第十話
「これは、次のテストもヤバいね」
「そんなに?」
頭を抱える姉に尋ねると、呆れた顔を向けられた。
「うん。だってむつ君古典単語何も覚えてないでしょ」
「そ、そんなことないよ」
「じゃあこの、『けしき』」
「……景色じゃないの?」
「違います! 気の色って書いて『けしき』ね。様子とか、そういう意味」
「……」
本当に何一つ理解していなかった。
「テストいつだっけ?」
「来週」
「えー、間に合わないよ?」
「もっと早く姉ちゃんに聞けばよかったかな」
「違うでしょ。授業聞いてたらできたはずよ」
ごもっともである。
しかし、古典の授業というのは睡魔の地獄だ。
仮に別の作業をせずとも、まともに授業を受けるのは至難の業だと思う。
アレを楽しんで受けてるやつとかいるのだろうか。
いるならぜひ見てみたい。
「むつ君は物語が好きなんじゃないの?」
「自分が書く話は、好き」
「なるほど」
あるまじき発言だが、俺は読書が好きではない。
何故小説を書いているのかと聞かれそうだが、それは全く別の話だと思う。
小説家が読書家かどうかはわからないって話だ。
「現代文の授業は?」
「いつも気付いたら終わってる」
「寝てるじゃん」
しっかりしろと頭に左手を振り落とされる。
ちょっと気持ちいい。
「そりゃ実桜にも勝てないわけだ」
「あいつも授業中は寝てるらしいけど」
「でもテスト勉強するじゃん」
俺と実桜の差は勤勉さではなかった。
頼れる友達の有無だった。
しかし、今回は強力な味方がいる。
「じゃあ姉ちゃんに勉強を教えてもらってる今回は勝てるかも」
「本当だね?」
言うと姉は不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ今回、もし実桜に勝てなかったらどーする?」
「ぺ、ペナルティあり?」
「当たり前でしょ。勝負事なんだから」
参ったな。
面倒なことになった。
「えっと、丸坊主とか?」
「あはは! やめなよ。家族の私も恥ずかしくなるじゃん!」
大爆笑された。
「他はなんだろ。思いつかないな」
「むつ君にとって罰ゲームって丸坊主しかないの? 想像力が貧困だとラノベ作家になんてなれないよ?」
「じゃあ他は何があるって言うんだよ」
聞くと姉は顎に人差し指を当て、首を傾げる。
そして。
「私と手を繋いで近所を散歩、とか」
「ご褒美じゃん」
「え?」
「え? あ……」
心の声が漏れてしまった。
姉は心配そうな顔で俺を見つめる。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ。あは、あはは……冗談ですから」
「だよね。本気なわけないよね」
変なことを言うのはやめてほしい。
危うく家庭が崩壊するところだった。
せっかく嘘を積み重ね、実桜にまで手伝ってもらっているのに、こんなトラップに引っかかって気持ちを暴露しては意味がない。
恐ろしい姉だ。
「罰ゲームは実桜もできることにしたら? そうだな……ミニスカサンタコスとかどう? クリスマス近いし」
「それは俺が負けてもミニスカ? トナカイとかじゃなくて?」
「勿論」
なんの拷問だ。
実桜は多分普通に可愛いだろう。
本人は恥ずかしいかもしれないが、見ている方は楽しめる。
だが俺はどうだ。
吐瀉物を巻き散らかせてしまうかもしれないぞ。
と、そのまま伝えたが。
「なんで? むつ君のミニスカ見たいよ」
「……はい」
親にとって子供はいつまで経っても可愛いとは、よく言うものだ。
きっと姉にとって、俺は子供みたいなものなのだろう。
「別に、家の中で着るだけだよな?」
「もちろん。流石にそのまま近所を回ってこいだなんて言わないよ」
それならば、まぁいいだろう。
それに、負けなければいいだけの話だ。
実桜よりいい点数を取ればいいだけの話。
「え、この勝負って古典の点数だけ?」
「いや、現代文も合わせて国語科の成績で」
「……ちょっと漢字教えてください」
「自分でやりなよ!」
これは、ちょっと厳しいかもしれない。
と、姉が噴き出す。
「どうしたの?」
「いや、むつ君のミニスカ見たいし、勉強教えるのやめようかなって」
「ほんと、死んじゃうから。やめてくださいお願いします!」
これは、もしかすると無理かもしれない。
今のうちにすね毛でも剃っておこうと、そう心に決めるのであった。
と、そう言えば。
実桜はいない場所で勝手に罰ゲーム付き勝負をさせられる事が確定したわけで。
少し哀れである。