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第十九話

「これは……今日のお出かけは無しだね」

「うん」


 三十九度を示す体温計に、俺と姉は頷く。

 場所は実桜の部屋。

 ベッドに寝ている実桜は苦しそうに息をしていた。


 待ちに待ったクリスマスイブ。

 今日、俺は姉と二人で、実桜のクリスマスプレゼントを買う事を口実にデートをする予定だった。

 しかし、これは無理だろう。


 実桜が熱を出した。

 それも珍しく高熱を。


 思い返せば昔から、イベント前に実桜はよく熱を出していた。

 まぁ今回のイベントは実桜のではなく、俺と姉のイベントだったが。


 今実桜は寝ている。


 先程頭痛と怠さを訴えてリビングに降りてきたのを、俺と姉が違和感を覚えて熱を測らせたのだ。

 ただの体調の悪さではないと一目でわかった。

 そして実際インフルエンザにでも罹ったのかと思うレベルの高熱だった。


「病院とか連れて行った方がいいのかな」

「うーん、どうだろ。とりあえず今は寝ちゃってるし、昼頃までは様子見てもいいかもね」


 現在時刻はまだ九時。

 すぐに熱が下がる可能性もある。


 俺が実桜の椅子に座っていると、姉は部屋を出ていく。

 その間寝顔を眺めた。


 前髪が汗で額に張り付き、鬱陶しそうだったので払う。

 実桜は若干表情を緩めた。


 と、姉が部屋に戻ってくる。

 手には熱さましの冷たいシートを持っている。

 そっと実桜の額にそれを張る姉。


「俺、何かできる事ないかな」

「うーん、そうだね」


 尋ねると姉は考えた。


「私は今から買い物に行くよ。経口補水液とか、プリンとか、そういうの買ってくる」

「それなら俺が行くよ」

「いいの。むつ君は傍にいてあげて」

「……え? うん」


 まぁそう言うなら。

 確かに買い物は姉が行った方がスマートに済ませられるだろう。


 そこでふと姉が笑った。


「どうしたの?」

「いや、昔もよくこういうことあったなって。ほら、どこかへ出かける当日って、決まって実桜が熱出したじゃん?」

「うん」


 例えば動物園に行く予定だった日。

 珍しく父の休日と俺たち全員の休校日が重なって遊園地に行く予定だった日。

 そういう時に決まって熱を出し、その度に俺達は苦笑いしたもんだ。


 と言っても、三十九度という高熱は久々に見た。

 よく熱を出した実桜だが、大抵は微熱だった。

 いつも昼頃には治ったが、今回はそうはいきそうにない。


「姉ちゃん」

「何?」

「お出かけはまた今度しよう」

「そうだね」


 幸い俺と姉は家族だ。

 姉には彼氏がいるわけでもないし、授業とバイトを除けば基本的に予定の空いている人だ。

 だからいつでも埋め合わせはできる。

 その日の家事は実桜に押し付けよう。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 姉を見送り、俺は再び妹の寝顔に視線を下ろす。

 苦しそうな表情は若干うかがえるが、あどけない寝顔だ。

 学校の男子がこんな光景を見たら、いちころかもしれない。

 それくらいに可愛かった。


 なんでこいつに彼氏ができないんだろう。


 姉もそうだが、こいつも顔は良いのに不思議である。


 寝顔を見つめていると、実桜は不快そうに身をよじった。

 そして寝返りを打ち、身体を動かしたことで目を覚ます。


「う、んぅ……」


 呻き声を漏らしながら体を起こそうとして、頭痛に顔をゆがませた。

 若干浮かせた上体を下ろしながら頭を押さえる。


「寝てろよ」

「睦月……?」

「おう、なんだ?」


 名前を呼ばれたので返事をする。

 と、実桜は不思議そうな顔をした。


「……あれれ、おかしいな。いないはずの、睦月が見える」

「ここにいるんだが」


 他人の事を死人か何かだと思っているのだろうか。

 寝ぼけているようなので、実桜の視界に顔をさらしてやる。


「あ、れ? 今日はおねーちゃんと、デートじゃ?」

「いけるわけねーだろ」


 誰が病人の妹を放置でデートに行くんだ。

 そんな鬼畜な兄貴になった覚えはない。

 勿論姉も鬼じゃない。


 と、実桜が慌てて体を起こす。

 掛け布団がベッドから落ちた。


「おい、寝てろって」

「なんで!」


 実桜は大声を出した。

 そして熱にうなされて真っ赤な顔で俺を睨んだ。


「なんで、いるの!?」

「そりゃ、お前が心配だから」

「……ッ!?」

「え?」


 何かおかしなことを言っただろうか。

 急に怒鳴られ、唖然とする俺。

 しかし、実桜はそんな俺を他所に目に涙を浮かべて。


「……うぅ、ぐすっ……ふぇぇん」


 泣き出してしまった。


 部屋には何故か泣きじゃくる妹、状況が掴めず困惑する兄貴だけが残されている。

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