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第23話 この想いは、消していく


 夜空を緩やかな速度で飛行し、瘴気のある洞窟まで戻る途中、私は夜風を頬に浴びながら、最後になるであろう景色を目に焼き付けていく。


 まだ行ったことのない街や村、魔物がたくさん潜んでいそうな森や、山頂に美しい泉のありそうな山。

 この世界をほとんど知らないままで、もっと色んな所へ行きたかったと、残念に思う。


 不意にレダが私の方へ顔だけ振り向いて、話しかけて来た。


「ちゃんと王女は治せたのか?」


「当たり前でしょ。じゃなきゃあなたを呼んでないわよ」


「何つーかさ、割と最初から思ってたんだが、アンタあんまり聖女っぽくないよな。口調が」


 レダにまで私の口の悪さを指摘されてしまい、居た堪れなくなる。


 私だって出来るなら棘のない喋り方をしたいわ。

 そう思えば思うほど、ジェナ特有の棘が出て来るのよ。それも鋭い棘がね。

 もう私は半分諦めているわ。という訳で、今から刺すわよ。ごめんね。


「何よ。聖女なら慎ましくお淑やかにしろとでも言うの? 押し付けがましいわね」


「いや、別に責めてるわけじゃねえよ。気ぃ悪くしたなら謝る。ただアンタが聖女のイメージとあんまりにもかけ離れてるからよ」


「勝手にあなたが想像したイメージと違うって言われてもね。知ったこっちゃないわ」


「俺はいいと思うぜ。聖女ってあんま人間味ねえかと思ってたから、アンタは普通の女って感じで安心するわ」


 何だかバカにされているような気がして、私はレダに詰める。


「ねえ。褒めてるの? 貶してるの?」


「え? どう考えても褒めてんだろ」


「あなたに褒められても嬉しくないわ」


 厳しー! とレダは肩を揺らして大きく笑った。


 私がこれだけ言っても笑ってくれるのはありがたいことだわ。

 もしレダが短気な人だったら、多分私はワイバーンから蹴り落とされていたでしょうね。


 そのまましばらく飛行を続けていたら、突然前触れもなく急降下し出した。

 私は何かあったのかと慌ててレダに声をかける。


「ちょっと、何してるの? 洞窟はまだ先でしょ」


「寄り道だよ。……アンタのな」


「え?」


 聞き返すも、レダから返答はなく、ワイバーンは地面へ着地する。

 そこは、森とは呼べないような、木々が点々とあるだけの何もない道端だった。

 レダはワイバーンから降りて、親指をくいっと反対側へ向ける。


「この先に、王子サマがいるぜ。アンタを港で攫ってから少人数で俺を追って来たらしい。今は休んでるみてえだが」


「…………」


 突然私がいなくなったんだもの、ライナスは相当焦ったはず。

 わざわざ自らの足で私を探してくれていたことに申し訳なさを感じながらも、どこか嬉しいと思ってしまうのは罰当たりかしら。


 レダはニヤリと笑みを浮かべる。


「王子サマはよ、俺がアンタを連れ去った方角へひたすら馬を走らせ続けてたそうだぜ。アンタ愛されてるな」


「……別に愛されているわけじゃないわ。彼は責任感が強いし、聖女の私がいなくなったら困るだけよ」


「何だよ、照れてんのか? 王子サマ、アンタが攫われてからだいぶ心を乱してたらしいぜ。ま、全部魔物から聞いたんだけどよ」


「だから、それは……」


 ノノメリアの王女をまだ救っていないとライナスは思っているのに、王女を治癒出来る存在の私がいなくなったら困るから……と説明しようとするも、堂々巡りになりそうだったのでやめた。

 レダは気遣って私をここへ連れてきたのだ。


「アンタの婚約者なんだろ? 最後に話、しておかなくていいのか?」


「…………」


 もうライナスに会えることはないと思っていたから、突然降って湧いた対面の機会に、私は迷う。


 ライナスにはきちんと最後の挨拶をするべきだと思うけれど、ジェナが染み付いている私に、まともなことを言える自信がない。


 最後まで悪印象を与えるよりは、このまま何も言わずに消えてしまった方がいいような気もする。

 でも……何となく、私は後悔する気がする。


「……少しだけ待っていて」


 ライナスと会うことを決めると、レダはゆっくり行ってきなと快く送り出してくれた。


 満月の光が照らす道を進んで行く私は、緊張して何度も深呼吸を繰り返す。


 ちゃんと、話せるかしら。お別れを言えるかしら。

 出来れば、彼の目に映す最後の私の姿は、笑顔だといいのだけど。


「! 聖──」


 見張りの兵士の姿が見えて、その兵士が私に気付いて大声を出そうとする。

 私は口元に人差し指を当てて静かにと制した。


「他の人が起きるから騒がないで。殿下、いるんでしょ? 話しに来たの」


「はっ、はい……」


 見張りの兵士の横を通り過ぎると、道に沿うように生えた木々の近くに何人かの兵士とレグラン、そしてライナスがおり、いずれも木に身体を預けて眠っているようだった。


 私は足音で彼らを起こさないよう、慎重に歩みを進めて行く。


 途中小枝を踏み付けてしまいドキッとするも、幸いにも目覚めた人はいないみたいだった。


 何とかライナスの前まで辿り着くと、私は屈んでその端正な顔をじっと見つめる。


「…………」


 少し会えなかっただけなのに、もうずっと会えていなかったような気がしてしまう。

 私はライナスにそんなにも会いたかったのかしら。


 ……そうかもしれない。

 だって今、私はすごく嬉しいと思っているんだもの。


 顔を見ただけで、心が掴まれたように切ない痛みが広がっていく。


 最後に話を、そう思うのに声を掛けられない。

 話をしたら、声を聞いたら、私の決心が鈍ってしまいそうで。


「────」


 声をかける代わりに、私はライナスの頬へ手を伸ばす。

 グラーレウスでライナスが私に触れたように、優しく。


 ……ちゃんと、お別れの挨拶を出来なくてごめんなさい。

 あなたと話したら、瘴気を消す勇気が無くなってしまいそうだから。


 あなたには、迷惑も心配もたくさん掛けてしまったわ。

 最初から最後まで、私はろくな女じゃなかったわね。

 口は悪いし、態度も悪いし、素直じゃないし、勝手に消えるし。

 散々掻き回していなくなるなんて最悪よね。


 ……悪態ばかりつく私に、あなたは優しくしてくれたのに、私は何も返せなかったわ。

 だからせめて、聖女として役に立ってあなたに貢献してから消えることにするわ。


 ……その為には聖女の力を勝手に使うけれど、あなたとの約束を破ってしまうけれど、どうか許して頂戴。


 本当に……ごめんなさい。


「──さよなら、ライナス」


 最後に名前を呼べば、ピクっと反応してライナスが目を開ける。


「!」


 私はきっと今にも泣きそうな情けない顔をしていて、それを完全にライナスに見られてしまった。


 ライナスが私の手を掴むより前に、走り出した。

 油断していた見張りの兵士も咄嗟に反応出来なかったようで、その横をすり抜けて思い切り叫ぶ。


「レダ!」


 レダはすぐにでも出発出来るように既に待機していた。レダの後ろに飛び乗る。

 ワイバーンは私が乗ったのと同時に飛び立ち、物凄い勢いで上昇する。


「アイヴィ!」


 遠くから私の名前を呼ぶライナスの声が聞こえて、胸が絞られるように苦しくなる。

 それは喉元まで焼けるように痛みを与えて、私は奥歯を噛み締めて痛みを堪えた。




 

「なあ……大丈夫か?」


 洞窟に着いてから、レダが心配そうに尋ねてくる。

 私は目を伏せながら何度か小さく頷く。

 これが今の私に出来る精一杯の肯定だった。


「……ええ、大丈夫よ。行きましょう」


 レダはこれ以上深く聞かない方がいいと思ったのか、心配の名残を残しつつも洞窟の先へ進んで行く。


 無心でレダの後ろを付いて行き、最奥まで来ると、イソトマ族が瘴気の出る洞穴まで道を作るように並んでいた。


 私に敬意を示しているのか、皆自分の胸元に手を当てて目を瞑っている。

 レダも列に並び、同じく胸元に手を当てた。


 イソトマ族の横を通って、私は洞穴から出る瘴気の前に立つ。


 ……遂にここまで来てしまった。

 聖女アイヴィの物語の終わり、私の人生の終わりへ。


 この瘴気に触れたら、全てが終わる。

 きっと私は死んで、また誰かの人生に転生するのかもしれない。


 ジェナの時とは違って、今度は自分の手で終止符を打たないといけないのね。

 神様……あなたは残酷だわ。


 ゆっくりと腕を上げる。

 ライナスが嵌めてくれた指輪がキラリと光って、手を止めた。


「…………」


 やめろと、怒られた気がした。

 そんなはずないのに、怒るライナスの顔が容易に浮かぶ。


『私の許可なしに聖女の力を使わないと約束してくれ』


 ……約束を、破ってごめんなさい。

 守れなくてごめんなさい。


 私の頬に触れたライナスの指。

 約束すると私が言った後に向けてくれた優しい眼差し。

 私を心配してくれる声。

 命を削る恐怖を和らげてくれた手。

 テラスで見せてくれた笑顔。


 ──走馬灯のように、ライナスのことばかりが頭に浮かんで来る。


 瘴気に触れようとする私の手が、震えてしまう。


 覚悟を決めたはずなのに、ライナスのことを考えただけでこんなにも簡単に揺らいでしまう。


 ……ずっと、気付かないフリをしていた。

 本当は気付いていたのに、無理矢理抑え込んでいた。


 だって気付いてしまったら……苦しくなるだけだから。


「──っ」


 心が引き裂かれるように痛んで、息が止まる。


 涙がとめどなく溢れて、頬を、服を、地面を、涙の雨が濡らしていく。


 声を上げて泣くことは出来ない。

 この涙は、誰にも見られたくない。

 私は声を押し殺してただ涙だけを零した。


 死に行く運命の聖女に転生したのは不運だったけれど、あなたに会えたことはこれ以上ない幸運だったわ。


 もし……来世があるのなら、今度はあなたと結ばれるヒロインになりたい。


「──好きよ、ライナス」


 零れ出た想いをかき消すように、私は瘴気に手を伸ばした。



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