第14話 新たな依頼
数週間が経って、私も聖女としてある程度この国に馴染んで来たと思い始めていた。
最近は結界を張ることや治療ケアの手伝い以外に、孤児院での奉仕活動も行うようになった。
奉仕活動は子供達へ色々なプレゼントを持って会いに行くのがメインだから、聖女の力を使うことはほとんどない。
私の祈りなんてなくても子供達は私の存在だけで勇気づけられるみたいで、喜んでくれるのが嬉しくてありがたかった。
そんな感じで順調に日々を過ごしていたある日、いつもと異なる聖女の業務が突然私の元へ舞い降りた。
ライナスに呼ばれて執務室へ来たら、私の従者のはずのレグランがそこに居て、説明を始める。
「友好国であるノノメリアの王女様が突然原因不明の病を発症し、重篤な状態にあるそうです。国内外の治療師をかき集め治療に当たらせたようですが、未だ改善は見られず……」
「と、いうわけで聖女である君にノノメリア国王から治療の要請が来たんだ」
聖女としての仕事の依頼が入ったことを告げられた。
唐突に国外の名が出て来て私はポカンとしながらこめかみに手を当てた。
「はあ……。それで? 私がノノメリアへその王女サマを治しに行けばいいの?」
「もちろん私も同行する。単に治療するだけの話ではなく、これは外交だからな。かなりの長旅になるだろうから、支度をするといい」
私一人で行くとは思っていなかったけれど、ライナスも一緒に来てくれるのは心強い。
いくらジェナが権力に弱いとはいえ、ノノメリアの国王や王女相手に失言を全くしない自信はあまりないんだもの。
私がいなくなる前に国がなくなるかもしれないわ。
それで、ともう少し詳細を尋ねる。
「長旅ってどのくらいかかる予定なの?」
「大体二ヶ月くらいを予定している」
「あなた、王太子なのにそんなに国を空けてもいいの?」
「当然、私が不在でも支障が出ないよう仕事の手筈は既に整えている。君の心配には及ばない」
「あ、そう……」
よっぽどあなた暇なのねという嫌味が出そうになり、全力で飲み込んだ。
代わりに予定を聞く。
「で、出発はいつなの?」
「明日だ」
「へえ、明日ね。そう。明日。…………明日ですってえ!?」
大声を張り上げれば、ライナスとレグランは二人揃って同時に耳を塞ぐ。
構わず追求を続けた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! いくら何でも明日って酷すぎるんじゃない? そんな簡単に支度なんて……」
その心配はいらないと、レグランが遮る。
「今コニーを筆頭に使用人総出で支度を進めております。徹夜すれば間に合うかと」
「……それなら、明日からの予定は? 治療ケアだって入ってたはずでしょ。患者は放置?」
ライナスは一拍の間を置き、苦々しく眉を寄せる。
何度か瞬きを繰り返したあと、答えにくそうに告げた。
「……ノノメリアは我がハイルドレッド国の最大貿易国だ。ここでノノメリアの不興を買って、関係を悪化させるようなことはしたくない」
私は腕を組み、納得いかないと食ってかかる。
「国益に関わるからそっちを優先しろって言うのね。自分の国の困っている人達を見捨てて。随分と薄情じゃない」
「仕方ない。私だって助けられるなら全ての人を助けてやりたい。だが聖女の君だって救いを求める全ての人を救えるわけじゃないだろう」
「……ふん。嫌な言い方するのね。他国の王女一人と平民多数を天秤に掛けて王女を取るのが気に入らないだけよ。あなたの理屈はわかっているわ」
増してやライナスは王太子。
個よりも国のことを考えなければならない立場だから、ライナスの考えは間違っていない。むしろ感情で動かないのは正しい姿と言える。
それでも私はやり場のない思いをライナスへぶつけてしまった。
ライナスだってきっと、本当は民の方を優先したいはずなのに。
「君の気持ちは充分理解出来る。……すまない。だがこの決定は覆すことは出来ない。どうか目を瞑ってくれないか、アイヴィ嬢」
「…………。支度を、して来ればいいんでしょ」
八つ当たりをしてしまった罪悪感が燻って、まるで不貞腐れた子供のような態度で私はレグランと共に出て行った。
後ろを付いてくるレグランから物申したいような空気を感じ取って、顔だけ振り向いて問う。
「……何よ。言いたいことがあるなら言いなさい」
私の許可を得たレグランは、遠慮なく口にする。
「はい。アイヴィ様は民への思いやりが深いと知って少し意外に思っただけです」
「あなた、本当に失礼ね。別に思いやりとか崇高なものじゃないわ。ただ身分の差と国政のために救えない人が大勢出るのが理不尽だと思うだけ」
「アイヴィ様は強い義務感で人々を救っているのだと思っていました。私はアイヴィ様のことを誤解していたようです」
「あら。その認識は合っているわ。何も誤解なんかじゃない。あまり私を買い被り過ぎないことね」
「…………」
レグランは見透かすような瞳で私の顔をじっと見つめる。
その視線から逃れるように顔を背け、先を急いだ。
私の部屋へ入ると、既に旅支度を焦るメイドや使用人達がバタバタと走り回っていた。
目が回るほど忙しいのだろう。私が入って来たことに気付いたのは二、三人のメイドだけだった。
「ああ、私のことは気にしないで作業していて頂戴。コニー、あなたと少し話したいの」
「は、はいっ!」
コニーは手に持っていた大量の衣類を丁寧に置いてから、私の元へと飛んで来る。
「少し聞きたいのだけど、ノノメリアは温暖な気候? それとも寒暖な気候?」
「の、ノノメリアは、非常に温暖な気候の国です。あの、あの、むしろ少し暑いと感じるくらいみたいで。なので通気性の良い、軽めのドレスをメインにご用意しております!」
「……半袖の?」
「はい……あ、あ、あの、何か、問題でもありましたか……!?」
コニーは顔を真っ青にして視線を何度も泳がせる。
彼女の肩を優しく叩き、少し落ち着かせてから首を横に振った。
「いえ、ただ日焼けしたくないの。長袖のドレスを多めに用意出来ないかしら」
本当は、もし長旅の中で聖女の力を多く使う機会があって、痩せ細ってしまったら言い訳が思い付かないから、それを隠すために長袖のドレスが欲しいのだけど。
日焼け防止という理由を上手く付けてコニーを納得させる。
「あ、あ! そういうことですね! 気が利かなくて申し訳ありませんでした!!」
コニーは自分の足に頭が付くほどガバッと頭を下げる。
あまりに深過ぎるお辞儀に戸惑いを覚えた。
「コニー。過剰に恐縮するのはやめて頂戴。私があなたを虐めていると誤解されるでしょ」
「あ、あ、あ、申し訳ありません!!」
コニーは全く同じ角度でガバッと頭を下げたので、言葉を失う。
な、何が彼女をそこまで恐縮させてしまうのかしら。
メンタルが強いとは言え、やっぱり私のこと怖がっているんじゃ……。
「…………」
こめかみに手を当て、どうしたらいいのか考えてみる。
走り回る周りのメイド達は慣れているのか、それとも気にしている暇がないのか、全くコニーを見ていない。
「もういいわ、仕事に戻って」
「は、はい!!」
考えることを放棄した私は、コニーを解放することにする。
コニーはペコペコと頭を下げながら持ち場へと戻って行った。
その一連の流れを見ていたレグランがぼそっと感想を呟く。
「アイヴィ様でもコニーの扱いに困るのですね」
「レグラン、あなた厄介者を私に押し付けたわけじゃないでしょうね?」
「まさか。私共では手に余るから、アイヴィ様ならきっと彼女を上手に使えるだろうなんて思ったわけないじゃないですか」
「……あなたも大概いい性格してるわね」
皮肉を言えば、レグランは何故か満足そうににこりと笑みを浮かべた。