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第二十話

 突然泣き出した妹に、俺は焦る。

 なにしろ、実桜が泣くところなんて久々に見たのだ。

 それも、声をあげながらの号泣。

 どうなっているんだ。


「えっと……」


 呆然とする俺。

 実桜は涙を流しながら、やや充血した赤い目を向ける。


「なん、で」

「……」

「おねーちゃんと……せっかく、せっかくだったのに……」


 零れる涙は彼女の服、掛け布団、シーツを濡らしていった。

 それでも、止まる気配はない。


 どうしたものか。


 昔から実桜はあまり泣かなかった。

 たまに泣いていても、姉が慰めていた。

 こうして、二人きりの時に泣かれたのは初めてだ。

 どうしたものだろうか。


 姉は、実桜や俺が泣いていた時、そっと抱きしめてくれていた。

 もう何年も前、小学校の頃の話だが、効果はあったように思える。

 きっとそれが最適な慰めなのだろう。


 俺は決心すると、実桜のベッドに腰を下ろす。

 そして、そっと横から抱きしめた。


「……んぅ」


 久々に触れた実桜の身体は柔らかかった。

 記憶にある感触とはなんだか違って変な感じだ。

 しかし、触れているとこっちまで温かくなる感じは昔と同じだ。

 今は熱があるから当然だが、実桜の身体は昔から温かかった。


「ごべん、なざい」

「え?」


 俺の腕に顔をうずめて、実桜は謝った。


「ごべんなさい……あだしのせいで、せっかくのお出かけがぁ……」

「……気にすんなよ」


 頭を撫でてやると、彼女はさらに泣いた。


「睦月、楽しみにしてたのに……」

「……」


 否定はできなかった。

 確かに今日という日を待ち望んでいたのは事実だ。

 しかし、俺の無言のせいで実桜は続けた。


「あたしなんかのせいで、ごめんなさい……あたしなんか、いなきゃよかったのに……」

「っ!?」


 あたしなんかいなきゃよかった?

 何を馬鹿なことを言ってるんだ。


「睦月が好きなのは、おねーちゃんなのに……せっかく、せっかくのデートだったのに、あたしのせいで……」

「勘違いしてるぞお前」

「……え?」

「姉ちゃんも実桜も、同じくらい大事に決まってるだろ。確かに姉ちゃんに向けた好意はちょっと歪かもしれない。でも、実桜の事だって俺は大好きなんだよ」


 言っていて恥ずかしくなってきた。

 しかし、言わなければならない。


「姉ちゃんと実桜のどっちが好きとか、大事とか、そんなのねえよ」

「でも……」

「大体姉ちゃんとデートなんていつでもできるし」

「……」

「だから、あたしなんかいなきゃよかったなんて、言わないでくれ……」


 俺はどんな顔をしているのだろうか。

 気付けば、涙がこぼれていた。

 姉とのデートが無くなった事への悲しみ?

 いや違う。そんなわけがない。


「なんで、睦月も泣いてるの……?」

「知らねえよ」

「……変なの」


 急に泣き出したお前には言われたくない。


「あんま寂しい事言うなよ」

「……ごめん」

「わかればいいんだよ」


 俺はそう言って、ベッドから離れた。

 ずっと抱き合いっぱなしで、恥ずかしくなってきたのだ。


「どこいくの?」

「どこも行かねーよ。今日は家に居る。心配だから」

「……ありがと」

「おう」


 ぼーっと見つめてくる実桜。

 俺は視線の行き場に困る。


「どこ行くの?」

「トイレ」


 居た堪れなくなって、立ち上がる。

 と、実桜は熱と泣いたせいで真っ赤な顔を笑顔いっぱいにした。


「睦月」

「なに?」

「あたしも大好きだよ」

「……寝てゆっくりしてろよ」

「ありがと」


 逃げるように俺は部屋を出た。

 そして、無性にドキドキと脈打つ鼓動を隠すように、でかい足音を立ててトイレに入った。


 実桜の最後の笑顔が、どうも頭から離れない。

 そして、体が異様に熱い。


「あいつ、どんだけ高熱出したんだよ。触れてただけの俺まで熱くなってきたぞ……」


 用を足しながら、誰かにそんな事を言った。

 まるで言い聞かせるように。


 手を洗う際に、ふと自分の袖が濡れていることに気づいた。

 実桜の涙だろう。

 一体、どれだけ泣いたらこんなに濡れるんだ。


 とんだクリスマスイブである。

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