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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
三章 ともにわらえば あしたをつづる
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09 楽屋祝い

「スパニッシュなお婆さんマジ強い。」

「ラテンの血ってやつかねえ。

 美術に対する熱が強い人の前であんなことしたらそりゃそうか。

 私達が悪いのはまぁそうなんだけど。」

 

 二人並んで手押し式のドアを開き、敷地を出たところにあるオープンテラスの傘の下でため息混じりに愚痴をこぼしあった。

 隠れた美術館の、これまたさらに隠れた名物でもあるメリッサお婆さん。

 お茶を一緒にしながらの美術史トークなどは本当にためになるし楽しいのだが、流石に今日はやりすぎた。

 決まり手は、睨み出し。

 間違いなく彼が、あぁ、いや私達が悪い。

 それはしっかりと認識しているのだが、横にいるこいつの前でそれを認めるのが悔しくて仕方ない。

 だから、負い目を感じながらもそれに蓋をしてわざとらしくため息をつく。

 私の大きな息が含む水分以上の嫌味に気づいたのか、山上君が鼻で笑い、あちらもわざとらしく背伸びをした。

 

「あーあ、まだ時間あるってのに、追い出されたよおい。」

「はっ、君に予定があるとは驚きだね。

 前に続いて今日も一人なんて、ルカに振られたのかな?」

「んなわけねーでしょうが。

 あ、そっか、ルカがどれだけ俺を好きかもわかんないか。」

 

 握り込まず、中途半端に伸ばした指に力を込め、筋肉を硬直させる。

 つけ爪のせいで思いっきり握り込めないが、もしもう少しだけでも怒りが理性を上回っていたら手のひらから真っ赤な雫が滴っていたに違いない。

 目を細め、日本語、英語、フランス語、スペイン語で六づつ数えたあたりで手から力が解け始めていた。

 細く強く息を吐き、視界にかかった前髪を除ける。

 

「全く、先輩に向けてその言葉遣いはどう言うつもりなんだ?」

「別に俺とあなた同じ大学でもないでしょう。」

「そうだね、本当に良かったよ、君と同じ大学じゃなくて。」

 

 どんなコネを使うことになるものか、私はきっと自制はしないだろう。

 つまり私がルカと一緒にいて、彼が隣にいないのはまさに神の采配。

 そう思えばいくらか溜飲も下がるというものだ。

 

「あー、適当に時間潰すか。」

「なんだい、ルカ以外の女の子とデートの予定でも?」

「残念でした、それはあり得ませんし、ルカとは明日の予定ですー。

 今日はあいつの誕生日のためのプレゼント取りに行くんすよ。」

「は?」


 山上君の言葉に、自分でも驚く速度で脳が回り、答えを弾き出す。

 ルカの誕生日、そういえば、聞いたことがない。

 隣を歩き、話をし、彼女の表情を楽しむことに必死で、定番とも言える誕生日の情報を聞き出すことを失念していた。


「そんな、馬鹿な……」


 震える手を口元にやり、今までの記憶を全てそうざらう。

 電話番号は知っていてもソーシャルなどではやり取りをしていないせいでせいぜいがSMS、大した文量ではないので思い返すのは難しくない。

 読んだ本、動物、山上君の惚気、お祖母様の自慢、色々な話題の中で、綺麗に誕生日に関する情報だけが抜けていた。

 私は、自身がそこまでルカに夢中になってしまっていたことに愕然とするとともに、私をそんなふうにしてしまうルカに改めて惚れ直してしまった。


「ははぁ、なるほど。

 教えてあげましょうか?」

「ぬっぐぐ……ぅぅ!」


 生まれいでて二十と数年、嘲るような目で見られたのはいつ以来か。

 確か潰れる寸前の劇団に肩入れした時だったか。

 制服を着るような学生時代に起こった騒動は最終的に私と劇団員の溜飲を下げる形になったが、今回に関しては逆転をできる気がしない。

 だって、誕生日だ。

 一年で一番大事な日、しかもルカのそれとなれば小国の建国記念日にも匹敵する。

 その情報を知らないなんて。


「っ……グゥぅっ!」

「いや、ごめんなさいって。

 今にも血涙流しそうなその顔と筋肉やめなさいよ先輩。

 教えます、教えますから。」


 頭を下げるか、賭けでもして力づくで引き出すか。

 その選択肢と現状の悔しさに唸る私を見かねたのか山上君が呆れたような目で私を見ながらそう言った。


「いい、私が聞く。」

「え、いいんですか?」

「いい、直接聞く。」


 私らしくもない拗ねたような子供の言い方で山上君からの施しを切り捨てる。

 与えられるというその行為に対する嫌悪感のおかげで踏ん切りがついた。

 大事なことをちゃんと面と向かって教えてもらう、それは大事なことなのだ。

 考えてみれば悪いことではない。

 ルカの誕生日を聞くと同時に私の誕生日をルカに教えられる。

 彼女ならきっと私の誕生日も祝ってくれるに違いない。

 そうして気持ちを切り替え、前髪をかきあげ、一度空を見る。

 青空、中天に太陽を抱くにはまだ時間のかかりそうなそれが私の心を落ち着かせた。

 

「それで、プレゼント取りに行くんだっけ?」

「えぇ。後は予約した花屋さんに状況はどんな感じかも聞きに行く感じですかね。」

「ふぅん。」


 花、か。

 特に考えることもなく思いついたのは、ルカの歳の数だけのバラ。

 ただ、どうも花だけで本心から喜んでくれる想像ができない。

 確かに喜んではくれるのだろうが、豪奢な薔薇はルカに添えるには相性が悪く思える。

 美貌というだけならばならび飾り立てるには位負けしないのだが、どうも彼女の空気に対しては薔薇という文字が強すぎる。

 さて、この彼氏君はあの子にどんな花を添えるつもりなんだろうか。


「それじゃあ行こうか。」

「は?」


 少し勢いをつけ、椅子から跳ね立つ。

 そして山上君の二歩先に立った私の言葉に、彼が心底不思議そうにそう言った。

 何も不思議なことはないというのに、一体どういうつもりなのだろうか。


「ルカに贈り物だろう?

 被ったら困るじゃないか。」

「いや、純粋に嫌なんですけど。」

「はあ。私と買い物なんて、老若問わず大喜びすべきだろう。」

「お疲れっした。」

 

 逃げ出すように歩き出す山上君の横へ並び、足を合わせる。

 頭の位置は彼の方が上だが、コンパスの長さは同じようで歩様を合わせるのに苦労はない。

 横に見下ろす私の美貌に失礼にもため息一つ。

 確かあの時に友と言っていたシュウ君ならもう少し反応してくれたものだが。

 諦めたようにそのまま歩く山上君とほどよく歩き、駅前の花屋に着いた。


 個人経営らしいそのお店には小さなポットがいくつも並び、素焼きの器とよく合う色をした可愛らしい花が飾られていた。

 クーラーの中の花は基本を外さない色相のよく見る花だが、よくみれば野趣の豊かな引き立て役たる飾り花の種類の多さに気づく。

 山上君に対応するレジの女性とは別の手入れをしているご婦人に話しかけ、花のことを聞く。

 

 契約した農園、植物園の名に覚えがあって、ちょっと驚いたりしながら。

 教えてもらった花の名前や嗅がせてもらった香りに店員さんおすすめの併せ色なども見せてもらう。

 百合に薔薇にカーネーション、よく見る花があまり見ない花と併せられて新しい美しさを見せることに感心してしまう。

 残念ながらポットを詰められるほど大きなカバンを持ち合わせてはおらず、花を持って手入れをする店員さんの写真を撮らせてもらい、後日必要な時にでも花をお願いしようと心に決めた。

 

 ひとしきり話して、一区切り。

 入り口側にいた私の横を誰も通っていない、つまり、店舗からまだ誰も出ていないことに気づいてカウンターを見る。

 タブレットを覗き込み、山上君は未だ話し込んでいた。

 彼のスマホを横に置き、色に、形に話を弾ませている。

 

「彼女さんとお婆様の目立たせたいお色はおそらくこの色になりますので、このお花だと予算もそれなりに圧縮できますね。」

「いいですね、それで。

 で、外す色なんですけど。」

「はい、先ほど選んでいただいた籠だと低めの藤も考えてまして……」

 

 男と女が花屋に入って、男の方が熱心に話をしている。

 そんな常とは逆しまな状況に口角が上がってしまう。

 広い肩幅を揺らし、小さなカウンターの上でスマホとタブレットを行き来する指と、店員さんと突きつけ合わせる頭。

 顔面を鑑みた場合は芥子粒一つ分も感じないような感情がつい湧いて出てしまう。

 

(なんか、頑張ってるなぁ。)

 

「弟さんの彼女さん、きっと喜んでくれますよ。」

 

 彼を見る目に、何時もの私らしからぬ暖かなものがあったからかそんな声がかけられた。

 驚いて声の主を見れば、目尻に皺を寄せた店員さんが本当に嬉しそうな顔で私越しに山上君を見ている。

 子供を見守る親のような、ぜひ写真にとって演技の参考にさせていただきたいほどの笑顔なのだが、私の体はスマホを構えるよりも先に強張った顔で声を漏らしていた。

 

「えっと、彼、ですか?」

「えぇ、あら、違いました?」

 

 答えは口から出なかった、が、硬直した私の顔だけで簡単に判断できたのだろう。

 ごめんなさいね、とケラケラと笑いながら手を振る。

 別に私と彼に共通点などない。

 お互いに背が高め、ということくらいだろう。

 顔は私が勝ってるし、スタイルも私が上。

 彼が勝っているのなんて体重と座高、身長くらいなものなはずだ。

 似ても似つかない私と彼に、この店員さんはどんな共通点を見たというのか。

 不快、なはずのその同一カテゴリに振られるという事態ながら、ルカのことを語る彼の横顔の無邪気さに、毒を抜かれてしまう。

 

「違います。」

「そう、お友達ね。」

「それも違います。」

「あ、あら?」

「恋敵です。」

 

 叩きつけるように強めにそう言う。

 彼は、そうだ。

 恋敵で、共通点なんて同じようにルカを愛していると言うことぐらいだ。

 ライバルだから、嫌いでも、不快では無い。実に不愉快だが。

 うん、そう考えれば、私のこの感情もおかしいところはないはずだ。

 さて、それではルカへの花に、私の意見も入れてしまおう。

 ついつい遠慮してしまったが、攻撃の機会を逃す手は無い。

 そう決めて、そばに立つ頬を赤らめた店員さんに会釈をして、山上君と店員さんが話し合うカウンターに向かった。

 

「え? うわっ! なんですかこの和ゴス!

 彼女さんこんなの着てくれるんですか!?」

「そうなんですよ、友達に誘われていろんな服を着るのは結構好きらしくて。

 こっちのビクトリアンメイドの衣装もお店の人がノリノリで出してくれましてね。」

「へい山上君。それ私にもくれたまえよ。」

 

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