第十八話
クリスマスイブの前の、とある日の話をしようと思う。
その日は土曜だった。
俺と実桜は二人で家にいた。
姉はバイトで不在だったため、二人きりである。
まぁよくあるいつものシチュエーションだった。
そして、毎度のごとくPCに向かって原稿の作成をしていた俺の部屋に、実桜はやって来る。
「ねぇ何してるの」
「何って、いつも通りだよ」
「あぁ、おねーちゃんとの妄想小説書いてたんだ」
「……」
事実なため、言い返す言葉はない。
黙ってにらみつけると、実桜は肩をすくめた。
「別に邪魔しに来たわけじゃないよ」
「じゃあからかいに来たのか」
「違うよー」
俺の隣にやって来る実桜。
彼女は口を開く。
「ねぇ、クリスマスイブは家で過ごすでしょ?」
「そうだな」
クリスマスは実桜とお出かけ、イブの日は家で団欒、そういう話だった。
しかし彼女は続けた。
「せっかくだし、おねーちゃんと出かけてきたら?」
「イブの日にか?」
「うん。聖夜は好きな人と居たいでしょ?」
「……お前はどうするんだよ」
「あたしはいいの」
確かに、クリスマスに姉と遊べたら楽しいかもしれない。
一時の恋人気分を味わえるかもしれない。
だが、実桜が一人寂しい思いをしたらダメな気がする。
「家族でゆっくり過ごすのがいいんじゃないか。お前だけ一人は寂しいだろ」
「でも、おねーちゃんはクリスマスに一人きりだよ」
「……」
その通りだ。
俺の変な見栄のせいでこの事態を招いた。
実桜が一人きりで寂しい思いをするように、姉にも寂しい思いをさせるだろう。
さっきの発言は矛盾している。
「ほら、いつもあたしと二人きりばっかで、おねーちゃんと遊びたいでしょ?」
「別に、お前と二人きりなのが嫌なわけじゃないけど」
「あれれ? 照れちゃってどしたの?」
「うるせーな」
もともと家族でまったりする予定の日に、姉と俺だけ二人でお出かけするのはなんだかなぁって感じだ。
しかし、渋る俺に実桜は溜息を吐く。
「あのさ、おねーちゃんだっていつかは彼氏できるかもしれないよ?」
「……」
「いつまでもクリスマスがフリーだと思ってたら痛い目見るかもね」
「……」
「男を見せてみろ、睦月」
「おう」
なんか変な感じだ。
男っ気のない妹に恋愛で指南を受けているのも変だが、その対象が姉というのも奇妙だ。
「じゃあ後で姉ちゃんが帰ってきたら聞いてみるよ」
「うんうん。あ、口実は『実桜のプレゼント選びたいから一緒に来てくれる?』とか言って誘いだすのが吉と見たね」
「おう」
なかなか策略家だな。
上手い口実を見つけるものである。
と、感心する俺に妹は小声で付け足す。
「……まぁあたしがプレゼント欲しいだけだけど」
「おい」
まぁいいか。
‐‐‐
「ただいま」
姉が帰宅した。
洗面所で手洗いうがいを済ませ、リビングに姉が入ったのを確認した後、実桜に促されて俺はリビングに入る。
「おかえり姉ちゃん」
「あ、むつ君。どうしたの?」
普段姉の帰りをわざわざ出迎えはしない。
気恥ずかしいため、そう言ったコミュニケーションは取ってこなかった。
だからこそ、突然現れた俺の姿に姉は首を傾げる。
「姉ちゃん、クリスマスイブ暇なんだよね?」
「うん。悲しいことに」
俺にとっては大変喜ばしい事だ。
「良かったら二人で出かけない?」
「え、実桜は?」
やはりそうなるよな。
恐らく父はいないが、家族みんなで過ごす予定だった。
あえて二人きりを望んだ俺は些か不思議だろう。
しかし、俺には策がある。
「実桜のクリスマスプレゼントを選びたくって」
「ふぅん、珍しい」
「最近何かと助けてもらってるからね」
「それなら実桜と行けばいいんじゃないの?」
「そ、それは恥ずかしいから!」
「ふぅん」
何か訝しむような視線を向けられた。
俺の演技が下手すぎたのだろうか。
心配になって来るが、姉は頷いた。
「まぁいいよ。たまには二人でお出かけも悪くないかも」
「ほんと!? やった」
「大げさすぎでしょ」
苦笑する姉にガッツポーズする俺。
単純にうれしかった。
と、そんな俺に姉は言う。
「なんだか、デートみたいだね」
その一言で、俺は顔が物凄く熱くなった。
笑う姉を他所に、俺はドキドキと胸を弾ませる。
実桜のお陰でクリスマスイブに姉とデートすることになったのだ。
感謝してもしきれない。
そして、クリスマスイブはやってきた。