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第8話 不完全な聖女①


 ハワーベスタ治療院での活動を終えた翌日、体調のことを考慮してか、聖女としての業務はお休みを貰えた。


 城からの外出は許可されていないし、やることも特にない。

 レグランの薦めで、歴代聖女の記録が保管されているという、城の離れにある立派な書庫へ来た。

 見渡す限りに本棚が並ぶ。国中の本をここへかき集めたのではないかと思うほど膨大な数だ。

 それなのに今ここには私とレグランしかおらず、もったいなさすぎると思いながら、近くの椅子に腰掛ける。


「こちらです」


 しばらく待っていると、レグランがものすごい束の書類を持って来てくれた。

 その厚みは私の顔を隠せてしまうほど。

 目の前に机があるのに、レグランは書類を置こうとしない。

 何かと思えば忠告をされる。


「破ったり汚したりしないでくださいね。大変貴重なものですので」


「破りたくなるような内容が書いていなければね」


 そう答えれば、レグランは私に書類を渡すのが恐ろしくなったらしい。

 厳しい視線でじろりと見下ろして来たので、私は肩を竦めてふんと鼻を鳴らす。


「冗談の一つも通じないなんて、つまらない男ね」


「アイヴィ様が仰ると冗談に聞こえません」


 ごもっともだわ。

 書類の内容が気に入らなければ本気で破ってしまいそうだもの。ジェナならやりかねない。

 怖いからレグランが音読してくれないかしら。

 してくれるわけないわね。こんな分厚い書類を音読させるなんて嫌がらせ以外の何物でもないわ。


「ほら、早く貸しなさい」


 手を出して催促すると、レグランは渋々机に置いてくれた。


 書類はきちんと綴られていくつかに分けられていたので、一部の塊を取って本のようにパラパラと軽く流し読みする。

 歴代聖女達の名前や活動記録みたいなものがズラリと細かく、手書きで記載されていた。


 聖女自体は五百年に一度現れる存在だとライナスが言っていたので多くはないものの、活動記録のあまりの細かさに思わず目が滑ってしまう。


「ねえ、レグラン。歴代の聖女って私みたいに突然現れるものなの? それとも生まれた時から聖女だったの?」


「……その書類にも書いてあるのですが。生まれた時は普通で、アイヴィ様ぐらいの年齢になると神のお告げを経て聖女としての力が目覚めるそうです。その際にハルモクリスタルも現れるそうで」


「ふーん? じゃあ普通の人間が急に聖女になるってこと。それなら私の素性もわかりそうなものだけどね」


「アイヴィ様はどれだけ調べても全くと言っていいほど情報がないんです。どこかの山奥か人気の無い森などで勝手に育ったとしか思えません」


 この世界へ転生し、何もない道端で倒れていた不審な私をライナスは丁寧に調べ上げた。でも、不可解なほど何も出て来なかったらしい。

 私もアイヴィの過去のことは全く知らないしでお手上げ状態。


 生まれも育ちも謎。

 アイヴィは突然この世界に現れたとしか思えない不思議な存在だった。


 そもそも私が転生して来ていること自体がイレギュラーなのだから、アイヴィがどれだけ異質でもそこまで疑問を持たない。

 むしろジェナの時みたいに誰かの人生を乗っ取るよりは、過去も何もない人物が転生先だったのは少し気楽だったりする。


「ふーん。ま、私の過去のことはいいわ」


「いいんですか。ご自身のことなのに」


「別にいいわ。興味ないもの」


 自分の過去に興味がない? と首を傾げるレグランを尻目に、書類を掻い摘んで目を通していく。

 今の私と同じように、歴代聖女も結界や治療行為をメインに人々を救っていたのだとわかった。


 ……ただ気になったのは、歴代聖女が力を使って体調を崩したという記述が全くと言っていいほどないこと。

 むしろほとんど休みなく聖女の業務を行っている記録ばかりで、今の私には到底無理な業務量だ。


 じゃあ、私が力を使うと体調を崩すのは、アイヴィの身体が弱いからってことなのかしら。虚弱体質的な。

 普段生活している分にはそこまで身体の弱さを感じることはないのだけど……。


 更に紙を捲っていくと、不自然に真っ白な、何も書かれていない紙が唐突に現れた。


「? 何かしらこの紙……」


 つい声に出すと、レグランが反応する。


「ああ、当時の書記のミスなのか、何も書かれていない紙が綴られてしまったみたいですね」


「ふーん……」


 相槌を打ちながら、真っ白なページを指でなぞる。

 するとほんの一瞬だけ、なぞった部分が不自然に青白く光った……気がした。


「……ねえ、レグラン。じっと見られていたら読みにくいわ。少しあっちに行ってなさい。読み終わったら呼ぶから」


 その紙に妙な違和感を持った私は、レグランをこの場から離れるように仕向ける。

 レグランが私に背を向けて遠くの本棚の方へ向かったのを確認して、バレないように手をかざして青い光を放った。


「!」


 すると、何もなかった紙に文字がぶわっと一気に浮かび上がる。

 レグランがこちらを見ていないのをチェックしてから、夢中でその文字を追った。



 ──聖女の力を使うと身体に異常な負荷がかかる者は、このページを必ず読みなさい。


 ここまでの記録を見て、聖女は力を際限なく使えることがわかったでしょう。

 でも私みたいに、力を使うと身体に重い負荷がかかり、しばらく休まないと倒れてしまう体質の者がいる。


 それが私だけならいい。

 でももし後世にも同じ体質の者が現れたら参考にして欲しい。


 憶測でしかないが、多分私は聖女の力を使うたび、生命力を消費している。

 ……つまり、自分の命を削っているということ。


 何故そんなことがわかるのか。

 これを書いている私は今十八歳なのに、髪が老婆のように真っ白になり、肌もボロボロ。

 腕も足も痩せ細り、自力で歩くことすら出来ず、寝たきりの身体になってしまったから。


 まるで一気に老いが来てしまったかのように、身体中が悲鳴を上げている。


 記録を読む限り前の聖女はそんなことないのに、どうして私がそんな体質なのかわからなかった。

 ……でも、私が死に近付いていると感じて来た頃、突然第二の聖女が現れ、ベッドで横になって動けない私に言ったのだ。


『今までご苦労さまでした。あなたは不完全な聖女でしたから、新たに私が生み出されました。もうあなたの役目は終わりましたよ。どうぞ、心置きなく死んでくださいね』


 このページも最後の聖女の力を使って書いている。

 多分、公式の記録には私のことは記載されない。

 第二の聖女が本物で、私は偽物だったと言われているから。


 もうすぐ私は死を迎える。

 これを読んでいる不完全な聖女のあなた、悪いことは言わない。


 今すぐ救いを求める人など見捨てて逃げなさい。

 聖女の力を使わない限りは、恐らく人間の寿命ぐらいは生きられるはず。


 聖女だって人間なのだから、生きる権利はある。

 見知らぬ誰かの為に、あなたが犠牲になる必要はない。


 どうか逃げて生き延びて。

 私のような悲惨な人生を歩まないで。



 ──そこで、メッセージは終わっていた。


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