第十一話
「ただいまー!」
リビングで姉からの指導を受けていると、元気な声と共に玄関が開く音がした。
ドタドタと騒々しい物音を立てながら、音の主はリビングに入ってくる。
「ただいま!」
「「おかえり」」
テスト勉強をしてきたとは思えないハイテンション。
返すこちらは疲れ切ったローテンション。
実桜は目をぱちくりさせる。
「あれ、おねーちゃんと睦月なにやってんの?」
「テスト勉強だよ」
テーブルには古典単語帳に教科書、文法書。加えて現代文の単語帳と漢字帳。
先程までの凄まじい戦闘を物語っている。
「え、おねーちゃんに教えてもらってたの?」
「そうだよ」
「邪魔しちゃった?」
少し申し訳なさそうに尋ねる実桜。
姉はそれに首を振る。
「いいよ。むつ君に勉強教えるの疲れてきてたし」
「ははは……」
恐らく実桜の言った邪魔の意味は違う。
勉強の邪魔をしたのではないかという事ではなく、俺と姉の二人きりの邪魔をしたのではないか、という事だったはずだ。
実桜は俺と姉の座るソファに座ろうとデカい尻を押し付けてくる。
「狭いって」
「睦月もっと右に行きなよ」
「そっちの椅子に座ればいいだろ」
「除け者にしないで!」
声をあげた後、実桜はふふんと挑発的な視線を向けてくる。
非常にウザい。
「可愛い女の子二人と密着したら興奮しちゃいますか」
「馬鹿言え」
誰がお前なんかに興奮するか。
それに、姉とは適度な距離感を保っている。
あまり近づきすぎると、頭がおかしくなるからな。
「ほんと、実桜とむつ君は仲良しね」
「「どこがだよ」」
このやり取りで仲良しという姉の感性は全く理解できない。
どう見ても喧嘩中なのに。
「はいはい。じゃあ座れよ」
俺が立ち上がり、ソファを譲ろうとすると実桜は首を振る。
「もうどうでもいいや」
「なんだと!?」
てめえこの野郎。
その空っぽの頭の中におがくずを詰め込んでやろうか。
と、姉が手を打つ。
「実桜、今回のテストはどうなの?」
聞かれて実桜はあっけらかんと言う。
「いつも通りだよ。文系科目じゃ睦月には負けないかな」
「そう。じゃあむつ君に負けたら罰ゲームね」
「ナニソレ」
戸惑う妹に、姉は先ほどの話を説明した。
「ふ、ふざけんな! 絶対ミニスカなんてやだ!」
「へぇ、逃げるのか?」
「睦月こそ、負けたらミニスカなのにいいの!?」
「今回俺には国立大の文系女子大生が味方に付いてるからな。負ける気なんて毛頭ない」
「あぁ! おかしいと思ったんだ! 睦月が単語勉強なんてするのおかしいと思ってたんだ!」
机に散らばる教材を指さす実桜。
「そういう事か! 二人してあたしを笑いものにする気だね!」
「嫌なら勉強すればいいでしょ?」
「うっ……むぅぅ。おねーちゃんの意地悪」
姉に慈悲の心はなかった。
というより、怠惰な俺に勉強を教えていたせいで気が立っている。
すまないな。
「で、どうするんだ?」
「やるよ。勝てばいいんでしょ? あたしだって、古典の先生に教えてもらうもんね!」
「あ、ズルい」
「先にずるしたのは睦月だもん」
姉に勉強を聞くくらいでズルだなんて言わないで欲しい。
作問者に教えてもらう方がよほど効果的だろうに。
「よし。じゃあ決まりね」
姉はそう言ってキッチンへ行く。
時計を見れば、既に七時を過ぎていた。
案外勉強に時間を使っていたらしい。
「おねーちゃん機嫌悪いけど」
「……俺の物分かりが悪すぎて」
「授業聞いてないからでしょ?」
「お前が言うな」
「あたしは後からフォローするもん」
「俺も今日フォローしてたんだよ」
言い合って、互いにため息を吐く。
「なんにせよ、あたし絶対負けないから」
「フラグかな?」
「睦月にミニスカ履かせてやる。写真撮って学年に拡散しちゃうんだから」
「ただのいじめじゃねーか」
恐ろしい事を言いやがる。
これはますます負けられなくなった。
これからもしばらく姉のお世話になりそうである。
そして、少しは真面目に授業を受けようと思った。
姉ちゃんに怒られるのは嫌いじゃないが、呆れられるのは悲しいからな。
何より、勉強を教えてくれる姉のためにも実桜に負けるわけにはいかない。