第6話 別に優しさじゃない①
「アイヴィさんっ! よく無事に帰って来たわ!」
「うわあっ!?」
ロラン・ノームから帰還した私とライナスは、王城の玄関口で王妃様の出迎えを受ける。
優雅な走りで駆け寄って来たかと思えば、王妃様は私に抱き着いた。
激しい勢いで後ろに倒れそうになるものの、ライナスが背中を支えてくれたので何とか免れる。
「母上。彼女はまだ本調子ではありませんから」
「あっ、そうね! ごめんなさい、私ったらつい……。身体は大丈夫? ──嫌だっ! 何で服が汚れているの!?」
焦ったり心配したり驚いたり、王妃様の感情が忙しそうだ。王妃様は私の身体を解放する。
瓦礫を取った時に付いた汚れを指摘され、説明しようとしたのだけど──
「これは私が……」
「ライナス! あなたが付いていながらどういうことですか! アイヴィさんに何かあったらどうするつもり?」
説明する暇もなく、王妃様はライナスに詰め寄る。
謁見の時のようにまたライナスに冤罪がかけられそうだったので、今回はきちんと私が否定する。
「あの、殿下のせいではないんですが……」
しかし、王妃様の耳には届いていないみたいだった。
見事に何の反応も返ってこない。
この王妃様も、娘が欲しかったからという理由で随分と私に好意的だけれど……。
この大袈裟とも言えるほどの心配ぶりは、やはり私が聖女だからという理由が一番大きい気がする。
多分私の本性を知ったら、幻滅されて一貫の終わりでしょうね。
濡れ衣を着せられそうになっているライナスは、はあ……と弁解するのも面倒くさそうにため息をつく。
「母上。彼女の服の汚れは、彼女が困っている民を手伝おうとした時に付いたものです。決して魔物や賊に襲われたとかではありませんからご安心を」
ライナスから説明を聞いて、王妃様は一気に落ち着きを取り戻した。
「まあ……そうだったの? アイヴィさん、本当に心優しい方なのね」
「……いえ、そんなことは……」
ないんですよ、本当に。
心優しいとは対極に位置する女なんです。
心優しいという単語が怒ってますよ、こんな女に間違っても使うなと。
王妃様は私の肩に触れ、優しく撫でた。
「引き止めてごめんなさいね。疲れたでしょうから、早く休みなさいな。ライナス、アイヴィさんの部屋まで送りなさい」
「王妃陛下、私は一人で大丈夫ですから」
「わかりました、母上」
私は断るも、ライナスが承諾してしまった。
王妃様と別れ、ライナスは部屋まで送り届けてくれる。
部屋までの道中、会話はなくて少し気まずい思いをしたけれど、部屋の前まで来るとライナスが口を開いた。
「明日は治療院で重病人の治療ケア活動の予定が入っているが……もし調子が戻らなければ中止も出来る。無理だけはするな」
「大丈夫よ。今日休めば平気だから。……その……」
ありがとう、と言おうとするけれど、枷がかかったように喉が締まる。
馬車の乗り降りのエスコートに対する礼とか、そういう事務的な礼はすんなり言えるのに……。
まともな礼をジェナが言うことなんてまず無いから、たった五文字の言葉なのに吐き出すことが出来ない。
礼すら言えないって、人としてどうなの。本当に嫌になる。
そうこうしている間に、私の口は勝手に喋り出す。
「きちんと聖女としての義務は果たすってば。無責任に投げ出したりしないわよ。余計なご心配どうも」
ああああ、違うのに! こんなこと言いたいんじゃないのに!
何で「ありがとう」がこんなにもひねくれた言葉になるのよ!
ライナスは私の体調不良を、聖女として心配なのは当然として、私自身の身も案じてくれている……のだと思う。私の恥ずかしい勘違いじゃなければ。
だからありがとうってシンプルに伝えたいだけなのに、どうしてここまで難しいの!
ライナスは僅かな思案の時間を置いて疑問を口にする。
「……それはまさか、礼を言っているつもりか?」
「はあ? 違うわよ。余計な心配しなくていいって言ってんのよ」
違う、違う! 合ってる合ってる! ライナスの言う通りお礼を言ってるのよこれでも!
折角ライナスが奇跡的に察してくれたのに……!
この口が憎らしくてたまらない。
ライナスは相変わらず無表情で、私に対して今何を思うかは計り知れない。
「そうか、余計な心配だったか」
「ちが──そうよ、それじゃあもう私休むから」
違うと否定しようとしたら、次のセリフがそれをかき消すように畳み掛けてきた。
言っているのは自分だし、本意ではないとはいえジェナを未だに演じてしまう私に落ち度があるのは充分わかってはいるけれど……悔しい。
最後の悪あがきとして、ライナスに向けてありがとうの念を全力で送っておく。絶対伝わらないけど。
扉をバタンと閉めてから、私はベッドにぼふっと音を立てて顔面から飛び込んだ。
そして上手くいかない苛立ちをぶつけるように、ベッドを何度かバンバンと殴る。
……余計に虚しくなっただけだった。