第11話 メンタル最強専属メイド
「婚約披露パーティ?」
「はい。アイヴィ様とライナス様の婚約は急遽決まったものでしたから、準備に時間がかかってしまいましたが。ちなみにアイヴィ様の聖女お披露目も兼ねております」
聖女の業務を細々とこなして数週間。
ライナスに聖女の業務を増やしてと頼んだものの、微々たる業務量しか与えられなかった。
聖女の力を使うと当然体調を崩してしまうので、倒れない範囲でとのライナスの判断によるものだ。
力を使うことへの抵抗も多少は減り、聖女としての生活にも慣れて来た頃、レグランから婚約パーティの話を持ち出されたのだった。
私は言葉を濁す。
「あー……。それって中止にならない?」
「ありえませんね」
「ほら、私身体弱い方じゃない。当日欠席なんてどうかしら? 無理して出席して体調悪化したら困るでしょう? 聖女なんだし」
「聖女という立場を盾に好き勝手するのは許されませんよ。せめて王家と深く関わりのある貴族方にご挨拶だけはして下さい」
「そのご挨拶とやらが一番面倒くさいのよ……」
社交界特有の、互いの腹を探り合うあの感じ。
自分の利益になると判断されたら下心丸出しで貴族が擦り寄ってくるんだもの。
ジェナの時は小説の流れ通りに適当にこなしていたけれど、今回はそうはいかないからとても憂鬱。
「そういえばすごく今更だけど、私と殿下の結婚っていつになってるの?」
「……随分前にお伝えしたと思いますが、聞いていなかったんですね。予定では一年後になっています」
レグランからチクリと刺された小言を受け流して、思考に耽ける。
一年か……。どうしようかしら。
不完全な聖女が残したメッセージには、『第二の聖女』が現れたと書いてあった。
そしてその第二の聖女に『あなたが不完全な聖女だったから、わたしが新たに生み出された』と言われたとも。
私も不完全な聖女なのは間違いないだろうし、メッセージ通りならきっと第二の聖女が現れる。
その時には私は死にかけの状態なんでしょう。
多分私の死後にライナスは第二の聖女と結婚するわよね?
……いえ、下手したら私が偽物の聖女だと言われて追放やら処刑やらされて、すぐに退場させられるかも。
……はあ、想像しただけで泣けるわね、ホント。
私もそこまで長生きは出来なさそうだし、結婚させられるライナスが気の毒だわ。
メッセージの不完全な聖女がどれだけ生きられたのかはわからないけれど、十八で亡くなっているのなら本当に短そうね。
私ぐらいの歳……アイヴィの実年齢は不明だけど、見た目十六、七くらい?
それくらいの歳で聖女に目覚めるみたいなことをレグランが言っていたし。
悩んだ末、ひとつレグランに尋ねてみる。
「レグラン。どうにかしてその結婚を延期出来ないかしら」
出来れば、第二の聖女が現れるまで上手いこと引き延ばせるのなら。
ライナスと結婚して第二の聖女が現れたら、偽物の聖女が王家を騙して王太子を誑かし、結婚に漕ぎ着けたとかめちゃくちゃなこと言われそうなんだもの。これはあくまで悪い想像だけど。
私はまだいいけれど、ライナスがまんまと騙された王太子扱いされるのは気が引けるわ。
そんな私の真意なんてレグランは知る由もなく、単にライナスとの結婚に私が難色を示していると思ったみたいだった。
「……そこまで嫌ですか。ライナス様とのご結婚」
嫌で延期を望んでいるわけじゃないけれど、本当の理由なんて教えられるはずもない。
適当な理由を付けて同意する。
「──そうかもね。王太子妃になれば、そういう婚約パーティとか貴族の交流みたいな面倒なこともたくさんあるでしょ。殿下は私に王太子妃の役割は求めないって言っていたけれど、実際問題全く何もしないっていうのは無理な話よね」
「お気持ちはわかりますが。結婚の延期など、どうしようもありません」
「なら、例えば私が病気とかで床に伏したりしたなら? さすがに延期せざるを得ないわよね?」
「……仮病は無理ですよ」
「説得するなら国王陛下? いえ、王妃殿下なら話を聞いてくれるかしら?」
「まずは私の話を聞いてください」
勝手にどんどん話を進める私を、レグランは呆れたように窘めた。
「大体結婚を延期したところで何になるんです。いずれは結婚しなくてはならないのですから、いつ結婚しようが変わりないでしょう」
「それが変わりあるのよねえ。……で、説得するならどちらがいいと思うの?」
私が折れないものだから、レグランのモスグリーンの瞳が不信に揺れる。
一体何を考えているんだこいつと顔に出ている。レグランのことだから、わざと出しているのもあるだろうけど。
「本気で説得されるおつもりなんですね。無駄だと思いますけど。……個人的な意見ですが、王妃様の方がよろしいかと。王妃様は気持ちに寄り添って下さる優しいお方ですから」
「わかったわ。……それで、今日の予定は?」
レグランはまさか今日説得しに行くつもりかと、一瞬の沈黙を作る。
「……。本日はダンスの講習を予定しています。王妃様とお会いする時間はないかと」
「別に今日明日すぐに説得しようなんて考えていないわ。頃合いを見て王妃殿下にお話する機会を設けて頂くつもり。それからダンスは心得ているから結構よ」
この世界は魔物や聖女が存在する、ファンタジックで風変わりな世界観ではある。
しかし貴族社会やそのあたりは前世の時とあまり変わりがないようだから、ダンスも同じようなものだろうと思う。
レグランは私がダンスを踊れるというのは信用し難いようで、明らかに疑ってかかる。
「……ダンス、出来るんですか?」
「前にライナスと私が言い争った時に言ったでしょ。私は貴族だった前世の記憶を持って、この世界へ生まれ変わったのだと」
「あれ、本気で仰ってたんですか」
「本気だし正気よ」
「…………」
レグランはしばらく無言で私の顔をじっと見つめ、どうするか判断しているようだった。
困っているわねレグラン。
でもダンスの練習は前世で死ぬほどやらされたから本当にもういいの。講習なんてやる意味ないのよ。
レグランに講習を受けろと説得されるかと身構えていたけれど、それは杞憂に終わった。
「わかりました。では講習はキャンセルとお伝えしておきます。それと別件で、アイヴィ様の侍女のことなんですが」
「ああ、侍女なんていらないわよ。群れるの嫌いなのよ」
私の侍女になったところでその人の何の役にも立たないわ。むしろマイナスの経歴になりかねない。
出来るだけ被害者は減らしておきたいのよ。立つ鳥跡を濁さずってやつね。
「残念ですが王太子妃になれば嫌でも侍女は付きます。今候補を絞っているそうですのですぐには付きませんが、代わりに専属メイドをご用意致しました」
「別に専属じゃなくても、今みたいに適当なメイドが何人かいれば充分よ……」
そんな私のぼやきは華麗に無視され、レグランは扉を開けて廊下に立っていた人物に入室を促す。
「し、失礼致します……」
一見しただけで気の弱そうな子だとわかるぐらい、おどおどしている。
不必要に何度も頭を下げて入って来たメイドは、か細い声で挨拶をした。
「コ、コ、コニーと申します……。ど、どうぞ、よろしくお願い致しますっ!」
お願い致しますの部分だけ急に大きな声になったものだから、軽く驚いて身体がぴくっと反応してしまった。
コニーと名乗ったそのメイドは、少し傷んだ長めの赤毛を後ろで三つ編みに纏めている。
緊張しているのか、それとも体質なのか、頬に円を二つ描いたかのように赤くなっている。
よりにもよって何故こんなにか弱そうなメイドが私の専属に選ばれてしまったのか全く理解出来ず、レグランに問う。
「……レグラン、この人選はあなた?」
「はい、私がライナス様へ推薦致しました」
「嘘でしょ。私の物言いに耐えられるのこの子? ちょっと強く言ったら床に崩れ落ちるんじゃないの」
「いえ、コニーはこう見えて物凄く打たれ強いのです。この通り気弱そうに見えるので他の使用人から馬鹿にされることも多かったのですが、何をされても全く心折れることなく、逆に使用人達は気味悪がって虐めることを止めたぐらいです」
「ええ……ちょっと怖……」
何その鋼メンタル。
見た目からは想像つかなさすぎてちょっと怖いけど、正直そのメンタルは羨ましいわ。
レグランのプレゼンは続く。
「コニーは優秀なメイドですよ。仕事は丁寧ですし、一切手を抜くことはしません。メイド長からの信頼も厚いです。何よりそのメンタルの強さは、アイヴィ様の専属メイドとして十分な素質だと判断致しました」
「レグラン、あなた私がメイドを虐めるタイプだと思っているの?」
確かに私は口と態度が悪いけれど、人を虐めたりはしないわ。
まあ……前世はジェナとして仕方なく虐めてしまったことはあるけれど。
レグランは首を振って否定した。
「いえ、違います。アイヴィ様は口調が非常に厳しい方なので、それで内心不満を持つような脆弱な精神のメイドでは、アイヴィ様の名誉に傷が付くと思いまして」
「ああ……私がメイド達から嫌われて、嫌な噂を立てられる心配をしてくれたのね。何てありがたいことかしら」
「お役に立てたようで何よりです」
「あなたねえ……」
私の皮肉はわかっていてそれを受け流すレグランに呆れる。
何だかレグラン、私の扱いを心得てないかしら。
コニーの方をちらりと見て、試しに話しかけてみる。
「……で、コニー? だったかしら。あなたいくつなの?」
「え、えっと……十六歳です」
「ふーん。じゃあ多分私と似たような歳なのかしら。もしかしてレグランから私の話し相手になれとでも言われてる?」
「は、はい……。アイヴィ様はご友人がいらっしゃらない可哀想なお方だから、その代わりを務めろと」
「…………」
私がレグランを睨むと、レグランはさっと顔を背けて素知らぬ顔をする。
確かに友人はいないけれど。
何ならジェナの時も悪友しかいなかったけれど。
確かに友人はいないけれど。
別に寂しいなんて思ってないわよ。
そりゃちょっとは話し相手欲しいなとか思ったことはなくはないかもしれなくはないようなこともない気が……
嘘よ。本当は友人欲しいわ。
本音は心の中で留めて飲み込んだ。
「コニー。その依頼は今すぐ忘れなさい。私は友人なんていらないの。別に可哀想じゃないから。事務的に接しなさい。余計なことは考えず、口に出さず、ただ仕事を淡々とこなしてくれたらいいの。別に可哀想じゃないから。わかった?」
「はっ、はい……! わかりました!」
コニーは頭がもげるほどブンブンと頷く。
……申し訳ないけれど、やっぱりちょっと怖いわ、この子。私の手に負えるのかしら。
専属メイドなんて本当に要らないけれど……このコニーという子なら変に深入りして来なさそうだし、案外丁度良いのかもしれない。
情が生まれたりして仲良くなってしまったら、お別れの時私もコニーも互いに辛いものね。
レグランの思惑とは違うだろうけど、レグランの人選には、ほんの少しだけ感謝した。