第36話 不完全な聖女 VS 第二の聖女①
眠りから覚めることができない。
意識はなくても思考だけは働いていて、浮上することのない夢の狭間に沈んでいる。
まだ死んではいない。けれど、それももう時間の問題。
あとは『その時』を待つだけ。刻一刻と迫る終末を、抗えずにただ受け止めることしかできない。
ふと、マグマが噴き上がるような熱さが全身を駆け巡る。身体が酸素を求めて、息を吸いながら強制的に目を覚ました。
「お目覚めですか? アイヴィさん」
「……」
私の顔を覗き込んだのは、第二の聖女エルシーだった。
首だけ軽く動かし、辺りを見る。私室のベッドで横になり、エルシーが椅子に腰かけてなぜか私のそばにいる現状を把握した。
コニーやレグランの姿はない。ここにいるのは私たちだけみたいだ。
彼女の手は私の腕を掴み、そこから青い光が放たれている。
身体が燃えるような熱さを持っているのは、そのせいだったらしい。
「……何、してるのよ」
非難するような視線を向ければ、エルシーは力を使うのをやめ、ふっと口元を緩めた。
「あなたにはまだ死んでもらったら困るのです。ですから私の力を少しだけ分け与えていました」
「何のために? もう私に利用価値なんてないでしょ」
ほとんど死にかけていたのに、わざわざ力を分けて私を延命するだなんて、一体何が目的かと眉を顰める。
「引き継ぎの儀式のようなものが残っているのです。それさえ終えれば死んでくれて構いません」
「何ですって?」
そんなこと、隠されたメッセージには記載されていなかった。
初めて聞く話とエルシーのどこか棘のある発言に不信感が募る。
「ハルモクリスタルはこの世にひとつしかいらないのです。わたしとあなた……どちらかのを壊さなくては、正式な聖女だと認められません」
「私が死んだらクリスタルは消滅するんじゃないの?」
「いいえ。神様はあなた──不完全な聖女に一つだけ救済措置を設けていたのです。……まあ、あってないようなものですけどね」
ふふ、と鼻で笑って、エルシーは可笑しさを堪えられないように手を口元に触れさせる。
「第二の聖女のわたしと不完全な聖女のアイヴィさん。どちらかを残せと言われたら、誰もが私を選ぶでしょう。それでも……不完全な聖女を選ぶ者がいたなら、神はあなたを許すと決めたのです」
「許す……? 私が何をしたというの?」
私が不完全な聖女の運命を知った時、確かに逃げた方がいいのかとか迷ったけれど……。その迷いが神の逆鱗に触れたとでもいうの?
それとも単にジェナの悪態が目に余ったとか……?
いえ、態度は良くなかったかもしれないけれど、神に許しを乞わなきゃいけないほどのこと?
そこまで罪深いことをした心当たりはなく、思考に時間を使う。
エルシーは首を小さく振って私を見下した。
「自覚もないのですか? ただでさえ不完全な聖女だというだけでも愚かなのに、本当に救いようがないですね」
「うるさいわね。さっきから喧嘩売ってるの? 感じ悪い女ね」
あまりに攻撃的なエルシーに、抑えられず軽く反撃する。
……まあ、ジェナが我慢できるとは思えなかったけれど、これじゃあ喧嘩に発展しそう。
エルシーの鼻につく態度が原因とはいえ……というか、どうしてこんなに敵意を向けられているのかしら。
彼女とはほぼ初対面なのだけど……。
エルシーは挑発するようににやりと笑みを浮かべただけで動じなかった。
本当に目の前にいるこの人は第二の聖女なのかと疑いつつ、率直な疑問を口にする。
「ねえ。なぜわざわざそんなことを教えるわけ? 私が寝てる間に壊したら済む話だったでしょ」
「だって絶対に選ばれませんもの。そんな条件を飲む馬鹿がいるとお思いですか? 誰にも選ばれなかったと嘆きながら死んでいくあなたの顔を見たかっただけです」
……この人、なんなの?
私のことを憎んでいるのは何となくわかったけれど、こんな人が私の後を継ぐの?
エルシーが気に入らない相手は苦しめてもいいという思考の持ち主なら、彼女に嫌われたら救いを求めても助けて貰えない人も出てくるんじゃないの……?
……任せていいの? 任せられるの?
それに、ライナスのことを大切にしてくれるの……?
聖女らしからぬ言動に、私の中のジェナが苛立ちを隠せずに強く睨む。
「あなた本当に聖女? 随分といい性格してるじゃない」
「本来ならもっと早くわたしが聖女になる予定だったんです。あなたみたいな出来損ないがいたせいで遅くなったんですよ。それに、性格が悪いのはあなたも同じでしょうに」
「一緒にしないで。確かに態度は褒められたものじゃないけれど、私は性根まで腐っちゃいないわよ」
私は勢いよく起き上がると、首を掴むようにエルシーのハルモクリスタルに手を伸ばした。




