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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
二章 うたげすすんで ひがくれて
115/145

66 歩いた

「凄かったなぁ。」

「凄かったねぇ。」


 とある日曜日の昼。

 元を遊びに誘った俺と、詞島さんを遊びに誘おうとした大木さん。二人して昼を超えたあたりからしか遊べない、と言うことで何があるのか聞いて、清おばあさんの出演するイベントを見に行くと言うことで別口からそれぞれ参加した俺たち。

 公民館の入り口でお互いに顔を合わせて苦笑いしたものだったが、午前の部の演奏を聞いて外に出た俺たちは、惚けたようにそう言い合っていた。

 演奏内容は、俺が聞いたこともないような名前の曲だった。

 ただ、良い曲だな、と素直にそう思わされるもので。

 雅楽? というらしい種別のそれは日本史だったかで聞いたことはあったが、実際に聞くのは初めてだった。

 

「綺麗だったねぇ、清子さん。」

「あぁ、あの歳の人に言って良いのかわからないけど。」


 いつもの落ち着いた色合いの着物ではない、舞台の照明に良く映える鮮やかな赤と金糸に詞島さんの髪のような(あで)やかな黒。

 白く透き通る髪を結い上げ、煌びやかな和服を身に纏った清子さんはあまりにも現実離れした美しさで、まるでAIが作り出した人形(ヒトガタ)がそこに映し出されているようだった。

 舞台の真ん中で琴の前に座る清子さんと、周りの人達。

 曲の後半に行くにつれ、だんだん演奏する人が居なくなっても俺たちの耳には鳴っていないはずの音が、吹いていないはずの音階が清子さんの琴の音色にくっついて聞こえてしまっていた。

 最後には清子さん一人だけの演奏になり、錯覚(幻聴?)も落ち着いた頃、テンポを上げ、クライマックスを弾き出した途端にまた脳から出た音が清子さんの演奏により喚起され、耳の外から入る音と脳の中から鳴り響く音でありえないほど重厚な演奏を聞かされた。

 

「最後、すごい音量だったね。」

「だよなぁ。」

 

 そう、俺だけが感受性のおかげで感じただけではない、聞いていたほとんどの人がそう感じたに違いない。

 故に、こんな放心した状態で俺たちは歩いているのだ。

 そうなっていないのは、目の前にいる二人くらいなものだろう。

 常日頃からあんな人と暮らしているだけあって、耐性があるようだ。

 息を整える俺と大木さんをよそに、元も詞島さんも本当に楽しそうに感想を語り合っている。

 

「相変わらず上手だったなぁ、清ばあちゃん。」

「元も聞きに来るって言ったからじゃないかな、最近カラオケボックスにお琴を運んで練習してたみたいだよ?」

「マジかぁ。相変わらず元気だな、ってか、どうやって運んだんだ?」

「うーん、この前は友達に頼んだみたいだけど……」

 

 前を歩く二人の話を、なんとはなしに聞いてみる。

 清子さん、もしかして今でも男をいい感じに使ってないか?

 

「でも、懐かしいなぁ、ほんと。そういえば、ルカはまだ?」

「うん、まだ遊びが足りないんだって。」

「そっか。」

 

 しゅん、と肩を落とす詞島さんの頭を元が撫でた。

 羨ましい、と小さく漏らす大木さんに苦笑しながら、前の二人に声をかける。

 

「なんの話だ?」

「んー、ルカが琴をやりたがってるけど、清ばーちゃんが許してくれないって話。」

 

 な、と同意を求める元に、しょぼんとした顔で詞島さんが振り返った。

 あぁ、美人というのは得だが、こういうデメリットもあるんだな。

 少し困ったような顔も、かわいらしいと思ってしまう。

 チラリと横目で大木さんを見れば、彼女は既に無音カメラで詞島さんを何枚も撮っている。

 

「んで、なんで?」

「普通にやるんなら良いけど、清ばーちゃんが教えるには遊びが足りないんだって。

 やりたければ他の人に教えてもらえってさ。」

「何だそれ。」

 

 やべえ、意味はわからんが、かっけえ。

 割とロックなばあちゃんだな、清子さん。

 

「すげえな、詞島さんのおばあさん。

 孫が自分のやってることやりたいってきたら、すぐ教えそうなもんだけど。」

「厳しいんだよ、そういうとこ。

 ただ、習字だけは叩き込まれたな。」

「そうそう、懐かしいなぁ。

 マンションに来る度に元を呼んで、一緒にビシバシ指導受けてたね。」


 ねー、と言いながら詞島さんが元に近づくと、自然に手が繋がれる。

 ニコニコとした詞島さんの表情にほんの少しの照れが入った。

 笑顔の眩しさに、ついこちらの頬が緩む。

 ちなみに横の大木さんはだらだらに口が緩み、息が少し荒い。

 動物園でユキヒョウを見た時のように心の底から持ち上がる情動がわかりやすいほど溢れていた。

 

「ん、マンション?」

「はい、小さい時は地方にいましたから。

 おばあちゃんも時々しか会えなかったんですよ。」

「あー、そういやルカ言ってたね、高校なってからこっち来たって。」


 地方からこちらへ。二つの家族が別れることなく生活圏を移動するということに少し呆れが入ってしまう。

 家族同士のつながり、その中心にあるのは子供二人の繋がりだ。

 付き合って、別れて、熱をあげて、いきなり冷めてと簡単に感情を動かす子供の心。

 何かあったら一気に瓦解、お互いの費やした時間に費用も無駄になるのに。


「随分長い間、一緒にいるんだな。」

「そう言ったでしょうが。」


 ちょっとした皮肉を込めてみたが、相変わらず気にすることもなく返される。

 たった数ヶ月での破局、たった数時間での回収。

 色々とあったこの高校生活、反論の根拠には事欠かないはずなのに。


「せっかく高校生になったんだから、教えてもらえると思ったんだけどなぁ。

 ゲームもしたし、デートもいっぱい行ってるのにね。」

「そういえば、お茶も流派関係ない部分しか教えてもらえなかったな。」

「せっかく一緒のお家にいるんだから、教えてもらいたいのにね。」


 はぁ、と溜息を吐き、詞島さんが元の手をいじっていた。

 話していると元から詞島さんへの矢印の大きさも感じるんだが、詞島さんも結構ガッツリ元に矢印向けてるのな。

 ほら、大木さん、そのメモ取る手を止めなさい。メモじゃなくてデッサンだとかどうでも良いから。

 肘でつつき、こちらを意識させるとともに腕を止めさせる。

 衝動的に動いてしまっていたらしく、俺からの働きかけで自分が何をしたかに気づいたようだ。

 締まりが悪そうに照れ笑いしながらメモ帳をしまう大木さん、照れ隠しなのか小さく笑いながら詞島さんの言葉に繋げて返していった。

 

「わかるなぁ、あんな演奏する人いたら、教えてもらいたくなるもん。」

「そう、そうなんです! あんなふうに綺麗に正座して着物着て!

 はぁ、良いなぁ。」


 眩しいものを見るような詞島さんの表情にちょっとドキッとしてしまうのとともに、初めての物欲しそうな表情に詞島さんも女の子なんだと改めて思った。

 結構超然としていて、大木さんと一緒にいる時なんかは姉かと思うほどにしっかりしていて、それでいて元相手には殺意を抱くくらいに可愛らしい。

 そんな詞島さんが子供みたいな感情を見せてくれるのが、少し嬉しい。

 

「着物は着てるだろ?」

「うーん、それはそうなんだけど、おばあちゃんみたいに自然に着たいっていうか、うーん。」

 

 握った元の手を振りながら、うーうーと唸る彼女の姿が可愛らしい。

 一方、元の方はその姿にクラスではみたこともないような暖かな視線を向けながら歩くのを促した。

 むぅ、と不満を漏らしながらも歩く姿は、なるほど、恋する乙女とはかくあるべきという輝かしさだ。

 

「お茶に、お琴かぁ。

 お願いしたら見せたりしてくれるかなぁ。」

「良いかも、今度お願いしてみましょうか。

 その時は筒井さんもいらっしゃいますよね?」

「え、いいの?」

「もちろんです!」

「大勢でお茶飲むの、楽しみにしてたもんなぁ。」


 のんびりと、ぐだぐだと。

 毒にも薬にもならない話が流れていく。

 元がいて、大木さんがいて、詞島さんがいて。

 気づけば遊ぶようになったこの四人の空気があまりに自然で、意味もなく鼻の奥が痛くなった。

 小さく鼻を啜り、滲んだ涙を瞬きで消した。

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