第九話
十二月に入った。
すっかり寒くなり、暖房器具が欠かせなくなる時期。
加えて期末考査やクリスマス、二学期の終わりなど忙しなく行事が続く。
今、家には俺と姉しかいない。
テスト前という事で、実桜は友達の家に勉強をしに行った。
姉は今日の授業は午前で終わったらしく、バイトもないために家にいる。
「やっば。ここわかんねーなー」
独り言を呟きながら、古典の問題を睨みつけた。
実桜と違って一人勉強の俺は、分からない問題の対処方がない。
「そう言えば姉ちゃんは文系大学だったな」
確か人文学部に通っていたはずだ。
それも国立大なため、ある程度文系科目はできると思われる。
「よし、聞いてみるか」
せっかく姉と二人きりなのに、互いに話さないのも変だしな。
家族間の会話は大事だ。
断じて好きな子に勉強を教えて貰いたいだとか、そんな甘い恋心が理由ではない。
うん。
「あれ、むつ君どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
リビングルームのソファで録画していたドラマを観ていた姉は、再生を中断する。
「ごめん、今無理?」
「全然いいよ」
そう言って姉はソファの席を開ける。
俺は彼女の隣に腰をかけて教材を見せた。
「勉強を教えて欲しいんだよ」
「古典か。高一くらいならいけるかな〜」
姉はどれどれ、と問題を眺める。
そして懐かしそうに笑った。
「こんなの簡単だよー。メジャーな単語しかないし」
「そうかな」
「むつ君ちゃんと授業聞いてる?」
「うぎっ」
「何その声」
爆笑する姉に、苦笑した。
なんだか最近はいつも変な声が漏れている気がする。
というのも、授業中は書いている小説の展開を考えているため、あまり先生の話を聞いていないのだ。
そして小説の内容というのも、この前実桜に指摘された通り姉との妄想。
変な声が漏れるのも仕方ない。
「ちゃんと聞かなきゃダメだよー?」
姉は注意しながら体を寄せてくる。
金色にも近い明るい茶髪からいいの匂いがした。
同じジャンプーを使っているとは思えない。
実桜からもこんな良い匂いはしないのに。
「ねぇ、聞いてるの?」
「ごめん」
注意がそれていると、姉はため息を吐く。
「彼女いるんだから、彼女と勉強すればいいのに」
「……彼女は今、友達と勉強してるんだ」
「ふーん」
嘘ではない。
彼女(という設定)の実桜は今友達と勉強している。
事実である。
なんとなく流れで質問をした。
「姉ちゃんは彼氏とかいないの?」
言ってすぐ後悔した。
仮に彼氏がいるなんて言われたら、俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ。
聞かなければよかった。
しかし、姉はあっけらかんと答えた。
「彼氏なんて生まれてこの方出来たことないよ。だからむつ君と実桜が羨ましい」
「マジ!?」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ」
そりゃ好きな人がフリーって知ったら嬉しいに決まっている。
それも、今までずっとだ。
これ以上の事はない。
「馬鹿にしてる?」
「そんな事ないよ。姉ちゃんこんなに可愛いのに彼氏いないなんて意外だよ」
「やっぱ馬鹿にしてるねー? あーぁ、彼女ができたからって可愛くなくなっちゃって」
言われて罪悪感が込み上げてきた。
「……実桜は勉強どうなんだろ」
「さぁ、友達とやってるらしいけど。古典の成績はいつも実桜の方がいいよね」
「まぁ、そうだね」
不思議な話で、文系科目はいつも実桜に劣る。
執筆が趣味の俺にとってこれほど不快な事はない。
古典、現文、世界史などなど、全てにおいて十点くらい負けるのだ。
逆に、何故か理解科目の数学などは大差で勝つ。
結果的には俺の方が順位は上だ。
「むつ君って文系志望だったよね?」
「うん」
「志望校とかあるの?」
「……まぁ」
「どこ?」
「内緒」
あなたが通う大学です。
「じゃあもっと頑張らなきゃ」
「お願いします」
「頑張るのは教える私じゃなくて、テストを受けるむつ君でしょ? ほら、ここ」
姉は叱りながら、優しく教えてくれる。
的確に、かつ分かりやすく。
学校の先生よりわかりやすい気がした。