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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
二章 うたげすすんで ひがくれて
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69 腑に落ちた

「普通どっちが告白された、とかで押し付け合いにならないかな? なるよね?」

「あー、恋愛ものでよくあるよな。

 で、お互いに微妙に険悪になるやつ。」

「そうそう、それそれ。

 私的には結構あり得そうな感じなんだけど、私の了見って狭かったのかな。」

「大木さんは、まぁ普通じゃないか?

 俺もありそうだと思うし。この二人は特別なんだろうよ、多分。普通の恋愛と違ってどっちのシーソーが上がってるとかないんじゃないか?」


 口からポロッとこぼれた言葉に、自分のものながらストンと腑に落ちたような気がした。

 そうだ、今まで見てきたカップル達との大きな違いがやっと言語化できたような、しっくりとハマる感触を感じた。

 元は、いつも詞島さんを気遣っている。

 一緒にいれば荷物を持つし、道を歩くときも必要なら詞島さんの前を歩く。

 そのくせチラチラ振り返るし、何かあれば一番に話しかけるのをよく見た。


 詞島さんの方も、いつも元を気遣っている。

 一緒に食事をするときには元の好きそうなものがあると嬉しそうにするし、口を拭うナプキンもいつの間にか元の手元に置かれていたり、気づけば水も入れていたりする。

 そんな気遣いを、この二人はどちらもされて当然のものと受け取っていないのだ。

 思い出し、今日までのこの二人の仕草を思い浮かべる。

 俺が元に言うよりも、大木さんが詞島さんに伝えるよりも、この二人はよっぽどお互いに感謝の言葉をやりとりしていた。


「こいつらのやりとりって何か俺の知ってるカッポーたちと違うんだけど、なんでだ?」

「いや、知らないよ。私だってこんな付き合い方してる人達、ルカ達以外に知らないし。」


 大木さんの言葉に頷きながら、スマホのメール画面を元に見せつける詞島さんの姿を眺めた。

 恋愛は、惚れたら負け。

 付き合いを申し込むということは、多少なりとも相手の下に入るということ。

 俺はいつの間にかそんな風に考えていたのかもしれない。


 お互いに主導権を取り合い、相手よりも上に立ち、相手に我慢を強いる。

 下になったものは、相手に離れていかないでくださいと懇願する。

 端的に表すとそんなものだと俺は思っていたのだろう。

 例えば今まで見てきた恋人達、例えば佐藤先輩と古賀、そんな外から眺めて来た認識が、俺の恋愛観の根幹になっていたに違いない。

 だが、目の前の二人を見ているとそんな考えは極端な上に、予防線を張るための下衆なものだったように感じてしまう。


 そして、改めて思ってしまう。

 恋人がいることの幸福さを、好きな人がいることの幸福さを、どんな雑誌が書くよりも、どんな掲示板の体験談よりもこの二人を見ていると思い知ってしまう。

 自分以外の誰かを愛して、大切にして、大切にされて。

 敬って、敬われて、どんどん相手を好きになって。

 そうすれば、こいつらのように何の心配もないかのように笑い合えるのだろうか。

 好きだと伝えることが、簡単になるんだろうか。


 そうだったら、俺もきっと。


 そう考えた瞬間、心臓が少し、はねる。

 熱に浮かされるように、恐る恐る左を見た。

 視界には低い背の女の子。

 ゆるくウェーブのかかった髪は肩のあたりで切り揃えらえ、全体的に丁寧に櫛られていて、柔らかそうな細い髪は歩く時の向かい風、微風でもふわふわと動いている。

 伊達らしいメガネの下の顔は最近気にしていたらしい隈も消え始めていて、活発な雰囲気を面の革一枚下に隠し、文学少女然とした可愛らしさをのぞかせる。


 服も、手も、おしゃれに整えられているが、見下ろす少女を見ていていつも感じるのは楽しそうに笑う子だ、ということ。

 話していて楽しい、そういった女子は今までも何人もいた。

 当たり前だろう、誰がわざわざ苦痛な話をプライベートで続けるというのか。

 しかし、その楽しさはクラスで軽く業務的に話す際、趣味嗜好が一致した場合のみの、狭い範囲での楽しさだった。


 それが違う。そう、大木さんとは、ちょっと違う。

 同じ映画を見ても、好きになるキャラクターが違う。

 同じ曲を聴いても、一番アがる場所が違う。

 同じ動物が好きでも、可愛いと思う仕草が違う。

 同じものを好きになることだってあるけど、そうでない時だってしっかりとある。

 だけど、その時の大木さんとの話も、不思議と楽しさがわいてくる。


「え!? あいつの方が好きだったの!? 私はヒロインに尽くすところとか見るとかわいそうであの毬栗君の方が好きだったけど、どこらへんかっこよかった?」

「ふむふむ、Bメロかぁ、良いよね、あの歌詞微妙に空耳も入ってて。私? 私はAサビからのブリッジが転調兼ねてて好き。」

「おぉぉ・・・ 尻尾が、尻尾が・・・ あれに巻きつかれたい、絶対ふわふわしてる・・・」


 俺が好きな物ではない別の物を好きだという姿。

 読み込んだ恋愛指南本では、好みの一致が何よりも大事だと書かれていたが、そうではない大木さんと俺とは、付き合うべきではないのか?

 事実、カラオケボックスで話した大村さん、あまりにも意見が食い違う彼女と俺は話が合わず、お互いに相手を攻略対象から外すことになっていたはずだ。

 そう、好みの不一致がお互いに不幸になることは実体験で知っている、そのはずなのに。

 なのに、今は。

 

(いやだな。)


 バイブルと思っていた本に対し、あっさりと否定の意思を持った自分に、俺自身が驚いた。

 ベストセラーよりも、有名人の体験談よりも、俺は今隣にいる女の子が隣にいる時間を好ましく思っているということに、今改めて気づいた。

 ふと、柔らかな香りが空気に乗っていることに気づく。

 強すぎない、暖かな香り。

 初めて大木さんに会った時に感じた、女の子の香りだ。

 四半年も経っていないのに、その時の香りを感じた時の高揚を忘れていたような気がする。


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