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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
一章 さけのみよにん あつまって
37/145

36 07:30 通学路 

 ぶるぶると、枕が揺れる。

 薄く目を開けると、足。

 上下逆にした抱き枕にプリントされた我が推しの足部分が私の目の前にあった。

 ぼうっとした頭のまま、抱き枕の上下を入れ替える。

 ぶっきらぼうな俺様キャラで人気なソシャゲのキャラクターの顔がプリントされた面が眠気で霞む私の視界いっぱいに広がった。

 んふー、と満足そうな鼻息を出し、目を瞑って顔を擦り付ける。

 推しをイメージして調合してもらった香水の香りが寝起きの脳髄に効く。

 後三回深呼吸したら起きよう。

 そう決めて、ゆっくり息を吐き、息を吸う。

 三、二、一、ゼロ。

 四回目の深呼吸で抱き枕を離し、天井を向く。

 眠気は少しだけマシになった。

 頭の下に敷いた、抱かない方の枕の下に手を入れる。

 潜り込んだスマホがぶるぶるいっているので、画面を見てアイコンをスワイプ。

 アラームを止めた。

 ノタノタと上半身を起こし、窓際の紐を引く。

 いくつかの滑車を経由し、スルスルとカーテンが引かれてレースだけが残り、遮光部分は窓枠に沿って開かれた。

 太陽は雲に半分隠れていて、正直快晴よりも私的には快適だ。

 ベッドから足を下ろし、スリッパを履く。

 左足部分は脱ぎ捨てた服の下に潜り込んでいたので、足で衣類を退けながら履く。

 首を回し、ちょっとしたストレッチをしながらドアに向かうが、途中で足が何かに引っかかった。

 ガタン、音を立てて何かが飛んだ。

 恐る恐る見ると、携帯ゲーム機が床の上を転がっている。

 あぁ、そういえばヘアアイロンだの何だのを使ったせいでベッド近くのコンセントが埋まっていて、部屋を横断するような感じで充電してたんだった。

 慌てて画面を見る。

 ヒビはない。

 ついで電源オン。

 こちらも大丈夫。

 朝イチからテンションダダ下がりになるような羽目にならず、心からホッとしてゲーム機をベッドの上に放り投げ、部屋を出る。

 ドアを開ければすぐにリビング、お母さんが料理を作っていて、お父さんがテーブルの上に新聞を広げている。

 

「おはよー。」

 

 私の挨拶に、二人もおはよう、と返してくる。

 油の焼ける匂いと、卵か。

 糠床の匂いもする、これは清子さんからもらったやつだな。

 準備すぐできるから早く顔洗ってきなさいとの言葉に生返事を返し、顔を洗う。

 ゆっくり、しっかり、柔らかに。

 洗顔から乳液の塗布まで終わらせて、眠気が消えた目で鏡を見る。

 ふむ、毛穴が少し閉まって来たか。

 善哉善哉。

 冷風のドライヤーで髪を軽く動かし、朝の準備は完了。

 くる時とは違ってしっかりとした足取りでリビングに向かう。

 新聞を畳んでテーブルを拭いている父の隣で、母が皿を並べている。

 一つのプレートに小さく盛られた白米と、卵とソーセージ。

 それと私が毎週作らされているキャベツと水菜の千切りサラダ。

 うむ、いつもの朝食だ。

 最近漬物の美味しさに目覚めた両親が白米を炊くようになったのは個人的には嬉しいものである。

 

「桃。」

「んー?」

「ライブ、どうだった?」

 

 席に着き、箸を伸ばしてウインナーを半分齧ったところで、父がそう話しかけて来た。

 あの日、何があったのかはまだ詳しく話してはいない。

 警察からも連絡はないし、親からしてみればルカに頼み込まれて泊まるのを許可したくらいなもんだろう。

 以前ルカが来た時もすごかったもんなぁ。

 流石にサインさせそうになったのだけは止めたけど。

 

「そうだねぇ、

 文化が違う、って感じかな。」

「ん?」

「まぁ、楽しいではあったよ、次はないかもだけどって感じ。」

「そうか。」

 

 漬物を乗せた白米を口に運ぶ。

 酸味と塩味の塩梅が絶妙で、水分の抜けた大根の歯応えも快感だ。

 

「桃。」


 また父に話しかけられる。

 ちょっと待って。

 今卵焼き食べてる最中なんだから。


「何。」

 

 何か言ったらすぐに口に放り込めるように、ミニトマトを箸でつまみながら父に問う。

 ちょっと掴みづらくてプルプルしてて、ヘタの部分から刺しときゃよかったとちょっと後悔中だ。

 

「あー、その、だな。」

 

 ほら、早く言え。

 そんなふうに考えながら、眠気を感じる脳のまま、次がれる言葉を待つ。

 

「大人になったか。」

 

 ドカン、と音が鳴る。

 テーブルの対面に座っていた父が真横に吹っ飛んだ。

 私の対角に座っていた母による真横への蹴りのようだ。

 つまんでいたトマトを皿に置き、部屋に戻る。

 幸いご飯は八割方済ませている。

 勿体無いが、今はもう家から離れたかった。

 部屋に戻り、パジャマを脱ぎ、ベッドの上に放り投げる。

 下着、肌着、制服といつもの服を着て、鞄を持つ。

 幸い今日は体育はない、授業用タブレットと本にノートだけで十分だ。

 ドアを開け、リビングを通る。

 正座をさせられた父を母が仁王立ちで見下ろし、私には聞こえないぐらいの声量で詰めている。

 良い様だ。

 

「桃。」

 

 後ろを通って行く時、唾でも吐いたほうがいいかと思っていたところ、今度は母が声をかけてきた。


「ハイ!」

 

 立ち止まり、母に正対するように綺麗な気をつけの体勢を取る。

 そんな私に母が一枚のお札を差し出してきた。

 千円札。

 他の家ならともかく、バイト前の私にとっては結構な金額だ。

 

「朝、まだ足りなかったらこれで何か食べていきなさい。」

「えっと、いいの?」

「いいのよ、家計からは出ないから。」

 

 あぁ、なるほどね。

 母の肩越しに、悲しそうな視線が飛んでくるが無視。

 

「じゃ、行ってきます!」


 玄関に向かいながらそういうと、母と父からはいってらっしゃいの言葉が飛んできた。

 まぁ、父のは「いってら」、まで行ったところで何かを踏み潰すような音で止められていたが。

 ドアを開け、外に出る。

 胸ポケットから、伊達メガネを取り出す。

 プラ板一枚の防護壁は、いつも通り私の視界をクリアに保ってくれる。

 ゴミを捨てて戻ってくる途中だった隣の柴田さんに朝の挨拶をしながら階段を降りる。

 さぁ、今日も楽しくいこう。

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