第十四話
「あれ、実桜?」
まさか知り合いとなんて遭遇しないだろう。
そんな思いは一瞬にして砕かれた。
俺は今日から第一級フラグ建築士と名乗ってもいいかもしれない。
何の気なしに入った有名ファストファッション店。
そこにはクラスメイトがいた。
「田中ちゃん……」
俺の学校での隣の席の田中がそこにいた。
隣には背の高い茶髪のお兄さんがいる。
目が合うと、お兄さんは「こんちは」と頭を下げた。
「えと?」
お兄さんの紹介を求めるべく、田中に視線を送る実桜。
田中は言った。
「あ、私のお兄ちゃんだよ」
「そうなんだ」
話を聞いてみると、俺達と似たようなもんだった。
クリスマスも近いため、冬服を買いに来た田中だが、イマドキ男子の意見が欲しくて兄を連れてきたのだとか。
「へぇ、あたしたちと同じだね」
「そうだな」
「睦月君凄い恰好してる。斬新なファッションセンスだね」
俺の全身を眺めた田中はそんな事を言う。
やはり今の服装は酷いらしい。
「じゃあね」
そして、大した会話をすることもなく去って行った。
「まさか知り合いと会うなんてな」
「狭い街だから仕方ないよ」
「そりゃそうだけど」
しかし拍子抜けだったな。
俺の想定では『兄妹で買い物とかウケるー』とかなんとか言われると思っていたのだが。
まさかの向こうも兄同伴だった。
「案外みんな兄妹仲っていいのかな」
「さぁね」
まぁ俺達は少々事情が違うか。
一応血は繋がっていないし、加えて今の現状。
実桜は俺の彼女を演じ、俺は実桜の彼氏を演じるというクレイジーな設定。
こんな関係普通はあり得ないな。
それもこれも、俺が姉に対して歪な感情を抱いてしまったのが原因だが。
実桜は厚手のセーターを俺の胸に当てながら呟く。
「睦月はあんまりお兄ちゃんぽく無いよね」
「まぁ同い年だし」
実際、俺は兄面はしてこなかった。
実桜とは友達くらいのノリで接してきたしな。
それに、同い年の、学校なんかで同じ階にいる奴の面倒を見るのもおかしな話だ。
姉の年が離れていて、俺と妹両方の世話をしてくれていたせいもあるだろう。
「これ似合ってるね」
「カッコいい?」
「うん」
冗談で言ったのに普通に頷かれてこそばゆくなった。
やはりこういう照れがないのは兄妹ならではだ。
「やっぱ服で変わるねー。正直髪型でも大分印象変わったし」
言われてみれば、周りの反応も変わった気がする。
散髪後初日の登校時には田中に褒められた。
実はその後もクラスの女子に髪の毛を切ったことを何度か口に出されたのだ。
今まで素っ気なかった女子が、笑顔を見せてくれるようになった事実もある。
「見た目って簡単に変わるんだな」
「違うよ。睦月は元が良いんだよ」
「馬鹿言え」
俺は実桜ほど顔が整っているわけでも愛嬌があるわけでもない。
血が繋がってないから諦めはついているが、姉と妹が美人と褒められる中、コンプレックスに思う事も少なくなかった。
今更、俺の元が良い?
そんなわけあるかい。
とはいえ、言われて嬉しかったのも事実だ。
「素直じゃないなー」
ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてくる妹。
鬱陶しい。
「あ、このパーカー今の睦月の眼鏡に合うかも。ちょっと試着してきなよ」
「わかった」
俺は妹に手渡された可愛らしいデザインの服たちを持って試着室へ入る。
そして着替えながら、ふと思う。
「こんな関係、いつまで続くんだろうな」
兄妹とは言え、他人。
俺だって大人になれば家を出るだろうし、実桜もそうだろう。
自分の事として考えるのは難しいが、もしかすると実桜は結婚するかもしれない。
「それもちょっと想像できないな」
彼氏すらできたためしがないあいつに結婚なんて、笑えてくる。
少なくとも俺の彼女のフリをしてくれているような現状では、彼氏なんてできないだろう。
可哀想に。
だがしかし、それと同時に。
なんだか少し寂しい気持ちになった。
複雑だ。