第六話
「よし、こんな感じでどうかな?」
「いい感じです」
一通り髪を整えてもらった。
前髪はかなり短くなった。
サイドの髪もバッサリと切られ、耳が完全に出ている。
全体的に重さがなくなった、という感じだろうか。
「どう? 彼女から見て」
「い、いいです。カッコいいです」
「だって。よかったね睦月君」
「はぁ……」
どう聞いてもお世辞だ。
現に鏡に映る姿は髪型がマシになっただけで、根本的な陰気なオーラは健在である。
髪を切るだけでカッコよくなれるなら人生苦労はしない。
眼鏡が少し下がってくるのを左手で直す。
うん、やっぱり冴えない。
‐‐‐
そんなこんなで美容院を出る。
話し込んでしまったのもあり、時計は午後四時を回っていた。
「もうそろそろ帰るか」
「そうだね」
姉以外にも嘘をついてしまったことに罪悪感を覚える。
そしてふと気づいた。
「あれ、あの美容院って姉ちゃん……」
「あ、やば」
あの美容院の常連客なのは実桜だけではない。
姉の琴葉もまた、よく通っているのだった。
「どうしよ!」
「まぁ一応彼氏彼女って設定だったし」
「そうだね! おねーちゃんに知られたらまずい事なんて何も言ってないし……あ、ダメだ。睦月の名前言っちゃった」
「やらかしたな……」
もし万が一、あの美容師が実桜の彼氏について姉と話したとき、睦月という名前を出されたら面倒なことになりそうだ。
睦月なんて名前、探せばどこにでもあるだろうが、俺の容姿なんかを詳細に話されるとバレる可能性が非常に高い。
それに。
「そもそもお前に彼氏がいるなんて嘘なんだから、姉ちゃんが知ったら驚くだろうしな」
「いや、それは大丈夫」
実桜は複雑な笑みを浮かべる。
そして言った。
「あたし、おねーちゃんに彼氏できたって言った」
「はぁぁぁ!?」
すれ違う人達が一斉に向いてくる。
が、今はそんな事どうでもいい。
「お前彼氏いたのか!?」
「まさか」
「はぁぁぁ!? どういうことだってばよ!?」
あまりの動揺で、どこかの少年漫画に出てきそうな語尾になってしまった。
「彼氏いないのに、彼氏できたってなんだ!?」
「睦月と一緒だよ」
「見栄張ったってことか? 嘘だって事か?」
「そうだよ」
なんなんだ、それは。
「だから、その……睦月にはこれから彼氏のフリしてほしいなって」
「意味が分かんねーよ! なんでそんなカオスな展開に!?」
「む、睦月の彼女のフリするには仕方なかったんだもん! 今日だって、出掛ける口実に彼氏とデートって言っちゃったし!」
え、え?
どういうことだ。
実桜は俺の彼女のフリをして、俺は実桜の彼氏のフリをするって事か?
はぁ? なんだそれ。
「とにかく、これからは一蓮托生!」
「強引に話を終わらせるな!」
そんなすぐに収集できる話じゃない!
俺は頭を抱えながら、冷静さを心がけて話す。
「お前は俺の彼女のフリをするために、架空の彼氏をでっち上げたわけか」
「うん。今日のデートみたいなシチュエーションの時、あたしも彼氏とデートに行くって言った方がややこしくならないからさ」
「十分ややこしいぞ」
何でこいつはこう、ちょっと頭がおかしいんだ。
だけど、俺のためにやってくれているわけで。
あまり責めるわけにもいかない。
「なんかごめんな」
「いいよ! 楽しいから!」
まぶしい笑顔で笑う実桜。
初冬の夕日に照らされて、少しドキッとする。
「帰るか」
「でも、ちょっと時間ずらさないとね」
「そうだな」
なんだか複雑な関係になってきてしまった。
‐‐‐
「ただいまー」
「むつ君おかえりー」
実桜が帰ってから、二十分くらい時間を空けて俺も帰宅した。
玄関先で出迎えてくれた姉は、俺を見て驚いた。
「あれ、髪切ったの?」
「彼女の前ではカッコよく見せたいからね」
「まぁ前髪とか横とか鬱陶しかったもんね」
実桜だけでなく、姉にもそんな事を思われていたと知って、ちょっと恥ずかしい。
「うん。カッコいいよ」
「え?」
何気なく姉が口にした言葉を聞き返す。
「カッコいい?」
「うん。むつ君は髪型で損してたからね。いい感じだよー」
あまりの嬉しさで、脳が沸騰しそうになった。
姉ちゃんに褒めてもらうのは、妹から褒められるのと全く違う。
「お世辞じゃなくて?」
「その卑屈な感じやめなー? お世辞じゃないって」
さっきの実桜の言葉も、本心だったのかもしれない。
まぁ何はともあれ、カッコいいと褒められるのは嬉しいものだ。
「ありがとう」
「なんで照れるのー? かわいいなぁむつ君は」
散髪したばかりの頭をガシガシと撫でられる。
高校生にもなってこの扱いは少し気恥ずかしいが、嫌な気はしない。
その日はベッドに入るまで上機嫌で過ごした。