乗船
僕は再び夢を見た。
以前見た夢の続きのようだ。
僕は、美しい光に包まれた巨大な舟の乗船口に立っている。
目の前に、木製の簡易な階段があり舟に続いていた。
その舟に吸い込まれるように階段を上っていくと、船室に続く木製のドアが現れた。
ソッと押し中に入ると、簡素なテーブルと椅子が並べられていた。
僕は部屋の中心に進み辺りを見渡したが、人の気配がない。
「誰もいない…?」
その時、突然後方から声が聞こえてきた。
「やあ、よく来たね。」
僕は驚き、振り返って声の主を見た。
(人の気配さえなかったのに…一体どこから現れたんだ?)
そこには、顎に立派な白い髭を蓄えた老人が立っていた。
彼の瞳は不思議な輝きを宿し、ずっと見つめていたいという衝動に駆られた。
「あなたは…?」
僕は首を傾げながら老人に尋ねる。
「私は、この舟に乗船する人々を取りまとめている者だ。」
老人は笑顔で答えた。
(リーダーという事か…でも、僕とこのおじいさん以外の人はいないみたいだけど…)
僕は彼の優しい笑顔にホッとしながら再び尋ねた。
「この舟は一体何なのですか?僕はなぜこの舟に乗船しているのでしょう?」
「うむ…」
老人は頷くと窓を指差した。
「そこの窓から見てごらん。」
僕は丸窓から外を眺めると、沢山の舟がそれぞれ別の方角に向かって進んでいる姿が見えた。
「この舟や他の舟達は、どこに向かっているんですか?」
老人は穏やかな笑顔で僕の隣に立つと丸窓を覗き込みながら言った。
「ごらん。方舟はそれぞれに特徴がある。あの舟は一見大きく立派に見える。」
彼が指差す方向に目を向けると一際大きく重圧感のある舟が浮かんでいる。
「あれ?あの船…」
僕はその舟に見覚えがあった。
クラスメイトのユウキが乗り込もうしていた舟だ。
人々の乗船する順番で揉め、喧嘩をしていた舟だ。
「どうやら、見覚えがあるようだね?」
老人が僕の瞳を覗き込むように見つめながら問い掛けてきた。
「はい。あの舟は、人々が乗船する順番で揉めていました。僕のクラスメイトが乗り込もうとしていたんです。」
老人は、僕の肩を優しくポンと叩くと窓辺から離れ椅子に座った。
「君も掛けなさい。」
僕は椅子に座り、彼を見上げ次の言葉を待った。
「まず、この方舟達だが…これは、これまでの人々の行いに応じて乗る舟が別れている。君が先ほど見た舟は"利己主義達の舟だ"」
「利己主義達の舟…」
反芻した僕の言葉に彼は頷き更に続けた。
「自己の利益を第一に考え、他者の利益を軽視する…そのような考えを持った人々達が乗る舟だ。そして、舟は他にも"無関心の舟" "陰口の舟" "偏向的な舟" "凡庸の舟' "努力の舟" "思いやりの舟" など…まだたくさんの舟がある。そして、それらの舟はそれぞれ別の場所へと向かっているのだ。しかし、乗船している人々はどこに向かっているのかは知らない。」
「あの…それではこの舟は?」
「この舟は光を目指す者達が乗船している。」
「光を目指す?それは、どういう意味ですか?」
「この世を照らしたい…そう願う者達が乗船するのだよ。君は覚えがあるはずだ。この世の中を変えたい…暗い世の中を照らす光になりたい…そう願った事があるだろう?」
僕は、老人の話を聞き黙り込んだ。
確かに、僕はこの世の中を変えたい…そう願った事が何度もある。
しかし、そう願ったと同時に無力感が襲う。
ちっぽけな自分に一体何が出来るのかと苦しくなるのだ。
「君は、自分が無力だと思っているようだが…そんな事はない。この世の中を変えたいと思う気持ちが大切なのだよ。確かに君は、この地球上では小さな存在だろう。しかし、君と同じ志の人々が集まれば大きな力となるだろう。だから悲観する事はないのだよ。もっと自分に自信を持ちなさい。君が、この世を変えたい…照らしたい…そう願う事には意味がある。意味がない事は頭に浮かぶ事もなければ、願う事もないのだから。」
老人は、優しい眼差しで僕を見ると頭をそっと撫でた。
僕は、頷くと老人に尋ねた。
「あの…この舟には何人くらいの人達が乗船しているんですか?」
老人は僕を撫でていた手を下ろし、フーッと息を吐いた。
「この舟には、今は君と私の2人だけだ。」
「え!たった2人しか乗船してないんですか?」
「そう…現段階では2人だけだ。今は、生きにくい世の中を悲観している人々がとても多い。その為、光を見つけにくい。また、もがき苦しみながら生きている人々も多く、光を見失ってしまっている場合もある。」
「あなたと僕の2人だけで光を目指し、なおかつ世の中を変える事ができるのでしょうか?」
「現段階では非常に難しい…しかし、これから状況は変わるだろう。現在人々は、夢や希望を忘れてしまっている。だが、ちょっとしたキッカケで人々は、これらを取り戻す事ができるのだ。」
「ちょっとしたキッカケ…」
「そう…キッカケ。君がそのキッカケになりなさい。」
「え!僕がキッカケに?そんな…無理ですよ。僕には、特別な能力などありませんし…」
僕は、老人の言葉に驚き慌てて首を左右に振りながら答えた。
「特別な能力など必要ないのだよ。君は今までと変わらない行動を心がければ良いのだ。」
僕は、今までの自分の行動を思い返してみた。
しかし、老人の言葉に見合うような行動をしていたようには思えなった。
「あの…どんな行動の事なのかよく分からないのですが…」
老人は、僕の言葉を聞くと目を細め優しく笑うと言った。
「いつも通りの君で良いのだ。困っている人に優しく手を差し伸べたり、怪我をした動物を助けたり…君が何気なくしている事だ。」
僕は、これまでの事を思い返してみた。
確かに、怪我をしていた鳥を手当てして自然に返したり、困ったり悩んでいる友達の話を聞いて励ました事はあった。
でも、それが光を目指す事とどう関係があるのか分からなかった。
「君は、当たり前だと思ってしてきただろうが…それができない人々も多くいる事も事実なのだよ。君はそのままでいい。今までしてきた事をこれからも続けなさい。いつか、君の行動が人々の胸を打つ事になるだろう。」
「はい。分かりました。」
老人の言葉に胸が温かくなった。
僕は、なんの取り柄もない平凡な人間だと思っていた。
勉強もスポーツもそこそこ。
秀でた所はなく、クラスでも目立たない存在だ。
でも、今まで僕がしてきた事は無駄ではなかったと認めてもらえたようで嬉しかった。
「光を目指す事は、時には苦しみが伴うだろう。理解されず孤独感に苛まれる事もあるかもしれない。しかし、その苦しみや孤独感も後に大きな力となる。私の言ってる事が分かるかな?」
「はい。何となくですが…」
「今はそれで良い。いつか分かる時が来る。」
そう言いながら、僕を見つめた老人の瞳は美しい光を放っていた。
「私は、この時を待っていた。光を目指す者達が集う時を…」
老人が呟き椅子から立ち上がった瞬間、彼の全身から光が放たれた。
あまりの眩しさから僕は目を閉じた。
ーーチュンチュンーー
雀のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさで目を覚ました。
「またリアルな夢だったな…しかも、この間の続きだし…」
僕は、ベッドから下りカーテンを開けた。
ふと、空を見ると不思議な物が浮いている。
「ん?あれは何だ?」
僕は目を凝らし、それを見た。
「え!舟?まさか…あの方舟?」
僕は、まだ夢を見ているのだろうか?
何度も瞬きをし、もう一度目を凝らし見てみる。
すると、それはゆっくりと動き出した。
「やっぱり、あの方舟だ…」
方舟を見失わないように、瞬きも忘れジッと見ていると、老人の声がそよ風に乗せられ優しく吹き抜けていった。
「さぁ、共に光を目指そう…」
方舟は、徐々に小さくなりそしてフッと消えてしまった。
「光を目指す…」
自分に言い聞かせるように呟くと、体の奥から力がみなぎる気がしてくる。
「そう、光を目指すんだ!」
僕は空に向かって老人に聞こえるように叫んでいた。
「小さな事でも良い、僕ができる事をしていくんだ…」
僕は老人に誓うように呟いたのだった。
おわり
お読み下さりありがとうございます。
今回は短編小説となります。
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