第22話 役目は終わり
真夜中、気持ちの悪いくらい形の整った満月が浮かぶ夜空の中を、私はレダと共にワイバーンに乗って飛んでいた。
私を拉致した時とは違う、二人乗りが丁度いいと感じる小型のワイバーンは、あの大きすぎるワイバーンと比べて目立たなくていい。
あの時もこのワイバーンで十分だったじゃない、何でわざわざあんな大きいのにしたのとレダに聞いたら、威嚇には持って来いだろとの回答が返ってきた。
ノノメリア王城の真上まで辿り着いて、城を見下ろすようにその場で浮遊する。
城の敷地内を警備兵が何人か巡回しているのが見えるけれど、私達の姿に気付く気配もない。
「まさか上空から侵入者がやって来るなんて誰も思わないわね」
「なあ。明るい内に普通に来て、アンタが聖女って名乗ればわざわざこんな忍び込むような真似しなくて済むんじゃねえのか?」
予定通りライナスと行けばあっさり通してくれるだろうけど、いくら聖女のペンダントがあるとは言え、単身堂々と城の門を叩いて快く受け入れてくれるかしら。
ノノメリアが簡単に信用してくれたらいいけれど、そうじゃなかった時が面倒すぎる。だからリスクはあれど侵入を選択したのよ。
「もし私が偽物だと疑われて投獄でもされたら、あなた助けに来てくれるわけ?」
「んー、やっぱ侵入する方がいいな」
レダも少し考えて面倒くさいと思ったのか、すぐに手のひらを返した。
「ところで、王女殿下の部屋がどこにあるか調べてくれた?」
「ああ、バッチリ。魔物から情報掴んだぜ」
「……本当、あなた達を迫害してる人達はバカね。イソトマ族が本気出したら皆ひとたまりもないわ。ハイルドレッド王家もどうしてこんな危険因子を放置しているのかしら」
大きな魔物を使って馬車よりも速く移動出来るし、小さな魔物を使えば簡単に偵察も出来ちゃうし、一番敵に回してはいけない相手なのに。
イソトマ族が温厚な民族だったから良かったものの、万が一悪に染まれば簡単に戦争になりかねない。
んー、とレダはあまり深刻に考えていない相槌を打つ。
「ま、俺達は王家も他の奴らも別に恨んじゃいねえし、放置してくれた方がありがたいぜ。魔物のおかげで結構便利な生活させてもらってるし。不自由しねえし気楽でいいんだ」
「もし代替わりしてもその考えは継承していって欲しいわね」
割と本気で言えば、レダはカラカラと笑い飛ばした。
いや、冗談じゃなくてもう少し真剣に取り合って欲しいのだけど。
レダは城の上部、バルコニーの付いた一部屋を指差す。
「王女の部屋はあそこだ。バルコニーにアンタを降ろすぜ」
「ええ、わかったわ」
「終わったらこの笛吹いてくれ。魔物しか聞こえない特殊なやつだから、思い切り吹いて大丈夫だ」
レダの首に付いている笛とは別のものを渡され、受け取る。
「じゃ、また後でな」
私がワイバーンからバルコニーへ飛び降りると、レダはすぐにワイバーンと共に上空へ消えて行った。
部屋の中から楽しめるよう配慮されているのか、バルコニーには色とりどりの花が飾られている。
プランターに似た容器も置いてあったので、最悪これで窓を割ろうかしらと泥棒思考でいたら、そもそも窓には鍵が掛かっていなかった。
何の苦労もせず、あっさりと部屋に入れてしまう。
「ねえ。誰かいる?」
使用人がいるかと思い声をかけるも、返事はない。
どうやら誰もいないみたいだ。
明かりがほとんどないから、部屋の様子はあまり見えない。
ベッドサイドに置いてあるロウソクの小さな火を頼りに、王女の元へ近付いて行く。
クイーンサイズの大きなベッドに、菫色の長い髪を美しい模様のように広げ、苦しそうに呻きながら眠る女性がいた。
女性の顔を覗けば、息がひどく荒く、頬どころか額まで真っ赤になっているのが一目でわかる。
私は女性の額に手を伸ばすと、あまりの熱さに驚いた。
「ひどい熱……可哀想に」
「……だ、だれ……?」
私が思わず声を出すと、王女は目を覚まして恐怖に顔を歪ませた。
こんな暗い中、目を覚ましたら知らない女が自分の額に手を置いて顔を覗き込んでいたら絶叫ものだ。
王女が叫ぶ元気がないのが幸いだった。
私は額から手を離し、出来るだけ怖がらせないように優しく話しかける。
「アイヴィよ。あなたを助けに来たの」
「……アイヴィ……もしかして、聖女……さま?」
良かったわ。私の名前は王女に伝わっていたみたい。
「そうよ。驚かせて悪かったわね。あなたのお父様が急いで来いって言うから飛んで来たの」
文字通り本当に飛んで来たのだとは、王女は夢にも思わないでしょうね。
王女は私の名前を聞いてふっと身体の力を抜き、笑みを零す。
息を切らしながら喜びを口にした。
「……嬉し……もうまにあわない、と……思った……」
「どこが苦しいのか教えて。すぐに治してあげるわ」
「……あたま……頭のおく、が……」
「痛いのね? わかったわ。少し楽にして」
ライナス、これは元々使う予定だった聖女の力よ。
ライナスの許可なしに聖女の力を使うな、という約束は守っていることになるわよね。
そんな言い訳じみたことを考えてから、私はもう一度王女の額に手を当て、治癒の祈りを捧げる。
パアッと青い光が王女の頭を包み、一際強く輝くと、やがて弾けて光の粒がキラキラと落ちて消える。
「……くっ……!」
またあの倦怠感が身体を襲う。
王女の額に触れる手と反対の手をベッドに付いて身体を支える。
前より痩せてしまったからか、支える力が足りずに少しバランスを崩しながらも、何とか耐えた。
「……どうかしら」
「! う、うそ……」
王女が驚いて起き上がろうとするので、私は手伝おうとする。
しかしまだ倦怠感が尾を引いてそれは叶わなかった。
ただ、私の手助けなどなくても、王女は簡単に起き上がった。
「聖女様のお力は噂通りでしたのね……! あれだけ苦しんでいたのが嘘のように身体が楽になりました」
「……そう。良かったわね」
間に合って良かったわ。
これでノノメリアの不興を買うことはないし、むしろ恩を売れた。
ライナスの懸念は取り除けたし、私がいなくなっても迷惑は掛からないはず。
もう……私の役目は果たしたわ。
肩の荷が降りてホッとしていると、王女は私の手を取りながら深々と丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます、聖女様。この多大なる恩は一生をかけて必ずお返し致しますわ」
「それなら、私がここへ侵入したことを不問にするのと、ハイルドレッドとこれからも友好国でいてくれたら充分よ」
「もちろんですわ。どのようにして聖女様がここへ来られたのかも聞きません。お父様にも上手く誤魔化しますわ。そしてハイルドレッドとはこれまで以上に親交を深めていくよう、お父様へ進言します」
満足の行く答えが王女から貰えた私は、口角を上げて感謝の意を示す。
「ええ、頼んだわよ。……それじゃ、私はもう行くわね」
「えっ? いえ、そんな……せめてお茶だけでも」
「残念だけどあまりゆっくりしている暇がないの。聖女は引く手数多なのよ」
王女の手からするりと抜けて、バルコニーへと向かう。
外へ出る前に、王女が声を張り上げた。
「で、では! 落ち着いたら、またお会いしてもらえますか?」
「…………。そうね。そんな日が来たらいいわね」
王女との実現することのない約束は交わさず、私はバルコニーへ出た。
レダから貰った笛を吹くと、近くに待機していたのか、すぐにワイバーンと共にレダが上空から現れる。
レダが伸ばす手を取ってワイバーンに乗り込むと、私は満月に飲み込まれるように消えて行った。




