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第7話 別に優しさじゃない②


 翌日、予定通り重病人の治療ケアを行うために、ハワーベスタ治療院へと訪れた。


 治療院はその名の通り、風邪などの軽い症状から命に関わる重い病気まで、全ての人を治療するための施設だ。

 街の大きさと治療院の大きさは比例すると言われており、ここハワーベスタは十数名の治療師が二百余りの患者を捌く、それなりに大きい治療院だ。


 ライナスはハワーベスタの領主と話があるそうで、治療院へ向かう途中で別れた。

 私はレグランを連れて治療院の院長のところへ挨拶に伺う。

 出来るだけ失礼な態度を取らないように、口数を少なくしようという目標をこっそりと心の中で立てながら。


 院長は優しそうな笑顔が印象的な、白髪混じりの初老の男性で、私達を歓迎してくれた。


「これは、聖女様。お会い出来て光栄でございます」


「……どうも」


「聖女様の発現は私共の希望でございます。死を待つしかなかった不治の病に侵される者も多く、彼らにとって唯一見えた光なのです。皆聖女様が来られるのを心待ちにしていますよ」


 私の素っ気ない挨拶に対しても笑顔で応じてくれる院長に心の中で感謝する。

 斜め後ろに控えるレグランに、私が何か失礼なことを言わないかじっと見られている気がする。そんな圧を感じる。


 とにかく口数を減らすことを念頭に置いている私は、味気なくもすぐに本題へと入る。


「それで? 患者はどこなの」


「早速診て頂けるのですね。ありがとうございます、聖女様。こちらでございます」


 頭を一度下げ、院長は私を誘導する。


 聖女というアドバンテージがなければここまで丁寧な対応などされることなく、今頃尻を蹴って追い出されているでしょうね。

 偉そうな態度でごめんなさいね、本当に。せっかく優しく接してくれているのに。

 私がジェナを演じてしまうこの病気も治療してくれないかしら。

 不治の病ですねと、そう言われて終わるわね。


 ギシギシと鳴る木製の床を歩く。

 時々苦しそうに呻く声や、激しい咳込みが聞こえてくる廊下を進んでいく。

 一番奥の、陽当たりの良さそうな部屋の前で院長は足を止め、こちらですと木製の扉を開けた。


 中は質素な個室だった。

 日差しの入る窓を見つめ、ベッドで横になる女性が一人いるだけだ。


 私達に気付いて、女性は顔だけ動かしてこちらを見る。

 ひどく憔悴して、起き上がることも自力で出来ないであろうその人は、私と同じ歳くらいに見えた。

 女性は私の姿を捉えて、虚ろな瞳に一閃の希望が宿ったかのようにキラリと輝きを灯す。


「もしかして聖女様……本当に?」


 涙をホロホロと流し、女性は感動に打ち震えた。

 院長は彼女に手を差し向けながら、私に病状を説明する。


「彼女はニーナ。原因不明の心臓の病に侵されていて、薬も効かず、眠れないほどの痛みに長年苦しまされています。……ここ最近はずっと寝たきりで……」


 もう永くはないんです。そんな続きの言葉が、言われなくても私の耳を通り抜けた気がした。

 院長は俯きがちになり、首を横に振る。


「私ども治療師も様々な治療を施したのですが、情けなくも全く手に負えず……。今日までただ見守ることしか出来なかったのです」


 そんな大変な病を、私の祈りだけで治せるの? 本当に?

 ……もしも治せなかったら、私はニーナを再び絶望に叩き落とすことになる。

 唯一の希望だと本人が信じて止まない、その期待を裏切って。


「聖女様……お願い……助けて」


「…………」


 ニーナは泣きながら私に懇願する。


 ──怖い。

 治せなかったらどうしよう。

 ……力を使うのが、怖い。


 頭の中を恐怖が支配していく。

 憎まれ口すら出て来ない。

 嫌な汗が額にじわじわと集まって、益々私に焦りを与えた。


「アイヴィ様、顔色が悪いようですが……大丈夫ですか?」


 私の様子がおかしいことに気付いて、レグランが顔を覗き込むようにして窺ってくる。

 我に返り、慌てて平静を装った。


「え? ええ……大丈夫よ。祈りを捧げればいいのよね」


 ニーナに近付き、彼女の手を取って意識を集中させる。


 ここまで来たらやるしかない。

 治せるまで、どれだけ力を使おうが私が倒れることになろうがとにかくやるしかないわ。


「……っ……」


 必死に祈りを捧げると、繋いだ手を通して青い光がニーナの身体に流れ込み、病気の箇所の心臓へと広がる。

 病気を消すようなイメージを頭の中で描いていると、突然私の身体にずしりとした衝撃が走った。

 そしてロラン・ノームで結界を張った時と同じく、吸い込まれるように身体の力が抜けていく感覚に襲われる。


 苦しい……!

 結界を張った時ほどじゃないけれど、聖女の力を使うと身体にかかる負荷がキツい……!


 必死に歯を食いしばって耐えながら祈り続けると、パアッと一際光が明るくなり、やがて弾けて消えた。


「くっ……!」


 祈りを終えた途端に激しい倦怠感がドッと押し寄せて来て、ニーナの手を離す。

 身体を支えるようにしてベッドの縁に手をかけた。

 背後からレグランが心配してこちらへ来そうな気配がしたので、反対の手で来ないでと制する。


 ニーナは恐る恐るといった様子で、少しずつ身体を起こしていく。


「え……?」


 ニーナは自分の心臓に手を当てたり、指を握ったり開いたりしながら、徐々に瞳を大きくしていく。

 病気が完治したのかは不明だけれど、少なくとも体調が回復したのは誰の目から見ても明らかだ。


「嘘……嘘……」


 ニーナは信じられないといった様子で私の顔を見て、小刻みに首を横に振る。


「痛みが……! あんなに辛かった痛みが全くない! 身体も今までの気だるさが嘘みたいに消えたの!」


 ニーナはまだ現実だと実感出来ないのか、確かめるようにベッドから抜け出し、立ち上がってみせる。


「すごい……! こんなに身体が動かせるのは久しぶりだわ!」


 そんなニーナの変貌に、院長も感嘆の声を漏らした。


「おお……! 噂に違わず、やはり聖女様のお力は素晴らしい……!」


「聖女様! 本当に、本当にありがとうございます! 私もうこのまま死んで行くんだって、諦めていたの。でも聖女様が私に命を与えてくれた。このご恩は……一生忘れません!」


 ニーナは大粒の涙を流しながら私の手を取り、膝をついて崇める。

 本当に完治したのかという私の疑問は、野暮な気がして聞くことは出来なかった。

 とりあえずニーナを苦痛から解放出来たのは事実だから、そこは良かったと安堵する。


「ニーナ、もう結構よ。身体が楽になったからって調子に乗らないで、ベッドへ戻りなさい」


「あっ……ご、ごめんなさい! 私、喜びすぎちゃって」


「アイヴィ様、大丈夫ですか? 休憩場所を手配しておりますから、ご案内致します」


「頼むわ、レグラン」


 レグランが私の体調が優れないのを心配して提案してくれる。

 その気遣いに感謝しながら、私はレグランが差し伸べた手を取った。



 それからしばらくの間休憩して体調を取り戻すと、レグランの反対を押し切って治療ケアの手伝いを再開したのだった。


 義務は果たしたのだからこれ以上治療したくないというジェナの反抗はすべて物理で抑える。

 そして最後の一人を治療し終えた頃には、私は案の定ふらふらになってしまった。

 真っ直ぐに歩くことも出来ず、レグランの肩を借りて一歩一歩のろのろと歩く姿は、まるで病人だ。

 まさか治療をしに行った聖女だとは誰も思うはずもない。


 ライナスにこんなところ見つかりたくないと思いながら馬車へ向かう。

 けれど、そういう時に限ってバッタリと鉢会わせてしまうもので。


 私の情けない姿を見たライナスの眉が一瞬で吊り上がった。

 そんな彼が開口一番に発した言葉は。


「──君は馬鹿なのか?」


 馬鹿と言われたのは、これで二度目ね。

 レグランの制止を振り切って体調崩した馬鹿ですわ、どうも。


 口では厳しいことを言いながらも、ライナスはレグランと代わって私を支えてくれる。


「無理をするなと言ったはずだが、聞いていなかったのか?」


「し、……仕方ない、でしょ……死に損ないだとしても、見捨てるのは、こ、こっちの気分が悪いじゃない……」


 はあ……何てひどい言い方。

 元気があれば自分の頬を往復ビンタしてやりたいわ。


 一生懸命生きたいと願う患者達に対して死に損ないだなんて、冗談でも言っていいわけがない。

 またライナスに嫌われたと悲観していると、ライナスは横目で私を見ながら今の発言に対する意外な感想を口にする。


「……君は口と態度は悪いが、中身は一応聖女なんだな。そこまで人を救う意思が強いとは思わなかった」


「う、うるさい、わね……。ちょっと黙っててくれる……」


 ライナスから私を嫌悪する言葉は出てこなかった。

 単にこれ以上私の印象が下がることがないだけかもしれない。

 それでも良かったと胸を撫で下ろす。


 そのままひょこひょこと歩いていると、ライナスはついに見兼ねたようだった。


「無理に歩かなくてもいいだろう。馬車まで君を抱えて行ってもいいが」


「結構よ……。力を使ったら歩けなくなるほど体力のない聖女なんて噂を立てられでもしたら……とても腹が立つもの」


 大人しくライナスに甘えればいいのに、ジェナのプライドが邪魔して助けを断ってしまう。


 正直しんどすぎて辛いので、そこは素直に甘えたかった。

 噂なんて好きに言わせておけばいいのに……。


 気力で何とか馬車まで辿り着き、窓側に吸い付くように寄りかかって身体を休める。

 しばらくそうしている内に眠気に襲われ、泥に沈むように深い眠りへと落ちていった。





「ん……」


 目を瞑りながら意識だけが浮上して、少し身じろぎする。


 とても良い眠りだった。倦怠感もほとんど消えている。

 馬車にしては割と寝心地良かったわと半分寝惚けながら目を開けてぼんやりとする。


 ガタンガタンと馬車の揺れる振動と音を聞きながら、徐々に思考がはっきりして来た私は違和感を覚える。


 ……変だわ。

 ライナスも一緒にこの馬車へ乗り込んだはずなのに、目の前に姿がない。


 気付かない内に降りた? いやいやそんなまさか。

 まだ城に着いていないのに降りてどうするのよ。


「……殿下?」


「何だ」


 独り言のように呼んでみたのに、返事が自分の真上から聞こえて来る。

 私は身体が浮くほど驚いてライナスから離れる。勢いよくガンッと窓に頭を打ちつけた。


「痛ったあ!」


「何をしているんだ?」


 寝起きの一発には強烈すぎる痛みに悶絶しながら後頭部を摩る。


「あなた、向かい側にいたはずじゃなかった!? 何で隣にいるのよ!」


「君が馬車の揺れで何度も頭を窓に打っていたのに全く起きず、窓の方が壊れそうだったから仕方なく私の肩を貸したんだ」


 そういえば確かに、今打った部分とは別に側頭部がズキズキと痛い気がする。


 多分、私はよっぽど眠りの船を漕いで頭をゴツゴツ打っていて、ライナスが見るに見兼ねたのだろう。

 私の頭より窓の方を心配して助けてくれた口振りだけど。


「それは……失礼したわね」


「ああ。大変失礼だった」


「…………」


 微妙に刺のあるライナスの態度に、言い返す言葉が出て来ない。


 迷惑をかけたから、少し怒っているのかしら。

 私のことだから全力でライナスに寄りかかって爆睡していたと思うし、重くて不快だったのかもしれない。


 私が黙っていると、ライナスは話を続けた。


「だから次からは絶対に無理をするな。君に体調を崩すほどの努力は求めていない。聖女が大事な存在なのだともう少し自覚を持って欲しい。あまり倒れられると、こちらとしても困る」


 ──ああ、何だ。

 昨日も今日も、私の身を案じてくれたんじゃなくて、聖女として使い物にならなくなったら困るから心配していただけなのね。


 ……そうよね。

 どうして私、勘違いしていたのかしら。恥ずかしい。


 私自身のことを心配してくれているなんて思い上がりも甚だしいわ。

 ライナスに対して今まであれだけ悪態ついておいて、私のことなんか心配してくれるわけないじゃない。


「……覚えておくわ」


 ライナスは──いえ、()()()は。

 聖女だから私を気遣ってくれるだけ。

 私に対する優しさなんかじゃない。


 そんな当たり前のことを忘れないように、深く心に刻み込んだ。


ブクマ、評価ありがとうございます。

評価まで頂けるとは思っていなかったので、とても嬉しかったです。重ねて感謝申し上げます。

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