20 後日譚
つままれ、片され、テーブルの上に並んだ皿は除けられて。
色使いが特徴的なカバーのタブレット端末がテーブルの中心に置かれていた。
「だから流行の戦術使うのは新しいものを試すための言い訳にも良いんだって。
頭固いスポンサーとか自称プロブースターみたいなうるっさい奴らはどうしても出てくるから、こういう試しを本番でできるだけで良いんだよ。」
「なるほど、そういうことなのな。
リーグ上位以外からも引っ張ってきてるのは、種蒔き?」
「俺はそう見るね。
実際今年の下位争いも去年までと比べたら随分ハねてたぜ?
なぁ、桃?」
「うん、チアのお姉さんたちの熱も凄かった。」
「おい。」
楽しそうに、シュウ君の話を元君と桃ちゃんが聞いてさらに発展させて行く。
この場を作る主たる要因だったルカを置いてけぼりに、三人は話を続ける。
そんな三人を、ルカは愛おしそうに目を細めて眺めながら元君の肩に頭を乗せていた。
自分を気にすることなく、それでいて無視するでもなく、席を用意してくれている。
絶妙な適当さ。自然な雑さが嬉しいのだろう。
あまりスポーツに造詣が深くない私からの質問に少し早口で説明するシュウ君を可愛く感じながら、そんなことを思った。
「やっぱりバチバチの雰囲気は違うわ。
だからよ、また見に行こうぜ? 最近やっと安定してチケット取れそうな感じになったんだよ。」
「あー、うん、俺も観戦は嫌いじゃないから問題ないし、近場で取れそうなら連絡入れてよ。」
「お、言ったな? 言質とったぞ。
今度こそ絶対連れてくからな?」
酒の魔力か、場の熱か。
シュウ君も随分と言葉遣いが砕けてきている。
元君相手には最初から気を許すが故の気楽さが滲んでいる。
桃ちゃん相手とは違うし、私とルカにはいまだに少しの緊張を滲ませるあたりがとてもかわいらしい。
そんな彼の絡むような言葉に、元君が困ったような、それでいて嬉しそうな表情で返している。
と、二人のぐだぐだとした会話を見ている私の肩を突かれた。
首を向けると、そこには桃ちゃんがいる。
ハンドサインで座席を変わって欲しいと伝えられたので、苦笑しながら席を移る。
桃ちゃんが座っていた、席の角に。
そして、ルカの隣に桃ちゃんが。
「んー、桃ちゃんー?」
「うんうん、桃だよー、ルカの親友だよー。」
「んへー、桃ちゃんだー。」
元君の肩に体重を預けるルカを自分の方に傾け、抱きしめながら話し始める桃ちゃん。
小さな桃ちゃんが、標準的な体長のルカを抱きしめる姿はちょっとだけ無理をしてお姉さんぶる女の子のようで、可愛らしさと可笑しさを感じさせる。
あぁ、もちろん、ピクピクと動く小鼻がなければ、だが。
「だいじょぶー?
何かあったんだよねー?」
「うー。」
「ほらほら、言ってみー?」
「保育園、みんな私より年上で目が痛い。」
「あー、うん、それはね。」
「俊君を叱るの元だけなの。」
「うんうん。」
「お母さんもお義母さんも私を叱ってこないから不安になるのーー!!!」
「うんうん、わかるわかる。」
思うさま、溜まったものを吐きだすルカ。
前回の集まりの時には楽しそうに色々と話していただけに、この一ヶ月、きっと気分の上下が酷かったのだろう。
そんな二人を目の端に置きながら、元君にシュウ君と話をする。
趣味の話が主で、仕事の話は触る程度。
お互いにどこに勤めているかぐらいは知っていても、話のつかみにする以上には触れようとしない。
きっと、知り合ったのが学生時代だからだろう。
だから、こうやってなんでもないことを話し合い、お互いのことをまた知り合える。
「あれ?
そういえば今度こそは、ってことは、前予定してた友達も呼んで観戦に行く、っていうのはできなかったのかい?」
「ん、えぇ、その、古賀ってやつと行くつもりだったんスけど、なぁ?」
「ねぇ?」
くくく、と目を合わせ、二人が笑う。
大学時代、あのころの二人しか知らないけれど、その姿は何も変わっていないように見えながら、年月という薄皮を貼り付け、一層堂に入ったように私には見えている。
「二人目、できちゃったみたいで。」
「え!?
その子、元君たちと同い年だろう!?」
「そっす。」
「いやー、すごいよね、古賀君。
まだ一歳なってないよね、長女ちゃん。」
「だべなあ。」
はっはっは、と大きく口を開けて笑う。
三人で出かける予定を立てるため、通話していた時に『色々』あって妊娠が発覚したということだ。
元君とルカは同い年。そして私とルカは二歳の差。
自分よりも七百日強短い人生の男の子が、すでに二児の父とは。
純粋に、ただの感嘆の声が口を出た。
「ま、そういうわけで三人で行く予定をたてるのが中止になったんですけどね。
それでもまぁ、ほら。やっぱ行きてーなと。」
「なるほどね。」
「やっと上位が狙えるかもって今年入ってずっと言ってるしね。」
「趣味もいいけど、ほどほどにね。
桃ちゃんにも付き合ってあげなよ?」
「あ、はい、そりゃもう。
ちゃんと最低年二回、泊まり込みで行ってます、はい。」
藪蛇だったかな?
そんなふうに思うほど、シュウ君の顔が疲れを見せる。
桃ちゃんなら放っておかれて泣き寝入る、なんてことはないと思ったけど、どうやら私の認識は間違ってはいなかったようだ。
そもそも、お互いに何かあればこんな風に連れ立って食事もしないか。
すぅ、と、桃ちゃんとルカを見る。
姿勢を直し、向かい合う形で二人は話している。
声は少し小さくて、机を挟んで対角線に位置する私には聞こえないけれど、桃ちゃんの顔だけで、二人が言葉を転がし合うことを楽しんでいるのがわかる。
少し拗ねてしまいそうになりながら、グラスを傾ける。
からんと音を立てるくらいに減ってしまった中身を見て、元君が次のドリンクを聞いてきた。
そんな彼にイジワルがしたくて、彼の前に置かれた烏龍茶のグラスを奪い、代わりに私のグラスを置いた。
「君の好きなものを頼みなよ。」
ウインク一つ、元君の顔が引き攣り、シュウ君が吹き出し、桃ちゃんが意識を飛ばし始めたルカを抱きしめ、目を爛々と見開く。
あまりにも散々なその反応に、彼を好きになる前の彼を垣間見たようでちょっと嬉しくなった。