28 18:55 ライブハウス
ライブが終了した。
流行りの曲調にどこかぶっちぎりきれてない感じの初々しさ、中々なかった感触だ。
いわゆる、アマチュアバンドど真ん中。
鬱屈した感情も、表現したくてしょうがない激情も特にない、ただバンド組んでライブを楽しむ、その軽い楽しさを感じられた。
摂取カロリーの低い、何というか気楽に聞ける時間だった。
お目当てのバンド以外にも何組かバンドはいて、有名グループのコピーバンドに、笑わせることが第一のコピーバンドなんかもいて、バラエティに富んだ時間は若干盛況のうちに終わりを告げ、私たちはライブハウスの店員さんに促されて退場した。
入り口付近では当たりの迷惑になるだろうと、少し歩いて二件となりの営業時間外になった弁当屋さんの前で足を止めた。
ライブハウスの熱気とは違う暑さで、はしゃいでかいた汗とは違うじんわりとした暑さのせいで浮かんでくる汗を拭い、大きく背伸びをした。
変な緊張と、上げ続けた両腕のせいで凝り始めた筋肉を伸ばし、ライブという非日常から意識を切り替える。
「んー、叫んだー。」
「楽しかったね。」
「うん、あたしも初めてだったけど、こんだけ盛り上がれるのは楽しかった。
自分で見つけた推しのライブなんかもっと楽しいのかな。」
「そりゃあもう、自分が見つけた推しだったら感動も一入よ。」
ライブの楽しさを体験してちょっと興奮気味な裕子と才加に、推し活の楽しさをかけらだけ布教する。
入り口まで案内できたとしても、型までどっぷり使って楽しめるのかは本人の感性に任せるしかないのだから。
まぁ、隙があれば喜んで引き摺り込んでやろうとは思っておりますが。
ふぅ、と肩から力を抜いて溜息一つ。
あげまくったテンションの名残りで頭が少しだけ茹っているのを感じる。
お酒を飲んだことはないが、酩酊感と言うのはきっとこう言うものなのだろう。
「夕ご飯には少し遅い時間だし、やっぱり少し食べてて正解だったかなー。
何もお腹に入れてなかったらちょっと途中でばててたかも。」
「わ、私も桃ちゃんに言われて食べててよかったな。」
「うーん、ゆーちゃんありがとー。」
愛いやつめ。
頭を撫でてしんぜるから少し頭下げて。
「それじゃぁ、今日はこれで。
竹田さん、ありがとうございました。」
ルカの言葉に、私と裕子、才加も合わせて感謝の言葉を述べる。
色々あったが、楽しいことは確かだった。
ライブという文化を友人に触れさせられたことも、大きなプラスだ。
さて、それではあとは四人で帰ろうか。
そうして歩き出そうとした時、私の手首が握られた。
「あの、竹田さ」
「これで終わりなんて言わないでよー。
私のいるグループなんだけどさ、これからみんなで感想言ったり歌ったりするんだ。
よかったら、一緒に行こうよ。」
私の声を遮り、竹田さんが私を誘う。
私より背の高い彼女だ、見下ろす目は影になっていて見えづらいけど、どこかいつもよりも見開かれている気がする。
「竹田さん、すみませんが桃ちゃんを誘うならちゃんと」
「いやいや大丈夫、もちろん詞島さんも参加大丈夫だから!」
「いえ、私が参加するとかじゃなくてですね」
「ねぇ?
ほら、まだ騒ぎ足りないでしょ?
今回のライブ以外にも、色々行ってる先輩とかもいるから、きっと面白い話聞けるよ?」
割り込んできてくれたルカにもおざなりな対応をしながら、握る手をそのままに私に話しかけてくる。
よくわからないが、竹田さんの私に対する執念のようなものを感じる。
答えようにも矢継ぎ早にはなしかけられ、否定の言葉がうまく話せない。
ちょっと不安そうにしている才加たちのためにも、一応ちゃんと反応しなけりゃダメだろう。
「あのね、竹田さん。」
しっかりと文節を区切り、少し低めに声を出す。
なかなか載せない拒絶の意志を多めにした声。
ただ、やはりこれでも竹田さんに意見を聞かせるにはまだ足りないようで。
こうなると、もはや私にできることは電話でも何でもして、私以上の格を持つ人に頼るしかなくなってしまう。
なんかもう面倒だなぁ、と思ってしまいそうになるところ、竹田さんが私に顔を近づけた。
「ね、お願い!」
「いや、でも。」
「竹田さん?」
「お願い、します。」
何があるのかわからない、けど、頼み込んでくる竹田さんの目があまりにも可哀想で、つい足を止めてしまう。
竹田さんはそのまま震える手で、私の隣にいたルカの手も掴んだ。
「お願い、今日だけでもいいから。」
ルカを見る。
あちらもこちらを見ていたようで、視線が合った。
なんか変だ、けど、ここで切り捨てるのもクラス内の雰囲気に嫌なものを残すかもしれない。
竹田さんはこれでもクラス内でスピーカーとして役目を果たす、浅く広くの人。
私だけならともかく、ルカ、才加。ましてや裕子の変な噂でも流されるのはちょっといただけない。
ここまで私を逃したく無いという思い。
それはひいてはルカを離したくないという考えじゃ無いかと、私の脳は弾き出した。
思うに、可愛い女の子を集められるというその実力の証明が竹田さんには必要だったのだろう。
その証明の理由はわからないが、その証明の必要性として、おそらく竹田さんのグループ内でのカースト順位に直結するに違いない。
拒絶するには、クラスメートというのはちょっと関係が強い。
喜んでいけるほどの信用はないが、それでも切り捨てるほどではないというのが悩ましい。
はぁ、とため息を吐いて、分かった、と告げる。
途端に破顔して友達に言ってくるね、と竹田さんが駆け出した。
「桃、打ち上げ行くの?
じゃあついてっていい?」
才加の声に、私に対する信頼の重さが悔しい。
だめ、と言えたらどれだけいいか。
「桃ちゃん。」
「ごめん、ルカ。
絶対に、何もさせない。」
私の言葉に、ルカが困惑した表情のまま、私を見つめた。
久々に見る、本当に困った時の表情。
そして、微かに透けて見える恐れの色。
山上君がいて、あの家族が居て。
そのせいで生まれた弱点が、今のルカの状態を形作っていた。
どう見てもいつも通りではないルカの手を握り、不安そうに揺らぐ赤い瞳を強い気持ちで見つめ返した。
「ルカ、今日は遅くなるかもって話した?」
「え?
あ、うん、桃ちゃんと他の子もいるから、ライブの後も遊ぶかもって。」
「そう、じゃぁ山上君に今終わったって連絡入れて?」
私の言葉に、あ、そうだね、とルカは山上君にメッセージを飛ばした。
いつもならちょっと困ったり気になったりしたら連絡していただろうに。
やっぱり、ルカを見た時の竹田さんのあの目。
悲壮な、どろっとした目。
ああいう人の暗い面を覗かせるようなコミュニケーションを、ルカは経験して来れていないのだろうか。
中学以前はそれ以前の状態だったとは聞いたが、やはりあの家族のおかげか。
私の見る前でメッセージを送り終えると、ルカは目に見えてホッとしていた。
それである程度精神の切り替えもできたのだろう、顔色も少し血流が戻っているように見える。
そんなルカの顔を、両手で挟む。
身長差もあるので少し辛いが、我慢だ。
「ルカ、大丈夫。」
名前と、言葉。
一つ一つに私の気合を込めて伝われと喉を震わせた。
声量は大きくないが、それでもルカにはきっと聞こえたはずだ。
まぁ、かっこいいこと言ってみはしたが、正直そこまで深く考えてはいなかった。
だって仕方ないでしょう?
決行日は単なる三連休、誘われたのは学校の教室。
明らかに家庭環境に問題が見受けられない私たち。
そんな私たちをどうにかする?
リスクあり過ぎるでしょ。
とりあえず、この心配を後で思い返して笑い話にできることを何とも知れないものに願う。
一方、カラオケボックスに向かうことを承知した、という私たちの返答、それを伝えて帰ってきた竹田さんはに本当に嬉しそうしていて、隣の彼氏さんも同じく、少しわざとらしいくらいに嬉しそうにしていた。
そんな二人に先導され、ライブハウスに戻り、既に人がはけているロビーのようなところに案内されると、そこには二人の女性がいた。
「センパーイ、お疲れ様!」
「清夏っちゃん、お疲れー。
今日も楽しかったねー。」
「ねー。」
先輩、と言うのは何のだろう。
何かのクラブとか?
聞きたい気もするけど、ここで質問攻めにするのもちょっと怖いかなぁ。
グッと我慢し、ニコニコと知り合いがその知り合いと話すのを見る。
微妙な疎外感を感じながら、紹介されるのを待った。
「それで、その子達が今日一緒に遊ぶ子?」
「あ、はい、そうです。」
竹田さんの肩越しに私を見た人が、四人の中で一番前に立っていた私に近寄って来た。
バンギャ、といった感じではない小綺麗にまとまったファッションの、普通の女性に見える。
声もファッションも、あまりにも普通で逆にどうやってギャルっぽい竹田さんと知り合ったのか私の方から聞きたいような二人だった。
「清夏ちゃんの友達だって?
アタシは滝沢のどか、よろしくね。
こっちのメガネが川松沙羅。」
「ヨロシク。」
「二人とも私にとってはライブの先輩でさ、いろいろ教えてもらってんのよ。」
「よろしくお願いします。」
竹田さんのライブ参加における先輩に当たるらしいお二人に、私たち四人がそれぞれ挨拶する。
どうも大学生のお姉様らしく、確かにどこか貫禄がある。
いや、腹回りの話じゃなくてね。
この人たちだけならいいんだけど、残念ながらそうはいかないか。
後ろから歩いてくる人。
男の人一人、男女比二対七。
このぐらいならまだ安心できる、か?
「どうも、広瀬です。
よろしくね。」
はい、安心感が七割引です。
シャツを着崩し、ツーブロックで髪を立てたいかにも遊んでそうなスタイルの男の人。
人好きのする笑顔を浮かべるその人に、なぜか私はちっとも惹かれなかった。