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第15話 素直にはなれない


 翌朝。

 恐らく一睡もしていないであろうコニーに、私は身支度をしてもらっていた。

 鏡に映るコニーが私の髪を整えるのを観察する。


 コニーの顔色は悪くはないけれど、徹夜明けはしんどいでしょうから、少し心配だわ。


「コニー、あなた大丈夫なの? 自分の支度は出来たの?」


「は、はい……! ご心配なく! 全て、終えております!」


「そう、ご苦労様。あなた眠れていないでしょうから、馬車の中で休むといいわ」


 コニーは私の髪の毛を梳く手を止めて、大袈裟に両手と首を振る。


「い、いえ! アイヴィ様がお休みでない時に、メイドの私が休むわけには……!」


「命令よ、コニー。あなたの体調管理は私の義務でもあるの。必ず休みなさい」


「はっ、はい……!! あの、あ、ありがとうございます」


「別に礼を言われることは言ってないけれど……」


 コニーは律儀に何度か頭を下げて、私に感謝の意を伝える。

 もういいったら、そう告げるとコニーはようやく頭を上げた。


「コニー。私が頼んだ長袖のドレスは多めに入れてくれた?」


「は、はい! で、ですが……日焼け対策だとしても、かなり暑いかもしれません……」


「いいのよ。私寒がりだから」


 もちろんそんなのは真っ赤な嘘だけど。

 そうでも言わないとコニーは半袖のドレスを推して来そうだから仕方ない。

 コニーは私の嘘を信じたのか、それ以上は特に突っ込んで来るようなことはなかった。

 

 支度を終えて城門前へ向かうと、わざわざ国王様と王妃様がいらして、私達の出発の見送りをしてくれた。


「ライナス、アイヴィさん。気を付けて行ってくるのよ。ちゃんと無事に帰って来てね、絶対よ!」


「はい、母上」


「ありがとうございます、王妃殿下」


「アイヴィさん?」


「セッ……セリーナ様」


 王妃様を名前呼びしなかったら、顔は笑顔のままだけど妙な圧を感じたので反射的に名前を呼ばせて頂く。

 王妃さ……セリーナ様は満足したのか、圧が消えてニコニコと優しい笑顔に戻った。


 こ、怖いわ。今の圧は気のせいじゃないわよね?


 国王様はそんなセリーナ様に慣れているのか、特に諌めるようなこともせず、ライナスと私に言葉をかけてくれる。


「ライナス、頼んだぞ。先方に失礼のないようにな。それから聖女殿、必ずノノメリア王女を救って欲しい」


「はい、父上」


「はい。尽力致します、国王陛下」


 馬車に乗り込み、国王夫妻に会釈をする。

 馬車はガタンと一度大きく音を鳴らしてから、ゆっくりと動き始めた。


「気を付けてねー!」


 セリーナ様がハンカチをヒラヒラさせながら私達の姿が見えなくなるまで大きく手を振るのを、最後まで見届けた。


 私とライナスの二人の馬車、その後ろの馬車にライナスの従者とレグランとコニー、そして荷馬車と護衛兵士が続く。かなりの大所帯だ。


 これから約二ヶ月の旅が始まる。


 何事も問題が起きないといいのだけど、と願うのは何かが起きるフラグになってしまうかしら。

 例えば、私達が到着する前に王女様がお亡くなりになってしまったり……とか。

 ああ、こういう考えは良くないわ。

 そう思うのに、つい口をついて出てしまう。


「素朴な疑問なんだけど……ノノメリアまで一ヶ月ほど掛かるのよね。王女様、それまで持つの?」


 あまりに不躾な質問に、ライナスは呆れの混ざったため息を吐く。


 ……ごめんなさい。

 最悪の展開をちょっと頭に浮かべたら、口が滑ってしまったの。


「いくら今ここに君と私しかいないとしても、その発言は目に余るぞ」


「あなたと私しかいないから言ってるのよ。それに皆口に出さないだけで思ってるでしょ? 重篤な状態ってはっきり言って死にかけているってことじゃない。王女様がどんな症状なのかは知らないけれど、私達が急いで向かったところで間に合いませんでした、ってことになったらどうするの。ノノメリア側は仕方ないねで済ませてくれるわけ?」


「だから要請を受けてすぐに出発しただろう。我々ハイルドレッドがモタモタしていたせいだと難癖をつけられんためにな」


「出発を急いだのは、ハイルドレッドは最善を尽くしたっていうポーズを取るためってことね。うんざりするわね、そういうの」


 王女のために急いで向かうという偽善的な態度を取り繕ってアピールする。実際には、助けたいという気持ちは置き去りにして。


 外交なんてそんなものと言われてしまえばそれまでだけど、何とも言えない気持ちになる。


 そこで会話は途切れてしまったので、私とライナスはしばらく黙ったまま窓の外を見つめていた。


 整地された街道を馬車は走っていたのに、いつしか道の悪い森の中へと入って、ガタンガタンと馬車が大きく揺れ出す。

 そして時折止まったかと思えば、少し先の方から魔物の金切り声のようなものが聞こえて、再び馬車が動き出すということを何度か繰り返した。


「ねえ、何だかさっきから様子がおかしくないかしら?」


「ここは魔物が多く生息する危険な森なんだ。あまり人が使う道ではないが、この森を抜けるのがノノメリアへの最短ルートでな」


「そういうこと。じゃあさっきから変な鳴き声が聞こえるのは──」


 丁度タイミングを見計らったように、兵士が狼のような魔物を退治している姿が少し遠くに見えた。

 兵士の剣によって身体を裂かれた魔物は、ギャン! と断末魔を上げてその場に倒れ込む。


「今、君の目で見た通りだ」


「……よくわかったわ」


 聖女の私がいるからか、私達の乗る馬車の近くには魔物は一切寄って来なかった。


 危険な森だとライナスが言っていた通り、やはり魔物がうじゃうじゃ出て来るようで、何度も馬車は止まり、退治に時間を使う。


「……これ、遠回りだとしても普通に街道から行った方が早いんじゃないの」


「いや。魔物討伐の時間を加味してもこちらの方が早い。出来るだけ安全な街道を使いたいが、あちらはかなり迂回させられるんだ」


「ふーん、兵士が可哀想ね」


 その後も地道に進み続け、ようやく森を抜けた私達は、連戦続きで疲弊する兵士を休ませる為に休憩時間を設けることにした。


 山や海といった自然の類はなく、ただ目の前に広がる景色は雑草だけ。

 良い言い方をすれば草原だけど、風情も何もない場所で時間を潰すのは少々退屈だった。


 ライナスは兵士の様子を見に行ったので、私はレグランと一緒に馬車のそばでボーッと突っ立っていた。

 すると、コニーが横から大きな棒や布を持って私の元へ駆け付けて来る。


「ア、アイヴィ様! 今から日焼け対策の休憩場所を設営致しますので、少々お待ち下さい!!」


「え? 何?」


「も、申し訳ないのですが、レグランさんもお手伝い願います!!」


「え? 私もですか?」


 レグランをも巻き込んで休憩場所を作ろうとするコニーを止める。


「コニー、別にそこまでしなくてもいいわよ」


「いいえ! アイヴィ様が日焼けをなされたくないと仰られているのですから、私は全力でお応えするのです!」


 コニーの厚意はとてもありがたいけれど、そんなに頑張ってくれなくてもいいのよ。

 仕事熱心なのも含めて、あなたはいい子ね。ちょっと変わり者だけど。


 コニーは絶対に引かないようだったので、休憩場所の設営を終えるまで私はその辺を適当にうろつくことにする。


 草の上でごろんと転がる三人の兵士の横を通り過ぎようとした時、聞くつもりはなかったけれど会話が耳に勝手に入って来てしまった。


「あー……連戦しんどかったなあ。やっと抜けられて良かったよ」


「だな。……ん? 何かお前顔色悪くね?」


「いや……んなことねえよ」


「そいつ遠征行きたいってずっと言ってたからよ。念願叶って緊張してんじゃないの?」


「おいおい、こんなとこでへばってたら城に帰れって言われんぞ」


 他二人にからかわれている灰色の髪の青年兵士は、明らかに様子がおかしい。

 そこまで暑くはないのに汗が噴き出るように額を濡らしているし、呼吸も少し荒い。


 ……どう見ても、怪我か病気を患っているとしか思えず、私は声をかけた。


「ねえ」


「!! せ、聖女様!」


 全く私に気付いていなかった兵士達は慌てて立ち上がり、私に頭を下げる。

 灰髪の兵士も同じように立ち上がったけれど、やはり足取りがどこかおぼつかない。


「そこの灰色の髪のあなた、どこか怪我してるんじゃないの?」


「え!? と、とんでもない! 俺……私はこの通り元気ですよ!」


 灰髪の兵士は両手を広げて元気だと主張するけれど、どうしても嘘だとしか思えなかった。


「そうなの。ならあなたに頼もうかしら。さっき森の中で美味しそうな果実を見つけたの。りんごに似た赤い果実。すぐに取ってきてくれる?」


「えっ……」


 意地悪な言い方してごめんなさい。

 でも、身体の不調を隠してもっと悪化したらあなたが大変なのよ。


 私は片手を灰髪の兵士の前に掲げ、治癒の祈りを捧げる。

 兵士の身体が青色にパアッと光り、キラキラと零れ落ちるように彼の全身を纏った。


 光が消えると、灰髪の兵士は自分の身体を見回すように視線を動かし、驚いたような大きな瞳で私の顔を凝視する。

 私は下ろした手を腰に宛てて小さく息を吐いた。


「無理して付いて来られても迷惑なのよ。城に帰されたくないのなら、きちんと申告なさい」


「はい……申し訳ありませんでした」


 灰髪の兵士は私に怒られてしょんぼりと肩を落とす。


 ああ、心が痛むわ。優しく伝えられなくてごめんね、兵士さん。


 居た堪れず、踵を返してコニー達のところへ戻ろうと思ったら、視線の先にライナス、レグラン、コニーが三人横並びに立って私の方を見ていて、反射的に足を止めてしまう。


「……何よ。何揃って見てんのよ」


「いや、レグランから休憩場所を設置し終えたと聞いて、君を呼びに来たんだ」


「ああ、そう……今行くわ」


 ライナスの話を聞いて納得したから向かおうとしたのに、ライナス達はそこから動こうとしない。

 私は不審に思う目付きで、直線を描くように三人をじろりと睨み付ける。


「……何よ。何か言いたいことでもあるの?」


「いえ。アイヴィ様って、何だかんだ優しいですよね」


「ア、アイヴィ様はお優しい方ですよ!」


「素直じゃないのが玉に瑕だが」


 からかっているのか、本気なのかわからないけれど、私が兵士に取った行動をガッツリ見ていて褒め立てるレグラン達に、恥ずかしくなって顔を熱くしてしまう。


「……何なのよ、揃いも揃って!」


 そんな捨て台詞を吐いて再び踵を返し、ライナス達から離れる私を、コニーがとんでもなく慌てながら追い掛けて来て引き止めたのだった。



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