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第3話 国王夫妻との謁見


 数日経って、私の体調が回復した頃を見計らったかのように、一人の男性が私のいる客間へ訪れた。


「本日よりアイヴィ様の従者を務めさせて頂きます、レグランと申します」


 レグランと名乗る男性の挨拶に、耳を疑う。

 夜に溶けたような黒髪に、モスグリーンの切れ長の瞳。

 黒いスーツのような制服も相まって、何だか黒猫を彷彿とさせるその姿は、王太子の隣で私を怪しんでいたあの時の従者で間違いはない。


「え? あなた王太子殿下の従者だったはずよね」


「はい。ライナス様よりアイヴィ様を見守るよう依頼されてここへ参りました」


「……ああ。要は監視ってわけ。ご苦労なことね」


 私が何か変なことを企んだり、逃亡したりしないように、自分の信頼する従者を私の側に置いておきたいってことね。

 あからさま過ぎるけれど、私に信用がないのだから仕方ない。

 監視だなんてとんでもない。私が次に予想した言葉は、レグランから返ってこなかった。


「はい。はっきり申し上げればそうです」


「あら、隠す気ないのね」


「アイヴィ様のようなタイプのお方に遠回しな表現でお伝えするのは得策ではないかと思いまして」


「……あなた割と物言いが失礼な人のようだけれど、正直嫌いじゃないわ」


 変に言い訳したり媚びを売ってくるような人間じゃない方が信用出来る。そう思うのは、ジェナの経験則から。

 それにしてもレグランとはまだそこまで関わっていないのに、私の……というかほとんどジェナの性格を理解してるあたり、ライナスからこの前のやり取りの内容を聞いたのかもしれない。

 王太子相手に失礼な口を利くとんでもない女だとでも吹き込まれたのかしら。

 ……ええ、残念ながら正しいのよ、それ。悲しいことにね。


「それで、挨拶に来ただけ?」


「いえ。アイヴィ様の体調も良くなられたようですし、本日は国王夫妻へご挨拶に伺って頂きたいと思います。それから聖女の業務に関しても詳しくご説明をさせて頂きます」


 こ、国王夫妻に挨拶……!?

 どうしよう、そんなこと今の私に出来るのかしら!?

 王太子相手にすらあれだけ悪態ついたのだから、国王夫妻にも同じ態度を取らない自信がないわ。

 まずいわ、ライナスは何とか許してくれたけど、国王相手は確実に首が飛ぶ!

 私は自分の首が取れないように、無駄だとわかっていても手で押さえてしまう。


「あ、挨拶はいいけれど、聖女の業務って一体何なの? 天に向かって毎日祈ればいいわけ?」


 ありきたりな聖女イメージかもしれないけれど、私には聖女のすることは、祈って、また祈って、更に祈って、ダメ押しでまた祈るぐらいしか思い浮かばない。我ながら想像力が乏しすぎる。

 ありがたいことに、レグランは詳しく説明してくれた。


「魔物の襲撃被害に遭った地域へ訪問して聖女の加護を捧げたり、孤児院などへの奉仕活動、治療院にて病人の治療ケアの手伝いなどが主な活動になります」


「聖女の加護?」


「聖女が持つ力だそうです。加護を受けた地域は聖女が生きている間結界が張られ、魔物から襲われにくくなると過去の記録に記されています。それから病気を癒す能力もあるそうなので、不治の病に侵される患者を中心に救って頂きたいのです」


「ふーん……。とても自分にそんな力があるとは思えないけれど」


「アイヴィ様!?」


 私は近くにあったペーパーナイフを手に取って、自分の腕を躊躇なく切り付ける。

 レグランが慌てて私の手からナイフを取り上げた。


 ……ねえ、私の中のジェナ。あなたのやり方はいつも荒っぽいのよ。

 やったのは私だけど、私の意思じゃないわ。

 ジェナならきっとこうすると身体が勝手に動いてしまったのよ。

 痛い、めちゃくちゃ痛いわ。ちょっと涙出てきた。

 思いのほかナイフの切れ味が良かったのか、傷は深く、鮮血がじわりと腕を染めてゆく。


 さすが王家が使うものなだけあって、切れ味がいいわね。

 ははっ、痛すぎ。


 聖女が持つ癒しの力とやらが本当に自分にあるのかわからないけれど、とりあえず傷を付けていない方の手を傷口にかざして、頭の中で治れと祈ってみる。


 これでもし治らなかったら本当に泣ける。

 こんな大層なパフォーマンスしておいて治せないなんて恥ずかしすぎる。

 お願いだから治って欲しい。私の心の保護のためにも。


 そんな私の切なる願いが届いたのか、私の手のひらから青い光がパアッと現れ、みるみる内にその光は傷を塞いでいった。


 ほ、本当に治ったわ……! 聖女すごい。

 良かった。良かったわ……。醜態を晒す羽目にならなくて……。


 そんな心の内とは裏腹に、外面は強がって見せる。


「へえ。噂に違わず、なかなかすごい能力じゃない。医者なんていらないわね」


「アイヴィ様が我が国にいる全ての患者を診て頂けると言うならそうでしょうね」


「ああ、それは無理ね。力を使ってみた感じ、ほんの少し疲労感があるわ。調子に乗って能力を使い過ぎると倒れるかもしれないわね」


 いくら聖女と言えど、結局中身は人間だもの。力を使えば疲れるわ。

 こんなにも便利な能力を無限に使えるなんて都合の良い話は、いくらここがファンタジー世界だとしてもないわよね。


 完全に治った手を眺めていると、レグランから苦情が飛んできた。


「それよりもアイヴィ様、ご自身の身体を傷付けるのは止めて頂けませんか。アイヴィ様にもしものことがあれば私の首が飛びます」


「あら、それならあなたの腕を切り付ければ良かったのかしら」


「はい。その方がありがたいですね。アイヴィ様が思うよりも、聖女の存在というのはこの国において重要なものなんですよ」


「ふーん……。覚えておくわ」


 緩い返事に、レグランは呆れたような目をして不満を表す。


 ああ、ごめんねレグラン。私の代わりに私が謝るわ。

 ちょっと腕を切って、見事治してすごいでしょって格好つけてみたかっただけなの。ジェナ、そういう子だから。

 あなたの首を飛ばすわけにはいかないから、出来るだけ自傷行為は避けるわ。というか私も痛いのは嫌だわ。


 心の中でしか謝罪出来ないのを申し訳なく思っていると、レグランは既に切り替えたようだった。


「それでは国王夫妻がお待ちになっている謁見の間へご案内致します。くれぐれも失礼な態度を取らず、全力で猫を被って下さいね」


「はいはい。にゃーとだけ鳴いておけばいいんでしょ? それくらい出来るわよ」


 ああ、嫌な言い方。本当に悪いわねレグラン。

 私はジェナの性格が染み付いてしまっているからこんなに悪態をついているけれど、常識的な考えはちゃんとあるのよ。行動が止められないだけで。


 この前ライナスに対してあれだけひどい態度を取ってしまったから正直自分の言動に自信はないけれど、私だって国王夫妻を怒らせて破滅したい訳じゃないもの。出来るだけ失言しないよう心がけるわ。


 悪役令嬢のジェナも、自分の利益になる人に対しては、あからさまだけどきちんと猫を被ることは出来ていたから、きっと大丈夫なはず。ライナスに対して出来なかったけど、きっと大丈夫なはず。

 半分自分に言い聞かせながら、レグランの案内に付いて行く。


 城の廊下を歩いていると、兵士や使用人が私の姿を見て、皆敬うように丁寧に頭を下げて来た。


 ……何だか不思議。

 ジェナの時は私と関わりを避けるように、顔を背ける人ばかりだったから。この丁重に扱われる感じはとても新鮮。

 まあ……ジェナは色々悪事を働いて嫌われていたから、そんな態度を取られて当然だったのだけど。


「アイヴィ様、こちらが謁見の間です。……いいですか、くれぐれも」


「にゃーとしか鳴かないってば。ちゃんとわかってるわよ」


 レグランの二度目の忠告を、本人が言い終えるより早く私は承諾する。

 それでもレグランは私に猜疑心を抱いたまま、渋々といった様子で扉を開けた。


 だだっ広い謁見の間は、青と白のコントラストが特徴的だった。

 染みひとつない真っ白な壁に、陶器のように艶のあるコバルトブルーの床。

 部屋の最奥に鎮座する、金色に縁取られた赤い玉座。

 その裏に飾られている、恐らく国旗であろう青い旗には、白い大鷲が描かれていた。


 多分、青と白はこの国のカラーなのだと推測する。

 私の存在に気付いて、国王夫妻がライナスとの話を切り上げた。

 玉座から立ち上がり、私の元へと向かって来る。


 わあ、夫妻自ら出迎えだなんて、本当に歓迎されているのね、聖女とやらの存在は。


 そう思いながら私は靴音を鳴らして歩を進めて行く。

 ライナスは私を警戒するような眼差しのまま国王夫妻の後ろに付いていた。


 ライナスもレグランと同じように、私が国王夫妻に対して失礼な態度を取らないか心配しているのでしょうね。

 わかるわ、不安よね。だって私が一番不安だもの。


 国王夫妻が足を止めたので、私は片足を後ろに下げて丁寧に挨拶の姿勢を取る。


「よくぞ参った、聖女殿。体調はいかがかな」


 国王様は目尻を下げて柔和に微笑む。

 ライナスの父親らしく、非常に顔の造形が整っており、歳を召してもなお色気の残る素敵なおじさまという印象だった。

 国王様の隣に立つ王妃様も同様に、気品漂う美しい貴婦人といった感じで、見惚れてしまうほどブロンドの長い髪が綺麗だった。

 ハイルドレッド王家は美形揃いなのかも。目の保養をさせてもらう。


 さあ、国王夫妻に失礼のないように挨拶をしなきゃ。


「すぐにご挨拶へ伺えなかったこと、どうかご無礼をお許し下さいませ。国王陛下、王妃殿下。おかげ様で体調は万全でございます」


「そうか、それは良かった。貴女は我が国ハイルドレッドの賓客だ。何かあれば遠慮なく言いなさい」


 国王様の言葉に、引っ掛かりを覚える。


 賓客ね……。

 この国の為に、私に働いてもらわないといけないものね。

 というか、国王様は私とライナスを婚約させたのに私を客扱いってどういうことなのかしら。


 ……いやいや、余計なことに気を取られてはダメ。

 少しの油断が命取りよ。とにかく今は失礼のないように、頭を下げるのよ。


「陛下の寛大なお心、深く感謝致します」


「まあ……聖女というのがどんな方なのかと思えば、何だかきちんと教育を受けた貴族の令嬢みたいね」


 王妃様が貴族のような私の振る舞いに感心しながら頬に手を当てる。


 しまったわ……つい慣れで貴族式の挨拶をしてしまったけれど、これは失敗だったかも。


 今の私は記憶のない聖女という設定になってしまっているのだから、もっと慣れない感じで挨拶するべきだったと反省する。


「……。陛下に失礼がないようにと、立ち振る舞いについて少しですが教育をお受け致しました」


 堂々と嘘をつけば、ライナスからそんな教育を施した覚えはないぞと非難の視線が飛んで来る。


 わ、わかってるわよライナス。追求はあとにして頂戴。

 そんなに睨まないで。憎まれ口叩きたくなるでしょうが!


 下唇を噛んで、出そうになる悪態を堪える。

 私の嘘を信じた王妃様が、まあ! と大きな声を上げた。


「ダメじゃないの、ライナス! 体調の悪い中そんなことさせて!」


 王妃様に叱られ、冤罪をかけられたライナスは心外とばかりに目を開く。

 ただ、下手に言い訳するのは見苦しいと思ったのか、ライナスは反論しなかった。

 ものすごく不服そうな顔はしていたけれど。


 王妃様は申し訳なさそうに眉を下げる。


「ごめんなさいね、うちの息子本当に気が利かなくて。無愛想だし、絶対アイヴィさんに不愉快な態度取ったでしょう?」


「いえ、そんなことは……」


 どちらかと言えば私の方が不愉快な態度をライナスに取ってしまっていますだなんて、口が裂けても言えない。

 今も嘘をついたせいでライナスが悪者になってしまっているし……。


 ちくちくと罪悪感の棘が私を刺す。

 王妃様は口元を指で隠し、たおやかに振る舞う。


「いいのよ、遠慮しなくて。息子が何か失礼なことをしたらすぐに言って頂戴ね。態度を改めるまで私が何度でも説教するわ! 私ね、ずっと娘が欲しかったのよ。こんなに可愛らしい子がお嫁に来てくれるなんて、本当に嬉しいのよ」


 王妃様は私の手を握って、今度はご機嫌な少女のように身体を揺らす。

 先程までの気品漂う貴婦人からのギャップに、私は随分と戸惑った。

 そしてここまで自分に対して好意的な人に出会うのは久しぶりすぎて、どう対応していいのかわからない。

 ただ困惑してされるがままになっていると、国王様が助け舟を出してくれた。


「これ、王妃。聖女殿が困っているだろう」


「あっ、そうね! ごめんなさい。つい嬉しくって」


 王妃様は慌てて私の手を離す。ニコニコと笑みを浮かべながら距離を取るように下がっていった。

 可愛らしい王妃様に国王様の口元が緩んでいる。そんな優しい表情が、私に向いた。


「聖女殿。我が息子との婚姻の話を強引に決めて申し訳なかった。だが貴女の身の安全の為でもある。どうか理解して欲しい」


「いえ、陛下のご配慮ありがたく存じます。ハイルドレッド王国の為に身を尽くして参りますわ」


「それは願ってもないことだ。ライナス、聖女殿をくれぐれも頼んだぞ」


「はい、父上」


 ライナスは胸に手を当てながら国王様に頭を下げる。


「ではそろそろ会議の時間なのでな。もう少し聖女殿と話したかったが、別の機会にしよう」


 国王様から謁見終了を告げられ、安堵する。


 ……ああ、良かった。これで挨拶は終わりね。

 国王夫妻の前で失態を犯す羽目にはならなかったわ。

 今日も私の首は守られたのね。あなたが無事で良かったわ、首。


 ふう、と浅く息を吐いて、ライナスの方を見る。偶然目が合って、不愉快そうに睨まれた。


 ああ……随分と嫌われてしまったものだわ。

 自分が蒔いた種とはいえ、悲しいわね、アイヴィ。


 これ以上の長居は無用と、私は陛下に別れの挨拶をして、謁見の間から退散した。



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