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よいのくちより ともがたり  作者: ウタゲ
二章 うたげすすんで ひがくれて
101/145

52 聞いた

 人の皮を張った硬質な仮面。それの口の形をした穴から悪意だけが垂れ流される。

 今自分が目にする光景に対し、俺はあまりにも現実感を感じられなくて、そう言うふうに感じてしまった。

 アニメやドラマでも見ているような、自分とは関係ないところで自分とは関係ない話が進んでいるものを、フィルム一枚挟んで見ているような。

 いつも喋ってる友人と、別の友人の恋人が話しあっている光景が、俺には何か別の無機物がラジオを流し合っているような酷く味気ないもののように思えた。

 

「大体、何が悪いのよ。私が私を評価する人のところにいて、誰に迷惑かけてるっていうのよ。」

 

 ぶつぶつと、元に向けてではなくテーブルの上に言葉を溢し始める先輩。

 そんな先輩を、元はじっと見つめ続けている。

 

「俺が願ってることは、二つ。

 古賀君に真摯に向き合ってほしい。

 その結果だめだって言うならそれなりにちゃんと終わらせてくださいってことだけです。

 他に好きな人ができた、だからもう別れようって。」


 佐藤先輩の呟きが途絶えたところに挟まれる元の声の響きに、麻痺しつつ自分の中に落ち込んで硬直していた思考がやっと戻ってきた。

 それと同時に、少しだけ頑張る。

 元に全部を押し付ける形になってしまっているし、実際俺ができることなんかないのだが、それでも隣にいる以上、少しぐらいは俺も一緒に泥を飲んでやらねば。

 そう決め、丸まり始めていた自分の背筋を伸ばす。

 と、俺の身じろぎに呼応するかのように先輩も座る位置を変えた。


「一応忠告ですが、壊しても無駄です。

 既に動画ファイル自体は別の場所にも保存済みです。」


 元の言葉にほんの少し、佐藤先輩の体が強張ったのが俺にもわかった。

 その事実に、悲しさが湧いてきた。

 この人は、今元が言っていたようなことをしようとしていたのか。

 そんなことを、してしまえる人だったのか。

 隣に座る元から感じる温度がふっと消えたような気がして、目をやると明らかに熱を持っていない元の顔があった。

 

「あの。」

 

 ふと、このままだとダメだという焦りに尻を叩かれて口から言葉が漏れた。

 元の言葉じゃ理路整然にすぎるような、そんな気がした。

 頑張って感情を抑えているんだろうが抑えすぎているように思えて、それとさっき気合い入れたばかりなのに何もできない俺自身が嫌で、二人の話の間に割って入った。

 途端に二人から向けられる目線。


 顔の横に感じる元の視線は、まぁいい。

 問題は俺の前から思いっきり向けられる佐藤先輩の視線。

 クラスの女子なんか目じゃない、本当に嫌悪感だけを煮詰めたような、俺を嫌っている目だ。

 合コンの時の諦められた目でも、魅力的な男の前で俺を視界から外したようなものでもない、ただ気持ち悪がっている目。

 ここ最近の色々のおかげで耐性ができていたおかげか、それに怯むことなく口は動いてくれた。

 

「元が色々すんません。けど、こいつも古賀が本当に大事なだけなんです。

 あ、えと、俺は筒井、秀人です。古賀の友達してます。」

「知ってる、で、友達だから何?」

 

 突き放す言葉に、怖さ以上に悲しさを感じてしまう。

 うまく表現できないが、友達の彼女がそんな人であること、そして、恋人がいる人なのにこういう人であることが悲しくて、悔しい。

 俺も恋愛には憧れていた身なんだ。

 目指していたそれを手に入れた人たちは、たとえそれぞれに苦労があったとしても幸せでいてほしかった。

 

「先輩のことは、いつも自慢されてました。

 自分には勿体無いって、デートでも教えてもらってばっかだって。」

 

 とりあえず場を持たせようと、元と先輩の間に一拍置かせようと思っての言葉なので特に意味もなく、思うままに口を動かしているのだが、不思議と言葉は次から次へと繋がってゆく。

 なんのかんので、俺も話したいことはあったんだろう。

 

「勉強も、料理も、すごい人で、彼女にできて幸せだって。」

 

 話している最中に古賀のことが頭をよぎる。

 なぜだろう、俺のことでもないのに今にも嗚咽が漏れてきそうになる。

 小さく鼻を啜り、左の手のひらで膝を握り込む。

 痛みで少しだけ、涙が引っ込んだ。

 同時に、俺の喉に言葉が詰まり、意味のない呼吸音だけが漏らされた。

 何かを言おうと口の形だけが次々に変わるが、何も音にはなってくれない。

 話している最中にポンと生まれた空白、だが元も先輩も何もいうことはなく、三人の間に無言の時間が流れた。

 歯を食いしばり、腿に握り拳を叩きつけた。

 振動がテーブルに伝わり、かちゃんと小さな音が鳴る。

 びくりと少しだけ身をすくませる先輩の姿が視界に入り、元から向けられた視線に俺を心配する感触が混ざった気がした。

 麻痺したような舌が、少しだけ動いてくれる。

 その時間を逃すまいと、俺の喉を思いっきりうごかす。

 まるで夢の中にいるような、力の伝わらない腹筋で、自分のものに思えないほど弱い言葉だけど、なんとか出し切れた。

  

「古賀を、嫌いになったんすか?」


 なんとか絞り出した声に、佐藤先輩は動かない。

 元がスマホを出した時にはあんなにはっきりと反応していたのに。

 言い訳してほしかったような気がする、一方でしっかりそうだと切り捨ててほしい気もする。

 結局、先輩は俺の質問には答えてくれなくて、俺はしたくなかった質問を続けて口にすることにする。

 

「あの人の方を、もっと好きになったんですか?」

「そうよ、デートだって、食事だって、将来性だって、あの人と雪クンじゃ比較になんてならないもの!」


 ぐ、と喉から漏れそうになる呻き声を堪えた。

 なら、そう言えよ。

 あいつの前で、そう言ってちゃんと終わらせろよ。

 なんであいつの前であんなに綺麗に笑いながら、別の男とキスしてるんだよ。

 言いたい言葉が頭の中でめぐるがそれは喉で堰き止められる。

 一度堰を切った先輩の言葉は、低く、暗く、情念のようなものを込めた底冷えするようなもので、続く言葉も同じ色のまま俺たちに叩きつけられた。


「私だって、我慢して高校生と付き合ってみたわ。

 けど、秋作くんに比べたら、高校生なんてみんなガキみたいなんだもの!

 そんな時、楠さんが私に声をかけてくれたのよ!

 私を褒めてくれる大人の人を選んで、何が悪いの!!!」

 

 叫んではいない、普通の声量。

 しかし、絶叫のような圧を込めた声が、テーブル向かいの俺たちに届く。

 ブルブルと震える手。

 ネイルが微妙に浮いている。

 先輩が、大人の人が、大人だと思っていた人が。

 俺が勝手にかけていた理想の殻が、ビシビシと音を立てて崩れるような気がした。

 そして、それに合わせて俺自身の立っている場所にも罅が入るように思えた。


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