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第20話 拉致


「ここから海を渡れば、ノノメリア国の領土に入ります。ノノメリア王城まであと一息ですね」


 グラーレウスで無茶をして倒れた以降は、幸運にも聖女の力を使う場面はなかった。

 ノノメリアへ向かう船の待つ港に、ある程度の余裕を持って私は立っていた。


 毎日コニーの作る栄誉満点の食事を食べているものの、私の体重は戻る気配はなかった。

 痩せたのは五日間眠ったことによる衰弱のせいではなく、私の生命力を大量に消費した影響なのは間違いなさそうだった。


 海を眺めながら、レグランに尋ねる。


「出港まではまだ掛かりそうなの? レグラン」


「はい。荷物の積み込みに時間が必要でして」


 コニーは荷物の運搬の手伝いをして来ますと、港に着いてすぐに船の方へ行ってしまった。

 ライナスは打ち合わせでもしているのか、遠くの方で護衛と話し込んでいる。

 私は待機で、レグランは私のお目付け役として船の近くでひたすら時間が過ぎるのを待っていた。


 しばらく船や海を眺めていたものの、一向にコニーが戻って来る気配はない。

 船から出入りする姿もなく、一体どこへ行ったのかと不思議に思う。


「レグラン、あなたコニーを見かけなかった?」


「いえ。そう言えば見当たりませんね」


「少し探して来てくれる? 何か困ったことでも起きたのかもしれないわ」


「はい。かしこまりました」


 真面目なコニーが仕事を放り出すとは到底思えないし、もしかしたら道に迷ったりでもしたのかもしれない。

 まだ船の準備に時間が掛かりそうだったので、私も軽くコニーを探すことにする。


 船からそう遠くないところに、奥行きのある路地のような場所を見つけて、何の気なしに私は入って行った。


 ここはそんなに大きくない港町だし、船もすぐそこ、兵士もその辺にたくさん。

 危険なことなんてあるはずないと油断していた私は、勝手に一人で行動してしまったことを、すぐに後悔することになる。


「! コニー!」


 路地の奥に、体躯の良い男数人に囲まれたコニーの姿を見つけて、目を見開いた。


「こ、こちらへ来てはダメです! アイヴィ様!」


 コニーが顔を真っ青にしながら私に叫ぶと、コニーを囲む男の内の一人──額に黒いヘッドゴムを巻いた、茶色の髪を乱雑に逆立てている軽薄そうな男が振り向いた。

 お世辞にも格好良いとは言えない、袖のない赤いベストのような服に、短めの黒いズボン。

 その辺の平民とは違ったテイストの衣服は、どこかの賊のように見える。


「お? もしかしてアンタ聖女サマか? 丁度良かった。アンタに会いたかったんだよ」


 茶髪の男はヘラヘラと笑いながら話しかけてくる。

 何が面白いのかと苛立ち、眉間に皺を刻む。


「何をしているの? コニーを返しなさい」


「別に何もしてねえよ。このメイドさんにアンタの居場所を聞きたかっただけだ。で、アンタちょっと顔貸してくんねえか?」


「嫌に決まってるでしょ。何なのよあなた」


「あー。普通に考えたらノコノコ来てくれるわけねえか。……じゃ、悪いけどこのメイド人質にするわ。助けたいならアンタと交換だ」


 男の仲間がコニーを後ろから羽交い締めにして、別の男が首元にナイフを突きつける。

 コニーは必死に叫んだ。


「ダ、ダメです! 絶対ダメです! 逃げて下さい、アイヴィ様!!」


 ──バカなの? 使用人ごときと私を引き換えなんてするわけないじゃない。交渉をするならもう少し頭を使うことね。


 飛び出しそうになったセリフを、私は唇を勢いよく噛んで潰す。


 絶対にこんなセリフは言わないわ。

 コニーを見捨てるなんてありえない。

 敵が私を捕らえるためにコニーに危害を加えようとしているのなら、尚更。


 唇から血が滲んで顎に向かって垂れていく。

 男はギョッとしたように目を剥く。

 私は手の甲で血を拭いながら男を睨みつけた。


「……わかったわ。私がそちらへ行けば、ちゃんとコニーを解放してくれるわね?」


「ああ、もちろんだ。俺達はアンタの身柄確保が目的だからな、このメイドに用はねえよ」


 男が嘘をついている可能性もあるけれど、私に選択権はない。

 一旦は従って、隙を見て兵士に助けを求めれば、何とかなるかしら……。


 コニーは泣きそうな顔で何度も何度も首を横に振ってダメですと叫ぶ。

 そんなコニーの願いを振り切って男の元へ近付いた。


「ほら、メイドを放してやれ」


 約束通り男はコニーを解放してくれて、ひとまず胸を撫で下ろした。


「じゃ、行くぜ聖女サマ」


「え?」


 男はネックレスのように胸にぶら下げていた、筒状の小さな笛のようなものを手に取り唇に挟むと、息を吹き込む。

 しかし音が鳴ることはなく、壊れているのかと思えば、たちまち遠くからバサバサと翼のはためく大きな音が迫って来た。


 音のする方へ振り向けば、いつか闘技場で見たワイバーンの、更に大きな個体のものが空を仰いでいた。


 男は私の腕を掴み、突然走り出す。

 私は引っ張られるようにして男と共に走らされた。


「いいか、しっかり俺に捕まってねえと死ぬぜ!」


「え!?」


 男が路地を抜けて開けた場所へ来ると、タイミングを見計らっていたかのようにワイバーンが私達に向かって急降下する。


 ま、まさかこれに乗るつもりじゃ……!?


 そんな嫌な予感は当たってしまい、私は咄嗟に男の腕に巻き付くようにして、恐怖に目を瞑る。


 一体何が起きているのかわからないけれど、身体が大きく何度も揺れるので、その衝撃に歯を食いしばって耐える。


 やがて揺れが安定したので恐る恐る目を開けると、私は男と共にワイバーンの背中に乗って空を駆け抜けていた。


 先程まで私がいた港は既に小さくなっていて、凄まじい速さで進んでいるのだとわかる。

 ワイバーンの長い首が風圧を和らげてくれているものの、それでもかなりの風が私の肌を押すので、とても男に話しかけるような余裕はない。


 そもそも話しかけたところで、この風の中聞こえるとも思えない。

 口を閉じてただひたすら目的地へ着くのを待つしかなかった。


 結局男と話すことが出来たのは、アジトらしき洞窟の入口でワイバーンから降ろされた時だった。

 私が妙な行動を起こさないようにするためなのか、待ち構えていた十数人の男女が私を取り囲む。

 そしてやっぱり賊なのか、皆同じ赤いベストと黒い短ズボンを履いていた。


 男は頬をポリポリと搔きながら私と向き合う。


「手荒な真似して悪かったな、聖女サマ」


「本当にね。死ぬかと思ったわ」


 ギロリと睨みつければ、男は軽い態度で謝る。


「はは、俺達も必死だったんだ。そんな怒んないでくれよ」


 一歩間違えたらワイバーンから振り落とされていたかもしれないんだから、怒るに決まってるでしょ。


 そんな文句を言いたくもなるけれど、そこは堪えて、風で乱れた髪を手ぐしで直した。


「それで、こんなところまで連れて来て私に何をさせたいのよ」


「説明するより見てくれた方がいい。こっちだ」


 男は洞窟の先を迷うことなく進んで行く。

 取り囲む人達に促されて仕方なく後ろから付いていく。


 洞窟の中へ入ってみると意外と……というかかなり明るく、ライトみたいな不思議な明かりが点々と空中に浮かび上がっている。

 松明の火とは全く違う白い光に、私は興味を引かれた。


「……ねえ、この明かりは何? どういう原理で点いているの?」


「これは光属性の魔物から余ったエネルギーを集めて散らしてんだ。松明なんかよりよっぽど明るくていいだろ」


 何でこの人達が魔物のエネルギーを自由に出来るのか謎ではある。

 ただこんな風に上手く使えるのなら生活にも役立ちそうだし、ワイバーンに乗れるなら移動も馬車なんかよりずっと速いし、結構すごい賊なんじゃないかしら。


 そんなことを考えていたら、茶髪の男は不意に足を止めた。

 いつの間にか洞窟の最奥に着いていたようだ。

 目の前には底の見えない巨大な空洞があり、穴からは紫色の毒のような怪しい煙がもくもくと絶え間なく出ていた。


 慌てて鼻を腕で覆う。


「……何よこれ、何かやばい色の空気出てるんだけど!? 吸って大丈夫なやつ!?」


 半分怒りながら声を上げると、男は煙の正体をあっさりと明かした。


「瘴気だよ。人間には害がねえから安心しろ。最近、各地で頻繁に魔物に襲われる被害が出てんだろ。この瘴気が魔物を狂わしてんだ」


「! 本当に……?」


「ああ。俺達はイソトマ族だからな。アンタもこの名前聞きゃ、意味わかるだろ?」


 知っていて当然みたいな口振りで男は言うが、この世界に転生して来た私には全く聞き馴染みがない。


「……。悪いけど、聞いたこともないわ」


 素直に知らないと言えば、男は驚愕する。


「マジか!? アンタ結構世間知らずなタイプか?」


「うるさいわね。知名度の低いあなた達が悪いのよ」


 今更だけどこんな態度とって大丈夫かしら。

 一応この人達は私を拉致したわけだし、今のところ彼らの印象は最悪だ。


 変に怒りを買って殴られたりしないかしら、と焦りを覚えるが、茶髪の男も私の周りにいる人達も誰も怒ったりしなかった。

 男は詳細に説明する。


「俺達イソトマ族は生まれた時から魔物と話せる能力があるんだ。魔物とは幼い頃から共存して、友達みたいに仲良くなる。だから出かける時も魔物に乗ったりすんだけど、傍から見りゃその姿が異様に見えるらしくてよ。煙たがられて迫害されてんだ」


「ふーん。勿体ないわね。あなた達と仲良くしておけば色々と役立ちそうなのに」


 私の反応が意外だったのか、男は一瞬目を見開いた後、くしゃっと顔を崩して笑顔になる。


「ははっ、アンタよくわかってるね。ま、アンタみたいな考え方する奴以外は俺達のこと信用出来ねえんだろ。魔物使って襲ってくるかもって不安なんだろうな」


 それなら尚更イソトマ族と仲良くしておいた方がいいんじゃないのと思うけど、口にしたところで何の生産性もなさそう。さっさと本題へと移る。


「それで、この瘴気を私に見せてどうしろと言うの?」


「──こいつ、浄化して欲しいんだ」


 いきなり浄化と言われて私は固まる。

 私が出来るのは怪我や病気の治療と結界を張ることだ。

 浄化なんてやったことがないし、そもそも出来るのかすらわからない。


 歴代聖女の記録にも浄化なんてした記載はなかったような……?

 いえ、でも全部目を通したわけじゃないから、確信はないわ。

 そもそもこの男は私が浄化出来ると確信を持っているのかしら。

 私は首を傾げる。


「浄化……?」


「瘴気は聖女が持つ神聖力で消すことが出来るんだ。……って、魔物から教えてもらったんだけど」


「神聖力って何よ。聖女の力のこと?」


「アンタ怪我治したり結界張ったり出来るんだろ? それが神聖力なんだってよ」


 歴代聖女の記録にも書いてあったような、なかったような……。

 正直あの隠しメッセージに全部持っていかれたから、他の部分は記憶があやふやだわ。

 とにかく神聖力は聖女の力のことなのねと、とりあえず納得する。


「そうなの。それでこの瘴気に私が触れたら消えるってわけ? そしたらもう魔物が街を襲うことはないの?」


「ああ。そのはずだぜ。……ただ、この瘴気結構濃度高いらしくてよ。ちとアンタに負担は掛かるかもしれねえぜ」


「…………」


 いえいえ、待って。

 普通の聖女ですら負担が掛かるのなら、私が触れたら即死では?


 私は瘴気から逃れるように、無意識に後ずさりした。



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