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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
最終章 よいのくちより ともがたり
143/145

友人代表

 一通り食べて、飲んで、終わったら二次会なしで解散。

 楽しさを引きずらず、物足りないくらいがちょうどいい。

 元の言葉でそういう風に締められた第一回の社会人飲み会から、気づけば俺も桃も、恭香さんもそのノリに巻き込まれていた。

 後ろ髪を引かれるような、そんな気持ちを持ったまま家に帰り、筒井の姓の下に二人の名前が書かれた表札の飾られたマンションの部屋に戻る。

 お互いに荷物を置き、着替えてから自然とリビングに座り、タブレットからグループチャットに一言二言呟く。

 話漏れたこと、帰り道に思い出したこと、話して出てきた話題。

 一言も書いていなくても、通常レベルに国語力を持っていれば気づいてしまうくらいに次を楽しみにしていることがわかってしまうほどに気色が文字から滲んでいた。

 お互いの日常を進めて、疲れて軽く愚痴ったり、うまく行ったことで気分が上向いたり。

 なんとなく、会いたくなったなと思った時に、またみんなで会うことになるんだろう。

 タブレットに打ち込んだ文字に元とルカさんの既読がついたこと、サムズアップスタンプが押されたことを見て、ふ、と鼻から短く息を吐く。

 (とし)君の寝顔と、それを抱くルカさんの写真が続けて投稿され、それを肩越しに眺める桃が耐えきれず声を漏らす。

 電源ボタンを押してスリープさせ、背筋を伸ばしながら人をダメにするソファに体重を預けた。

 

「ねぇ、シュウ君。」

「ん?」

 

 怖がっている時の声。

 加えて、ソファーをずりずりとずらしながら俺の背にくっつき、回された手は、勇気を振り絞っている時の桃の感触だ。

 首に回された腕に、軽く手を置く。

 心臓から、腹から、俺の体の隅々から熱を集め、手のひらから伝えて、震えがすこしでも緩むように。

 

「あのね?」

 

 すぅ、はぁ、すぅ。

 深呼吸というには浅いそれが耳にくすぐったい。

 それでも、笑い声はちっとも出なくて、細くて柔らかな腕が愛おしくて仕方ない

 

「その、そろそろさ。」

 

 肩から胸元に下ろされ、脇下から伸ばされた腕が胸元で結ばれる。

 トントンと、断続的に背中に桃の頭が触れる。

 桃は、変わらない。

 楽しいことを楽しいと、きついことをきついと言ってくれる。

 心の動きをストレートに伝えてくれるその姿が何度俺を励ましてくれたか。

 飽きや馴れで怠慢になってしまいそうな二人の生活を、桃のおかげで立て直せた回数はきっと両手では足りないように思う。

 そんな桃の言い淀む言葉、それはきっと俺と桃の関係に関することで。

 元とルカさんの二人にも関することなんだろう。 だとすれば。

 なんとなく分かるような気がして、桃の小さな手に俺の両手を重ねる。

 そのままじっと、桃の気の済むようにさせる。

 

「ルカが、羨ましくて。」

 

 やっぱりか、と自分の考えも桃と変わらなかった事が嬉しい。

 今の胸元のように、心も重なってくれていたことがわかって、桃の手の下にある俺の心臓が柔らかな熱を持った気がした。

 

「俺も、元が羨ましい。」

「ごめん、どうしてもサイズが増えなくて。」

「それじゃない。それにそこはもう織り込み済みだから大丈夫。」

「うう。」

 

 ぐ、と桃の抱きつく力が強くなる。

 照れ隠しでされた行動が、とても可愛いと、変わらず思う。

 

「子供ができても、ああいう風にいられるのはいいよな。」

「うん。そう思う。」

 

 高校時代、大学時代とルカさんの笑顔の輝きは変わらない。

 優しそうな空気も、話していて安心する声も。

 もちろん、変わったこともある。

 拗ねた声も、桃に対する甘え方も、昔なら理想の姿を重ねすぎて想像もできなかったかも知れないが、今ならしっくりくる。

 飲み会の席以外でも、今の元の住んでいる場所に顔を出した時に小さな宝物を愛しそうに誇る二人はとても幸せそうだった。

 

「ま、こっちも色々あったよな。」

 

 桃の左手と、俺の右手で指を絡める。

 指の間に挟む華奢な指の感触と、俺の手よりも温度が高いおかげで感じる温さは頬の筋肉を自然に緩ませる。

 

「だから、俺はいいと思う。

 ん、いや、違うな。

 俺も、そうだといいなって思ってる。」

 

 一緒に暮らして、結婚をして、籍を入れて。

 どんどん桃を好きになって、気づけばそれが溢れている。

 いまなら、きっと。

 

「俺も、桃との子供が欲しい。」

 

 胸を張って、お父さんをやれる気がする。

 思い浮かぶのは桃のお父さんに、うちの親父。

 どっちも母親の方が強い家庭だったが、しっかりと家庭を束ね、支えていた。

 今の俺があれほどにしっかりと家庭を支えられるかは、正直自信がない。

 だから、その分努力する。

 頑張って、愚痴を言って、きつい時にはきっと桃が支えてくれる。

 その自信が、二人の時間の中で育ってきたと思う。

 

「頑張らせてくれるか?」

 

 声に、抱きつく力がまた一度強くなった。

 

「うん。

 私も、いっぱい頼るからね。」


 ふと、目を前に向けると電源を切ったタブレットの黒い画面が今の俺を映している。

 高校時代に比べれば日焼けの色も褪せ、少しは貫禄もついたような気がする。

 大学、就職、人生における区切りをスムーズに進めたあたり、俺の人生は順風満帆と言える。

 受けた風は、時折帆を折るのではないかと思ったり、腐った匂いがしたりはしたものだが。

 あの日、古賀のやつと話をする元に話しかけてから始まった付き合いが今につながっていることが、なぜか面白おかしく感じてしまった。

 

「『大木さん』には、随分助けられたよな。

 元にも、古賀にも、お義母さんにも。」

 

 出会って、声を交わして。

 身近にいる人を振り返れば、俺にとっては助けられたことがない人の方が、きっと少ない。

 俺の人生において、言葉をやり取りした人たちがくれたものがどれだけ支えになったことか。

 元と二人で恭香さんに呼び出しをくらい、女性をもてなすことについての説教を受けたこともまるで昨日のように思い浮かべることができる。

 教えてもらってばっかりで、助けてもらってばっかりだ。

 

「受験の時も、就活の時も。

 バイトで苦しかった時も、就職即デスマだった時も。」

 

 苦笑いながら声に出すが、こんなもんじゃ足りないよな、と心の中で自分にツッコミを入れながら簡単に思い出せる日常を振り返る。

 

「ず〜っと支えられてきたし、その分、俺だって頑張って返せるようにしてきたつもりだ。」

 

 もらったものを返して、またもらって。

 賑やかに、いや、いっそ騒々しく進んできた。

 その道を、きっとこれからも歩んで行けたらどれだけいいだろう。

 

「家族の分くらい、もっと頑張って支えるさ。」

 

 楽しく生きていくために、頑張る。

 もちろん体を壊したりなんかは絶対にしてやるものか。

 覚悟を決めた。

 俺は、親になる。

 

「無理しちゃわない?」

「させて欲しいんだ、俺は。」

 

 本心だ。

 困った時に、話しかけてほしい。

 難しいことを、一緒に考えさせて欲しい。

 どうしようもなくなった時、二人で知り合いに助けを求めに行きたい。

 たくさんの喜びと、それを作るための苦労を俺は二人でほぐしていきたいんだ。

 

「ねぇ、シュウ君。」

 

 肩に、あごがのる。

 眼鏡のツルが俺の耳あたりに触れた。

 背に比例して、小さな顔だ。

 少しだけ顔を寄せる。

 柔らかな頬と、温度がうれしくて、ふと鼻の奥、土と風の匂いがした。

 

「私、君と一緒でよかった。」

 

 目を瞑り、言葉を咀嚼する。

 反芻した思いが溢れてきて、もう止まらなかった。

 立ち上がり、桃を自分の前に座らせる。

 正座して正対すると、桃も姿勢を整えた。

 しゃちほこばった妻に向け、深々と頭を下げた。

 

「これからも、よろしくお願いします。」


 じっと頭を下げたまま、額でフローリングの冷たさを感じる。

 とん、と、頭の上。桃の方から音がした。


「こちらこそ。

 よろしくお願いします。」

 

 言葉に笑みが堪えきれず、下げていた頭を上げる。

 ほんの少し乱れた髪の愛する人に、俺は精一杯の笑顔を返した。


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