第八話
突然だが、妹の実桜は絵が上手い。
昔から一緒にお絵かきをして遊んだ仲だが、俺の画力とは雲泥の差である。
正直、描き続けていればプロのイラストレーターになるのも夢ではないと思うレベルだ。
「ねーねー睦月。どう? この絵」
学校から帰り、自室でパソコンと睨めっこしていた俺に、楽しげな声が聞こえた。
振り返ると閉めていたドアが開き、実桜がスケッチブックを片手に立っている。
「ほら」
スケッチブックを渡された。
見ると、可愛い女の人に頭を撫でてもらい、恍惚とした表情を浮かべるショタっぽい少年が描かれている。
「なんだこれ」
「おねーちゃんと睦月だよ」
言われ、まじまじと絵を見た。
姉、琴葉の方はまぁわかる。
デフォルメされても誰か判別できるくらいには似ていた。
しかし。
「俺はこんなに童顔じゃない」
「えー、そうかな」
「それに、こんな表情はしてないだろ」
「いやいや、昨日おねーちゃんに頭撫でられてた時こんな顔してたよ」
「……見てたのか」
昨日の美容院から帰った時だ。
見られていたと思うと少し恥ずかしいな。
「それにしても、相変わらず絵が上手いな」
「えへへ、ありがと」
素人目にも伝わる画力。
一応ラノベを書くのが趣味なため、色々なイラストには触れて生きてきたが、正直引けを取らないと思う。
「将来はイラストレーターにでもなるのか?」
「そうなったら、睦月の小説の挿絵描いてあげよーかな」
「義妹がイラストレーターで、義兄がラノベ作家ってどこかで見たような」
「フィクションは本だけにしとけよーって感じだね」
「懐かしいな」
そう言えばすっかり忘れていたな。
そんなネタが流行っていた時期もあった。
と、話していると実桜が俺のベッドに腰を掛ける。
「昔はよく睦月の書いた小説の絵を描いてたよね」
「そうだな」
「それをおねーちゃんに見せてさ」
「あぁ」
もう何年前の話だろうか。
小学校高学年から中学入学くらいの頃の話だ。
俺がPCで打ち込んだ小説をプリントアウトして、わざわざ白紙で印刷していたページに実桜が絵を描いて、さながらラノベ書籍のようなまねごとをしていた。
姉はそれを読んで褒めてくれたっけな。
「最近は全然小説見せてくれなくなったよね」
「……そりゃ、恥ずかしいから」
「まぁおねーちゃんとの妄想書いてるみたいだし」
「……悪かったな」
「全然。作家なんてそんなもんでしょ」
実桜は優しく笑った。
「また一緒に見せあいっこしようよ」
「えー、嫌だ」
「ケチ」
ケチってなんだよ。
「お前はPCでイラスト描いたりしないのか?」
「うーん、ペンタブとか液タブとかないからね」
「買えばいいだろ」
「高いし」
「金なら俺が出してやるよ。ここ五年くらいお年玉使ってないから」
「え!?」
それこそ、友達の少ない俺は金の使い道がない。
特に物欲もないため、必然的に溜まっていくのだ。
実桜は首をぶんぶん振った。
「そんなの悪いよ!」
「でも、俺もお前の描いたイラスト見たいし。ほら、無償で動くイラストレーターなんていないだろ? 依頼料みたいなもんだよ」
「あたしはプロでもないのに、変なこと言わないでよ」
確かに、いきなり五万も十万もする機材を渡すのは、圧かけみたいになるかもしれない。
こういうのは本人の望むペースでやるのが一番なのだ。
「でも、そんな言うならちょっとイラスト勉強してみよっかな」
「お、マジ?」
「うん。絵描くの好きだし」
実桜はそう言うと、指を折る。
「お年玉が残り二万円、今年の誕生日でもらった一万円、それとクリスマスの前借で一万円……」
「おい、一人で払うのか? 俺が言い出しっぺだし、それはなんだか」
「あー、じゃあ半分ずつ出す? 実は欲しい液タブあったんだよね」
なんだかんだ、彼女も乗り気だったらしい。
実桜に液タブのレビュー動画や某ネットショップサイトのレビューを見せられる。
ニコニコしながら饒舌に語る実桜の横顔が少しまぶしく見えた。
「なに、他人の顔じっと見て」
「いや、なんでも」
「ふーん」
彼氏彼女なんて、意味の分からない関係を演じなければならなくなってしまったが、やはり妹は妹だと改めて痛感した。