第五話
「こんにちはー」
「あ、実桜ちゃん。どしたの?」
予約もいれずに美容院へ入って行く実桜。
金髪のお洒落な美容師さんは、嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。
「いきなりどうしたの? つい最近前髪切ったばっかりだけど」
「今日予約入ってますか?」
「いや、午後は暇だったから大丈夫だよ」
「じゃあ」
実桜が手招きしてきた。
一歩前に出ると、彼女は俺の肩を掴む。
「今日はこの人のカットでお願いします」
「うわぁ、凄い伸びてる」
俺の前髪やサイドの髪を手で触りながら、美容師さんは頷いた。
ジロジロと見られて居心地が悪い。
薬品の匂いと香水か何かの混ざった匂いで、ちょっと頭がクラクラする。
一通り俺の髪を見た後、美容師は至極当然な疑問を口にした。
「実桜ちゃんの彼氏?」
「えっ!?」
動揺する妹。
当たり前だ。
彼氏も何も、ただの兄妹なのだから。
しかし、実桜は慌てて言った。
「そーです! あたしの彼氏です!」
「えぇ!?」
次に声を上げたのは俺である。
今こいつなんて言った?
「彼凄く驚いてるけど」
「ちょっとリアクションが大きい人なんですよ!」
「そうなんだ」
勝手なキャラ付けをされてしまった。
美容師さんが道具を取りに奥へ入って行った隙に、俺は妹に耳打ちする。
「……何言ってんだよ!」
「……いいでしょ。別に今は付き合ってる設定なんだから」
「……だからってなぁ」
「……そもそも睦月のせいじゃん」
それを言われると仕方ない。
「……だから、上手い感じで話合わせてね」
「……例えば?」
「……実桜ちゃん可愛いとか」
「……どのタイミングで言うんだよ」
脈絡もなくそんな事言い出したら気持ち悪いだろ。
「……うーん、質問されたら適当に惚気といて」
「……難しい注文だな」
「……ほら、得意のラブコメ脳でお願いしますよ。勘違いラノベ主人公野郎さん」
「……最低な称号をどうも」
俺はラブコメを書くのが好きなだけで、自分の事をラノベ主人公だと思った事は一度としてないのだが。
まぁ良い。
この経験もいつかの執筆で役に立つだろう。
「じゃ、彼氏さんそこに座ってくださいね」
「はい」
もう、どうにでもなれ。
「どんな感じにしますか?」
「カッコよくしてください」
「うーん、眼鏡あるから短過ぎるのもアレかな。顎は細めだし、そうだなぁ……」
こうして散髪が始まった。
---
「彼氏さん名前なんて言うんですか?」
「睦月です」
「実桜ちゃんとは高校の同級生?」
「はい、そうです」
嘘は言っていない。
同じクラスではないが、通う学校は同じだ。
「今日はデートかな?」
「まぁそんな感じです」
「よく二人で遊んだりするの?」
「はい」
「仲良しだねー。羨ましいよ」
一応ただの一つとして嘘はついていない。
設定上はデートに違いないし、同じ家に住んでるわけで、二人で遊ぶこともよくある。
耳周りにハサミを入れつつ、美容師は大きく息をついた。
「おかしいと思ってたんだー。実桜ちゃんこんなに可愛いのに、彼氏いないなんておかしいからさ」
「そうですね。実桜は可愛いです」
フリかと思うレベルの言葉に、俺は先程の打ち合わせ通りの言葉を口にする。
と、背後で物音が聞こえた。
鏡越しに後ろを見ると、実桜がソファから崩れ落ちるのが見える。
「何してんだよ」
「恥ずかしいこと言うからでしょ!」
お前が言えって言ったんだろうが。
しかし美容師の手前、そんな事は言えない。
「何一つ嘘は言ってないぞ。贔屓目無しで実桜は可愛い」
「だから! ……もう!」
顔を真っ赤にする妹。
思ったより演技が上手いらしい。
まるで本当に照れているようだ。
「実桜ちゃん良い彼氏持ったね。可愛いって素直に言ってくれる男は逃しちゃダメだよ」
美容師も完全に信じてしまったらしく、そんな事を言う始末だ。
「ねぇ、睦月君。実桜ちゃんのどんなとこが好きなの?」
実桜があんなに俺のために頑張っているんだ。
彼女のフリを全力でしてくれている。
こちらも精一杯演技をしようじゃないか。
「優しいところですかね。今日だってお昼ご飯作ってくれたんですよ」
「えー、本当に? ラブラブじゃーん。実桜ちゃん料理上手そうだし」
誰が作ってもそこそこのクオリティになる料理を台無しにするのは確かに上手い。
「まぁ可愛いってのもありますけど」
「うわぁ萌える。いいなぁ、甘いわ。青春って感じ!」
「うぅ〜」
実桜は後ろで悶えるようにジタバタしている。
美容師さんも完全に手を止め、ニコニコしていた。
ここまでやれば完璧にカレカノ工作はできただろう。
実桜の役者ぶりには驚かされたが、事なきは得そうである。