第十二話
それから俺と実桜は互いに猛勉強をした。
実桜は友達や先生を頼って。
俺は姉を頼って。
死に物狂いで色んな奴に頭を下げて回る実桜の姿は、校内で何度も見かけた。
その必死さは引くレベルだった。
例の田中は『何、命でもかかってる?』と本気で心配していた。
残念ながらかかっているのは命ではなく、ミニスカサンタコスなのだが。
そして運命の日がやってきた。
「さ、今日は二人ともテスト返却があったはずだよね」
「「……」」
帰宅後、姉はニコニコと笑顔を向けてくる。
手に持つのは紙袋。
準備は万端だという事だろう。
「確認だけど、今回競うのは古典と現代文の合計点数ね」
「こ、古典だけじゃダメ~?」
「ダメ」
「ぬぅぅ……」
どうやら実桜は現代文の点数が思わしくなかったらしい。
交渉に失敗した妹は、俺を睨んでくる。
「なんだ。俺を睨んでも点数は増えないぞ」
「睦月の点数が下がればいいと思って」
「下がるわけないだろ」
くだらない会話をしつつ、気持ちを落ち着かせる。
正直俺も不安でいっぱいだ。
点数が負けることが怖いと言うより、あの紙袋の中身を押し付けられるのが怖くてたまらない。
神様、どうかお願いします。
「じゃあ古典から、はい実桜」
姉が促すと、実桜は少し照れながら言った。
「きゅ、九十一点」
「なぁにぃ!?」
叫び声が上がる。
声の主は言うまでもなく俺だ。
実桜はともかく、姉ちゃんはこんな気持ち悪い鳴き声は上げない。
「はい、むつ君」
「……七十五点」
「やったぁぁぁ!」
勝利の雄たけびが隣であがる。
今回のテストは単語や文法、または古典常識を問われる暗記問題が多かった。
流石に一週間の対策では間に合わなかった。
「まぁ悪くない点だね。頑張ったじゃん」
「姉ちゃん……」
「でもミニスカートは履いてもらうよ」
「姉ちゃん!?」
一瞬ほっとしたが、世の中は甘くない。
しかし、まだ勝負は終わっていないのだ。
「今度は現代文、じゃあむつ君から」
「八十七点」
「いやあぁぁぁぁあ」
断末魔の悲鳴が上がった。
俺は瞬間に勝利を確信した。
「実桜、現代文は何点だったの?」
「あは、クリスマスはあとひと月くらいあるけど……」
「で?」
「……あ、そう言えば今回の現代文、平均点低かったらしいよ」
「はい。それで?」
姉は惑わされない。
淡々と、妹の逃げ場を潰し、そして追い詰めた。
「さ、三十一点」
「「……」」
悲惨過ぎて声も出なかった。
どこをどう間違えたらそうなるのか逆に知りたい。
「古典と随分差があるな」
「間に合わなかったの!」
「……」
計画性が無いのは辛いな。
普通どっちも及第点は取ろうと勉強するものだ。
「むつ君が百六十二点、実桜が百二十二点。結果、むつ君の勝利」
現実は姉の口から残酷に告げられた。
‐‐‐
「ねぇ、ほんとに見せなきゃダメ?」
「もちろん」
「マジで恥ずかしいんだけど」
「大丈夫だって、ちゃんと可愛いの買ってあげたから」
姉はこのためにわざわざコスプレセットを購入していた。
恐ろしい行動力だ。
実桜はリビングのドアに身を隠し、顔だけ出した状態でぐずる。
「可愛いって、これ。結構露出……」
「ミニスカなんだから当たり前でしょ」
「下もそうだけど……」
顔を赤めて自身の身体を見下ろす実桜。
どんな風になっているのだろうか。
非常に興味がわいてきた。
「睦月、変態!」
「はぁ?」
「期待のまなざしを向けないで」
「期待はしてないぞ。興味があるだけだ」
「あんま変わんないよ~」
いつまで経っても部屋に入ってこない実桜。
しびれを切らしたのか、姉がため息をついて立ち上がる。
そして。
「ちょ、ちょっとおねーちゃん!」
「わお」
現れたのは真っ赤なサンタガール。
予告通りのミニスカートからこぼれる太ももはまぶしく輝く。
肉付きは良いが、だらしなくもない理想的な太さだ。
そして上半身。
何故か胸の谷間が露になっていた。
「こりゃ凄いな」
「でしょ?」
「もう! 恥ずかしい」
うずくまって体を隠す妹。
「どうせ実桜が負けると思ったから、結構可愛いの選んで買っちゃった」
「おねーちゃん!?」
「だって私が勉強教えたんだからね。むつ君が負けるわけないよ」
随分と期待されていたらしい。
俺も姉も、教わる方も教える方も苦労したからな。
期待にそえてよかった。
「古典の成績はちょっと驚いたけど」
「……」
やはり今までの遅れを一週間で取り戻すのは難があった。
それに、実桜がそこまで高得点を叩き出すとも思えなかった。
まぁ現代文の勉強を捨てていたと知れば、苦笑いが漏れるが。
「でもこれ、俺が負けてたら事件だな」
「ふふ。むつ君も着る?」
「冗談はやめて」
これは観賞用だろう。
自分が着るなんて想像しただけで鳥肌ものだ。
しかしなんだ。
身体つきは確かにエロいが、やはり妹だな。
こいつで興奮なんて全くできない。
「なにその冷めた目ぇ……」
実桜の恨みの混じった視線に晒されながら、俺はそんな事を思った。