で圧をかけてくる。
「真面目に答えて。
清夏に会いに行くんだね?」
目力の込められた強い視線に、あぁ、こりゃ無理だと悟った私は掴まれたまま、こくりと頷いた。
それを見て、陽奈は私のもちもちほっぺを解放する。
むぅ、嫁入り前の娘の顔になんてことを。
「アタシも行く。」
「え、でも。」
「行くから。」
私に三白眼を向けて真正面から放たれる言葉には有無を言わさぬ強さがあった。
はぁ、と息を吐き、好きにすれば、と言って歩き出すと、陽奈は私のすぐ後をついてくる。
竹田さんの家、その住所は昨日竹田さんのお父さんからもらった名刺に書かれていた。
お父さんの勤め先の名刺、その裏に個人の住所、電話番号が書かれたそれはあちらからの精一杯の誠意だったのだろう。
校舎で勉学に励む人達に見られないように、裏門を出て最寄り駅へ。
スマホの地図アプリで示された最短ルートをなぞる私の後ろを、陽奈は何も言わずについてきた。
入学以来、私ともそれなりに付き合いがあった陽奈。
実は初めて話した相手で、今でも何かあれば仲良く話したりご飯したりする。
竹田さんと仲がいいこともなんとなくはわかっていたが、やはり自分を介していない人の繋がりというのはそこまで詳しくないものだ。
自分では仲がいいと思っていた友人が、思っていた以上の人脈を持っていて仲がいい知り合いがいた。
ふと、ルカと初めてお泊まりした翌日を思い出す。
あの時のレアにじんわりと脳が焼かれる感じとは違い、私が感じているのは苛立ちと安心感だった。
竹田さんには、友達がいたんだという思い。
竹田さんには、友達がいるのにという思い。
どう整理したものかわからない不思議な感情のまま、陽奈に声をかけるのもなんとなく躊躇われて二人仲良く無言のまま目的地へと歩き続けた。
二人とも制服だが、不思議と警察などに声はかけられなかった。
歩いて、電車に揺られてまた歩いて。
女子高生二人なのに可愛らしさも明るさもないまましばらく歩き校舎を出てから一時間弱、私たちは目的地へたどり着いた。