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第16話 捨て身の救い


 街から街へと移動を続け、夜になればその地の領主の屋敷で休ませてもらう。

 そんな生活を、何日繰り返したかしら。


 基本は移動ばかりだから疲れるけれど、毎日見たことのない景色が窓の外を流れていくので、私を飽きさせることはなかった。


 今日もまた、馬車でゴトゴトと運ばれながらライナスと会話する。


「今日の目的地はグラーレウスだったわね。交易が盛んな街だとレグランから聞いたわ。お買い物する時間はあるかしら?」


「……多少はあると思うが……何か欲しいものでもあるのか? 今まで君は何も求めて来たことはなかったが」


「別に……。ただ珍しいものが置いていないか見たいだけよ」


「……本当か?」


 ライナスの蒼い瞳が疑いを含み、ギクリとする。


 ただ買い物したいって言っただけなのに、ライナスが妙に私を疑うのは、私への信頼がよっぽどないからなのかしら。

 勝手に宝石とか高価なものをたんまり買い込むとでも思われてない?


 下から見上げるような強気な眼差しをライナスに向ける。


「本当だってば。何でもかんでも疑わないでくれる?」


「なら私も同行しよう。欲しいものが見つかれば買おう」


 ライナスからの余計な提案に、私は焦りを覚える。


「い、いいわよ別に付いて来なくて……! あなたが一緒だとゆっくり出来ないのよ」


「……やはり何か隠しているな?」


「隠してないってば! しつこい男は嫌われるわよ」


 本当は髪を染められるような特殊な染料がないか探したいだけ。

 でもそんなものを欲しがるのは変に思われるから、誤魔化しが通じそうなコニーあたりと一緒に買い物へ行きたい。


 不完全な聖女は髪の毛が老婆のように白くなったと言っていたし、なるべく今のミルキーブロンドを保ちたい。

 少しでも見た目が良いまま終わりを迎えたいという、ちょっとした抵抗だったりする。


 私が強めに断ってもライナスはまだ引き下がる気配がない。

 どうしようかと困っていると、突然馬車が止まって、一旦私とライナスの応酬は止まった。


「た、大変です! 殿下!」


 兵士の一人が飛んで来て、窓の外から緊急事態を知らせる。


「何があった?」


「グラーレウスに下見へ向かった先遣隊からたった今連絡が入りました! グラーレウスが魔物の集団に襲われ、街が壊滅状態にあるようです!」


 兵士の報告は、ライナスの顔色を変えさせる。

 緊迫感が辺りを漂った。


「何!? グラーレウスの砦は最近強固にしたばかりだ。それでも壊滅状態だと?」


「は、はい! どうやらドレイクの仕業だそうで……!」


 兵士の口ぶりからして、多分魔物の中でもかなり強い部類のものなんだろうと思う。

 ただ念の為ライナスに尋ねてみる。


「殿下。ドレイクって……?」


「小型のドラゴンだ。しかし小型と言ってもその凶暴性はなかなかのもの。普段人前には滅多に姿を見せないはずなのだが……」


「なら早く向かった方がいいんじゃないの? まだ生き残ってる人がいるかもしれないわ」


「そうだな。急ごう」


 兵士達を筆頭に、グラーレウスへと急ぐ。

 ガラガラと馬車の車輪が騒がしく立てる音が、焦る気持ちを煽っていく。


 やがて、遠目からでもわかるぐらいに、赤い帯のようなものがくっきりと私の瞳に映った。


「殿下……」


 その帯は近付くにつれ太くなり、それが何なのか嫌でもわかってしまう。

 馬車から降りて、現実を目に焼き付けた。


 グラーレウスは火の海に包まれていた。

 真っ赤に街を染め上げる炎が、街から無数の黒い影を吐いていく。

 それは逃げ惑う人々の姿だった。


 炎から逃れる人々の叫びと、避難を終えた人がまだ街の中にいる人の名を呼ぶ声。

 そして火傷に苦しみ藻掻く声が、不協和音に似た恐ろしさを孕んで耳を塞ぎたくなる。


 すぐにでもこの火を消したいけれど、街の火を消す能力なんて都合のいい力は、もちろん私には備わっていない。


 命からがら逃げて来た民の中には重度の火傷を負っている者も多く、このまま放っておけば死んでしまう。


 ──迷っている暇はない。

 何百人いるかわからないけれど、一斉に救うよう祈るしかない。


 しかし、そんな私の意思に反して、ジェナが祈ることを拒否する。

 身体が固まって動かない。


 ……そんなに一気に力を使うことは初めてだから、下手したら私の方が危ないかもしれない。

 ジェナの性格上、自分の身を犠牲にすることは絶対にない。だから、祈りたいのに祈れない。


「……っ!」


 私はジェナに抗うように、バチン! と自分の両頬を手加減なしで思い切り叩いた。


 ヒリヒリと熱い痛みが走り、反射的に眉間に皺が寄る。

 我ながらめちゃくちゃ痛い。

 その代わり、自分の身体がジェナから解放されたようにふっと軽くなった感覚がした。


 やるしかないの。

 私は、聖女として生きると決めたのだから。


 私は覚悟を決めて、目の前の燃え盛る街を見据える。


 祈りを捧げようと両手を組もうとした瞬間、誰かの手が私の手首を掴んでそれを阻んだ。


「──! 殿下……!」


「ダメだ、アイヴィ嬢。それは許可出来ない」


「でも、今祈れば大勢の人が助かるわ。時間がないの」


「君への身体の負担が大きすぎる。ハワーベスタで患者を治療した時ですら君は衰弱していたのに、こんなに大勢の民を一気に救えば君への影響は計り知れない」


 ライナスの心配はありがたくてとても嬉しかったけれど、本当に時間がない。

 こうしてライナスと言い合っている時間すら惜しい。


「離して。私を止めたら民が死ぬわよ。それでいいの?」


「…………。だが、君が──」


「私は平気よ。その代わりもし倒れたら手厚く看病してよね」


 ライナスは苦渋の決断を求められたように、無表情を崩して苦悩に顔を歪ませる。


 私の身の安全を取るか、大勢の民の命を取るか。

 最後まで迷いながら、ライナスはやがて私の手をそっと離した。


 ──ありがとう、ライナス。

 ……もしも、私がここで死んでしまうことになったとしても、どうか罪悪感なんて抱かないで。

 あなたの判断は正しかったわ。


 私は目を瞑り、両手を組んで強く祈る。


 負傷する民の傷を、癒して──


 祈りを捧げた瞬間、身体がふわりと浮き上がるような感覚に襲われて、視界がホワイトアウトする。


「! ぐっ、……あああ!!」


 そして驚く間も与えられず、身体に雷が落ちたかのような衝撃が私を貫き、苦痛の声を漏らしてしまう。


「アイヴィ!」


 ライナスが私の名前を叫ぶ声が耳に届いたと同時に、私の意識は強制的に途切れて、瞼を落とした。



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