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最終話 悪態をつく聖女が歩む道

 

 ──身体が、羽根のように軽い。


 今までとは、全く反対の感覚。

 解放されたような、身体に自由が許されたような。


 ライナスが私を選んでくれるなんて、思っていなかった。

 確かに結末を変えてと願ったけれど……国民を敵に回す選択をさせてしまったわ。

 不完全な聖女の話は公にされてはいないとはいえ、万が一漏れることがあればライナスは責任を問われるかもしれない。


 私の運命は変わらない。だから、私の命を使ってできるだけ多くの人を救う。

 それが、私が報える唯一の方法なのだから。


「アイヴィ」


 呼ばれて、ふっと目を覚ます。

 すくい上げてくれるような優しい声で私の名を呼ぶその声に、一瞬で意識をハッキリと覚醒させる。


「え……?」


 サファイアの美しい蒼い瞳が至近距離で私を見つめていて、驚きと恥ずかしさでほとんど反射的にライナスの身体を押して距離を取ろうとする。


「うわあ! 近っ、近いってば、ライナ──」


 しかし、しっかりと私の身体はライナスの腕に抱えられていて、失敗に終わった。伸ばした自分の腕を見て違和感を覚える。

 ずっと悩まされていた倦怠感も重さも何も無く、身体が嘘みたいに簡単に動く。

 まるで骸骨のように細くなっていた手も足も、すっかり元通りになっていて目を疑う。


「あ……エルシーの聖女の力が私に移ったのね」


 ライナスがエルシーのハルモクリスタルを破壊し、私が正式の聖女と認められた……のかしら。

 だからエルシーの聖女の力が私に譲渡され、その分生命力も戻ったのだと勝手に理解する。


 一通り自分の身体を確かめると、ライナスとふと目が合った。

 部屋の明かりは消えていて、月明かりだけの暗がりという今の状況と、目覚めた時あまりにライナスと距離が近かった動揺で気付かなかったけれど、ライナスの額に血の痕を見つける。

 血は既に乾いており、怪我を負ってからそれなりに時間が経っているようだった。


「あなた……怪我をしているわ」


 聖女の力を使ってライナスの傷を癒す。

 しかし反動の倦怠感は一向に訪れず、私は力を使った手のひらを自分に向けて首を傾げる。


 聖女の力を使っても、全く疲れないわ。……どうして?

 正式の聖女だと認められたとはいえ、不完全な聖女の運命まで変えられた……なんて、そんなことあるのかしら?

 神が私を許すだとかエルシーはそんなことを言ってはいたけれど、私が正式の聖女となった場合のことは言及はされていないから、わからない。


 混乱に陥る私の手を取って、ライナスは包むように自分の手を重ねた。


「君はもう、死に怯えなくてもいいんだ。聖女の力をいくら使おうが命を削ることはない。本物の聖女になったのだから」


「え? ええ? どういうこと?」


 そういえば部屋にエルシーの姿がない。彼女から何か話を聞いたのかと思い説明を求めるも、ライナスは首を横に振った。


「詳しくは後で説明する。それよりも今は、君に聞いて欲しい」


 疑問が解消せず困惑する私の意識を向けさせるように、ライナスは私の瞳を覗き込んだ。

 ライナスと密着し、私の身体に伝わる体温を今更意識して、頬が熱を帯びる。


「これからも私の隣にいてくれるか。私の妻になって欲しい人は、君以外考えられない。──君を、愛している。アイヴィ」


 じわりと、私の目に涙が一雫浮かぶ。

 思い描くことすら躊躇っていた幸せな現実が、今私の目の前にある。

 ライナスの隣に立って、一緒の未来を見て、永遠に想い合うことを許される、そんな現実が。


「夢じゃ……ないの? 本当に?」


「ああ、夢じゃない」


「もう、すぐに死ぬことはないの? 私……生きられるの?」


「ああ、死んだりしない。君はもう苦しむことはないんだ」


 ポロポロと細かな雫が瞳から落ちていく。

 夢じゃないと、ハッキリと告げられた事実が私に染みていく。宥めるようにライナスの指が涙を拭った。


「あなたのそばにいてもいいの? 私、きっとこれからも悪態つきまくるわよ。酷いことや心にも思ってないことも言ってしまうわよ。……可愛げないわよ。そんな女でいいの?」


 本物の聖女になったとはいえ、私がジェナを演じてしまうことは簡単には変えられない。

 今だって、気を抜けば「……なんて、私が言うとでも思った?」などと口にしてしまいそうなのを必死に我慢している。

 奇跡的にライナスは私のことを好きだと言ってくれたけれど、本当にこんな私でいいのかと、自信の無い弱い心をぶつけてしまう。


 ライナスは私の不安を吹き飛ばすように、ふっと息を零しながら微笑した。


「いくらでもつけばいい。君がどれだけ悪態をつこうが、君の本心は私が理解する」


 胸がいっぱいになって、言葉が喉につかえる。

 喜びに震えた涙は大粒になり、自分の手で拭う。

 大切な言葉を伝える為に胸元を押さえた。


「……ねえ、きっと一度しか言わないわよ。よく聞いて」


 ジェナ、お願い。この言葉だけは素直に伝えたいの。

 どうか邪魔をしないで、言わせて頂戴。


 自分に言い聞かせるように強く願えば、私の頭の中にあったジェナの意地悪なセリフはすべて消えた。


「──あなたが好きよ、ライナス」


 言い終えると同時に、唇を塞がれる。

 甘くて優しいキスは、また涙が溢れてしまうほど幸せで、私はライナスの肩にそっと触れて目を瞑った。




*




「急いで、レグラン、コニー! 今日もグラーレウスの復興作業の予定が詰まってるのよ!」


「お待ちください、アイヴィ様! 連日働きすぎです。グラーレウスの民も、聖女様は結婚されたばかりなのにそんなに働いて大丈夫かと心配されています。今日こそ休暇を取ってもらいますよ!」


「そ、そうですよアイヴィ様! き、昨日だって頭痛薬を隠れて飲んでいたの、私見たんですよ!」


「うるさいわね。つべこべ言わずに黙って付いて来なさい!」


 一年後。

 徐々に復興作業が進みつつあるグラーレウスへ向かうために、レダから借りたワイバーンを笛で呼ぼうと外へ出たところで、ライナスが私の前に立ちはだかる。


「──民のために早くグラーレウスを建て直したいのはわかるが、少し先走りすぎではないか?」


「ラ、ライナス……」


「レダからもクレームが来てるぞ。毎日ワイバーンを使ってグラーレウスへ行き過ぎだと。ワイバーンが過労死すると言われた」


「う……」


 迫害されていたイソトマ族は、魔物暴走の原因を突き止めたことにより間接的に民を救ったと私が公言したら、民の嫌悪感情はだいぶ改善されたようだった。

 なのでこうして今、王家は大々的にイソトマ族と交流し、互いに良い関係を築いている。

 イソトマ族は敵に回したくないと思っていたから、こうして好意的に関われるようになったのは良かったわ。


 馬車よりも移動が早くて便利なワイバーンを頻繁に使わせてもらっていたのだけど、少し頻度が高すぎたらしい。

 レダからクレームが入ったと言われ、私は返す言葉がない。


「それに、君が働き詰めだと一緒に過ごす時間をほとんど削られるのは頂けないな」


「べ、別に夜はちゃんと帰って来てるじゃない……ライナスだってたまにグラーレウスまで来てくれるし、顔は合わせているでしょ」


「君はそんな僅かな時間だけで満足なのか? 私は全く足りないが」


 ライナスは相変わらず表情をあまり変えないけれど、くすぐったくなるような甘い言葉をストレートに伝えてくるので、私はいつも顔を赤くしてしまう。


「じゅ……十分よ」


 私だって本当はライナスと一緒にいたいけれど、そんなことを素直に言うにはジェナの性格が染み付いている限り絶対に無理な話。

 本心を誤魔化して十分だと答えれば、ライナスはふっと笑った。


「そうか。君も足りないと思っているなら良かった」


「ちょっと、話聞いてた? 私は十分だって言ってるじゃない」


 腰に手を当てながら抗議するも、ライナスは受け付けてくれない。


「久々の休暇だ。一人で優雅に過ごすか? ……それとも、二人きりがいいか?」


「か、勝手に話を進めないで! ……ひ、ひと、一人でゆっくりしたいに決まってるでしょ。あなたと一緒なんて気が休まらないわ!」


「ふ。そうか、なら今日は二人で過ごそう。……誰にも邪魔されずに」


 ライナスが私の後ろにいる二人へ視線を向けると、レグランとコニーは空気を読んでサッといなくなる。

 私がライナスと二人で過ごしたいという本心を、ライナスが汲み取ってくれて嬉しいのに、生憎それを伝える言葉は出て来ない。


「──私の心を読んだ気でいるのはやめてくれる? 全然違うわよ」


「……そうか、間違っていたか。なら残念だが今日は一人で羽を伸ばすといい」


「え……」


 私の余計な発言のせいでライナスが引き下がってしまい、戸惑う。


 ああ、なんてことしてくれたの、ジェナ!

 せっかく久々にライナスと過ごせるチャンスだったかもしれないのに!


 それでも自分から「本当は合っているわ」と訂正など出来るわけもなく、絶好の機会を潰してしまったと激しい後悔の念に駆られた。

 しかし、そんな相変わらずどうしようもない態度を取る私に、ライナスは助け舟を出してくれる。


「冗談だ。私が君といたいから今日は付き合ってくれ、アイヴィ」


「嫌に決まっ──」


 ガリッと唇を噛んで、ジェナのセリフを無理矢理止める。


「~~っ!!」


 その痛みに悶絶し、声にならない声が微かに唇の隙間から零れた。


 ライナスは私の本音をちゃんとわかっていてこうして誘ってくれたのだから、ここで余計な意地を張るわけにはいかないわ。

 ……でも痛い。痛すぎる。

 ちょっと強く噛みすぎたと半泣きになる。

 唇から血がダバダバと流れ出て来たので、口元をサッと手で隠し、聖女の力でこっそり治しておいた。


「……てはいないけれど。そ、そこまであなたが言うなら……仕方ないわね」


 何とも上から目線の返事に、自分で自分に呆れる。というより、ジェナに呆れる。


 ライナスは目を細めて、私に手を差し伸べる。

 その手を取ると強く引かれてライナスに抱き寄せられた。


 私は素直な気持ちを言葉に出来ない代わりに、ライナスの背中に腕を回してそっと触れる。

 彼の腕の中で、密かに喜び微笑むのだった。



最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。

ブクマ、評価、いいねして下さった方も、重ねてお礼申し上げます。本当に励みになりました。


ここからは宣伝になってしまいますが(すみません)、

アルファポリス様にて掲載している「悪女マグノリアを処刑しようとしたら、時を戻すから彼女が悪女になるフラグを折って救えと神に頼まれたので、王子とその護衛が全てへし折ることにした」が書籍化決定致しました。

もし良ければこちらもお読み頂けたら嬉しいです。


最後にもう一度、ありがとうございました。

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