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第12話 テラスでの二人


 数日後、婚約披露パーティ当日。


 私は既に用意されていた立派なドレスに身を包み、ライナスに言われた通りに大人しくしながら会場にいた。


 私が着ているのはハイルドレッドを象徴とした青と白のドレス。

 地はコバルトブルーで金色の刺繍が細かく入れられており、袖や裾、胸元は白いフリルがあしらわれている。

 私には豪華すぎるドレスの着心地は、不釣り合いな気がしてあまり良くない。


 一体この会場に何百人収容できるのか教えて欲しいくらいに広く、大きすぎるシャンデリアが頭上に落ちて来ないか心配になるくらい華美なパーティ会場には、このドレスは合っているとは思う。


 君はただ微笑んでいるだけでいいと、私の隣にいるライナスからパーティー開始前に散々釘を刺されたいる。

 私はそれに従って両端の口角だけ上げて、退屈な貴族の挨拶を延々と右から左へ受け流している。


 話が長いのよ、それ以上話すならその髪全部毟りとってやるわよ、と口から出そうになる時は、手で微笑みを隠す振りをして唇を必死に押さえつける。

 更に血が出ない程度に歯で唇を噛み締めるダブル防御で何とか我慢した。


 中には祝福を捧げて欲しいと頼んで来る貴族もいたので、目を瞑って祈るふりだけして「祝福を」と一言言えば、皆大袈裟なほどありがたがった。


 何だか詐欺を働いているみたいで少し罪悪感があるけれど、体調を崩されると困るというライナスからのお達しなので仕方ない。


 一通り貴族の挨拶を聞いた後は、私とライナスがホールの中央でダンスを踊ることになった。


 オーケストラの演奏が始まり、私達は曲に合わせて優雅に踊り始める。

 聖女である私がちゃんと踊れることに、観客の貴族達の驚く声が地味に聞こえてくる。


 貴族ってわざと本人に聞こえるように喋っているのか、それとも自分の声の大きさがどこまで聞こえるのかわかっていないだけなのか、どっちなのかしら。どっちもかしら。


 などと頭の中で考えていたら、ライナスが話しかけてきた。


「……レグランから聞いた。君はダンスの講習を断ったと。本当に踊れるのか心配だったが、大丈夫なようだな」


「私の前世は貴族だもの。当然でしょ」


「前にも同じことを言っていたな。冗談なのか本気なのか判断に困るんだが」


「それは受け手のあなた次第じゃないかしら。信じるも信じないも別に私はどちらでも構わないわ」


「そうか……。なら信じてみるとしよう」


 ライナスの意外な返答に、自分の耳を疑った。


 聞き間違いかしら。

 今、私の話を信じると言ったの? ライナスが?


 一体どうして?

 最近のライナスはちょっと変だわ。

 この前だって私のこと絶対嫌ってると思っていたのに、君は不器用だから心配みたいなことを言っていたし。


 私はライナスに対して相変わらず酷い態度ばかり取ってしまっている。

 ライナスの私に寄り添ってくれるかのような振る舞いはどういうことなのかしら……。


 困惑と戸惑いのうちに気付くと曲が終わりを迎え、私達は踊り終える。

 するとたちまち会場内は割れんばかりの大きな拍手に包まれた。


 途中からどうやって踊っていたのか記憶がないけれど、この様子から見るに、特に下手を打つこともなかったみたいで少し安心する。


 まだ鳴り止まない拍手の中ライナスと共に席へ戻ろうとすると、王妃様に手招きされる。

 ライナスに目配せしてから早足でそちらへ向かった。


 王妃様は何度かパチパチと拍手しながら笑顔で私を迎える。


「アイヴィさん、ダンスとても素敵だったわ」


「光栄でございます、王妃殿下」


「体調は大丈夫? 健康体の私でも貴族のながーい挨拶を延々と聞いていると気分が悪くなっちゃうもの。繊細なアイヴィさんには毒じゃないかしら」


「いえ、そんなことは……」


「いいのよ、無理しなくて。実はあそこからテラスに出られるのだけど、ほとんど知られていないから穴場よ。サボるには持ってこいの場所なの」


「えっ?」


 王妃様がこっそりと指を差す方向を見ると、確かにパッと見ではわかりにくい、窓と同化した透明なガラスのドアがあった。


 サボるには持ってこいって……。

 え? そういうことかしら?


 王妃様の言わんとしていることに見当がついてしまい、呆気に取られる。

 王妃様は悪戯っぽくニヤリと笑みを浮かべた。


「ふふ。私もよくあのテラスでサボっていたのよ。アイヴィさんは私の娘みたいなものだから、特別に教えちゃうわ」


「お、王妃殿下。ですが今日の主役は私達で──」


「あら、もう十分役目は果たしたじゃない! ここにいたら他の男性からダンスに誘われちゃうわ。早く逃げなさいな」


 王妃様はパチンと綺麗なウィンクを決めて、早く行きなさいと手でジェスチャーする。


 王妃様から直々に言われては断ることも出来ず、本当に抜け出していいのか不安だったけれど、急かされるままに私はひっそりと会場を抜け出した。



 ガラスのドアを抜けた先のテラスには、王妃様の言う通り存在を知られていないのか、誰もいなかった。


 あまり踏まれた形跡のない白い石張りの床に、コツコツと私のヒールが響く。

 人が来ないと想定しているのか、お花などの飾りの類は一切なく、非常に殺風景だ。

 テラスから見える景色も、位置が悪いのか城の建物が邪魔して楽しむことなど出来ない。


 もしこの場所が知られたとしても、あまり好んで来る人はいないかもしれない。舞踏会をサボりたい人は除いて。


 王妃様が置いたのか、簡素な作りの白い椅子がテラスの手すりに沿うようにちょこんと可愛げを持って置いてあった。

 どうしてこんな場所に? と疑問を抱きながらも座る。


 上を見上げれば、その理由がわかった。

 テラスに来た時は存在に気付かなかった、美しい星空が一面に広がっていたから。

 きっとその昔、パーティーを抜け出した王妃様はこの場所から星を眺めていたのだろう。


 ひんやりとした心地よい夜風が頬を撫ぜるのを感じながら、星を眺める。

 サボっている背徳感も相まって、何だか胸が躍ってしまう。


「──主役がパーティーを放り出して休憩か? 大層なご身分だな」


 誰も来ないと高を括っていたら、新たな来訪者、今日のパーティーのもう一人の主役が現れた。


 ライナスは私の隣まで来ると、サボる私を見下ろす。

 無表情だからわかりにくいけれど、雰囲気的に怒っているわけではなさそうだと、ライナスの顔を見上げながら思う。


「そんなこと言って、あなたもサボりに来たんじゃないの」


「君と一緒にするな。聖女とお近付きになりたい貴族達に何度も君の居場所を聞かれ、探しに来たんだ」


「……で、連れ戻しに来たの?」


「──いや。戻る必要はないだろう。君がここにいれば貴族達に失礼な発言をするリスクがないからな」


「…………」


 現に王太子相手に不遜すぎる態度を取っている私に、何も言い返す言葉はない。


 でも、連れ戻しに来たわけじゃないのならライナスは一体何をしにここへ来たのかしら。


「じゃあ何しに来たのよ。やっぱり私をダシにしてあなたも休憩しに来たんでしょ。認めなさいよ」


「……わかった。認めよう」


 真面目だと思っていたライナスが意外にもサボりを認めたので、私は声もなくえっ、と唇の形を作ってしまう。


「意外ね。あなたはもっと真面目な人だと思っていたわ」


「私だってたまには息抜きしたい時もある」


「パーティーを放り出して?」


「少しくらい構わないだろう。退屈なパーティーなのだから」


 今日はライナスのイメージが覆される日なのか、驚くことばかりだ。


 いつも淡々としているから、嫌だとか面倒だとか退屈だとか、そんなマイナスの感情を彼が持つとは思っていなかった。

 私は無意識にライナスが感情を持たない人間だとでも思っていたのかと、少し反省する。


「……あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」


「君は私のことをどんな風に見ているんだ」


「どんなって……無愛想で何考えているのかわかりにくくて冗談も通じなさそうで堅物そうな人だけど」


 言い方、言い方──!

 実際思っていたとしても、どストレートすぎるわ!


 いくら何でもさすがにこれはライナスも怒るかと身構える。


「君はもう少し間接的に物を言うことを覚えた方がいいな」


 予想に反して、ライナスは優しく諭すように注意しただけだった。

 拍子抜けして、身体に入っていた力が抜ける。


「怒ら……ないのね、最近。あなた初めの頃は私の言動に苛立っていたのに」


「苛立たせていた自覚があるならもう少し発言に気を付けて欲しかったものだが」


「……ふふ」


「笑って誤魔化すな」


 ライナスの言う通りすぎて笑うしかなかったら突っ込まれてしまった。


「君と出会って間もない頃は、君の印象は最悪だった。急に聖女だと言われ、私との婚約を勝手に決められた点は同情出来るが……。それでもあまりに目に余る態度が続き、ここまで無作法な女性に会ったのは初めてだと何度思ったことか」


「それ、今もあまり変わっていないと思うんだけど」


「だが君はロラン・ノームで聖女の加護を捧げて倒れた時、強がって平気だと言ったな」


「……そうだったかしら」


 あの時必死だったから鮮明には覚えてないけれど、確かに平気だと言った気がするわ。実際全然平気じゃなかったけど。


「そしてハワーベスタでは、人の支えなしでは歩けなくなるほど患者の治療に尽力した。口では死に損ないを放っておけないからなどと君は言っていたが」


「…………」


 改めて聞くと本当に酷い発言だわ。

 自分の意思で言いたくて言った言葉じゃないとはいえ、もし私がそれを聞く立場の方だったら間違いなくそんな人とは距離を置くと思う。


「君は虚勢を張って本音を隠すクセがあると思ったんだ。それに気付いてから君がどれだけ悪態をついても気にならなくなった」


「……別に本音なんて隠してないわよ。思ったこと口にしてるだけ」


「自分の身体を顧みずに『死に損ない』をわざわざ助けるのか? 君の行動と言動は矛盾しているんだよ」


 ジェナの性格を考えると自分の身体を最優先するだろうから、体調崩してまで人々を助けようとなんて死んでもしないだろうけれど……。

 私が無理矢理それをねじ曲げて行動を起こすから矛盾が生まれてしまうわけで。


 でもライナスが気付いてくれるなんて思ってもみなかった。

 私の本心を見抜いてくれたことに、嬉しく思う気持ちが沸き上がる。


 ……ぜひそれを伝えたいところだけど、もちろんジェナが『私のホントの気持ちに気付いてくれて嬉しい! ありがとう』なんて天地がひっくり返ろうが言うわけがない。

 次に出て来たセリフは何とも可愛げのないものだった。


「それで? 私のことわかったつもりでいるの?」


「そこまで驕ってはいないが、君が悪人ではないということは確信を持っている」


 ……ああ、どうしよう。

 ライナスに悪女だと誤解されていなかったことが、嬉しくてたまらない。


 ずっと私はジェナの悪態を演じて自分の意思とは違う発言ばかり口にしていたから、私の本心なんて誰も気付くはずないし、嫌われて当然だと思っていた。


 でも……でも、ライナスはわかってくれた。わかろうとしてくれた。

 それがどれだけ私にとって救いになったのかなんて、きっとライナスには理解出来ない。


 それでも憎まれ口は自然と出るもので。


「……あなた人を見る目がないのね。すぐ騙されるタイプ? 気を付けた方がいいわよ」


「何だ、自分が良い人に見られたことがそんなに恥ずかしいのか」


「な、何言ってるの? 私が良い人なわけないでしょ。一体どんな目してるのよ」


「そういえばロラン・ノームで疲弊する少女の瓦礫運びを手伝ったのは誰だっただろうか」


「知らないわよそんなの! 幻覚でも見たんじゃないの!?」


 ジェナの悪態が通じない人間に会ったのは初めてだからか、ジェナのセリフが困惑したものしか頭に浮かばない。


「……ふ。ははっ、君はわかりやすいな」


「!」


 ライナスが見せる初めての笑顔に、私の心臓がドキッと一度大きく高鳴った。

 目を細めて笑みを浮かべるライナスの優しい表情は、胸の奥を締め付ける。

 それは痛みではなく、甘さを伴ったものだった。


「強がるのも悪くないが、もっと素直になってくれたらいいんだがな」


「……うるさいわよ」


 ……きっと、無愛想なライナスが急に笑ったから驚いただけ。


 芽吹きそうになった気持ちに急いで蓋をして、自分に言い聞かせた。



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