9 夏休みのお誘い
夜。寮で食事の後、ベルティナとセリナージェは、いつもセリナージェの部屋で勉強したりおしゃべりしたりしている。
「レムのお勉強ははかどっているの?」
「私が教えられることなんてないのよ。レムはとても優秀なの。だから、そのぉ……教えるというより一緒にお勉強しているの」
「まあ! それはよかったわね」
ベルティナは名案を思いつき両手の平を胸の前で『パチン』とさせた。
「ねえ、セリナ。もうすぐ夏休みよ。レムを領地へお誘いしてみたら?」
「え! そ、そんなこと!!
………来てくれるかしら?」
「きっと大丈夫よ。」
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クレメンティがセリナージェ誘いを断るわけもなく、クレメンティが行くならもちろんイルミネもエリオも行くことになる。
こうして五人は、夏休みをティエポロ領で過ごすことになった。
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ティエポロ侯爵州ティエポロ侯爵領は、スピラリニ王国の中では北に位置しており、夏は王都より幾分か涼しい。
クレメンティは隣国の公爵令息なので王城から護衛が出されることになったが、クレメンティがあまり大事にしたくないと固辞して、騎馬騎士四名という護衛のみになった。これなら、侯爵令嬢の帰省には普通の護衛であろうから目立たなくて済むだろう。
道中何事もなく州都に到着した。セリナージェの家族は仕事の都合で今年の夏は帰省できるかどうかもまだわからない。
五人はお忍びで州都探索にでかけた。さすがに侯爵州の州都だけあってかなり大きな都市だ。
お昼前に出掛けたので屋台街へと足を向けた。近くに行くだけで肉の焼ける香ばしい匂いが広がる。焼き肉やサンドイッチを買い、設営テーブルに付く。クレメンティはさっそく串肉を外そうとした。
「レム、何をしているの?」
セリナージェがクレメンティの手元を見つめる。
「だって、このままじゃ食べにくいだろう?」
「レムって串肉食べたことないの?!」
ベルティナがびっくりして聞いた。
「ブッ! ブハハ! そんなわけないじゃん!」
イルミネは腹を抱えて笑っていた。
「じゃあ、どうして?」
セリナージェが首を傾げてクレメンティを見た。
「セリナのため? かな?」
エリオが代わりに答えた。クレメンティが赤くなる。
「やっだぁっ! そうだったの? レム、ありがとう! でも、郷にいれば郷にしたがえ、よ。こういうところではこれが正解なのよっ!」
セリナージェは串を持ち上げて串肉にかぶりついた。クレメンティは目を見開いた。
「わあ! 美味しい!」
「こう食べないと美味しくないわよね。フッ、ハハ!」
ベルティナも肩を竦めて笑った後に同じようにかぶりつく。クレメンティはベルティナの姿にも目を丸くしていたが、イルミネは大笑いエリオはニコニコとしていた。
「いいねぇ! 二人とも! 楽しみ方をよく知ってるじゃないか」
イルミネもかぶりつく。
「うん! 美味い!」
「どれ? ほぉ! 本当に美味いな。レムも食べよう!」
たくさん買ったはずの串肉はあっという間になくなりサンドイッチもすべて平らげた。
それから市街地をブラブラと歩く。そこにかわいい雑貨屋さんがあった。
「わぁ、これ、かわいい!」
「本当だ。どれもステキね」
セリナージェが喜んで近づいたそこには、色とりどりのビーズが使われた髪留めピンが並んでいた。
「あ、あの、セリナ。どれかプレゼントさせてくれないか?」
「え!」
セリナージェが赤くなる。
「す、すまないが、まだ、君の好みがわからないんだ。君はどれがほしいの?」
「あ、あのぉ……。レムはどの色が私に似合うと思う?」
クレメンティはどうしたらいいかわからなくてあわあわとしていた。イルミネが髪留めピンを一本を取り、セリナージェの耳の上辺りに合わせる。
「うーん、これはちょっと違うみたいだね。 こっちは? うーん、こっちもなんか違うねぇ。
レム。ちゃんと選んであげなよ」
クレメンティとセリナージェはお互いに顔を赤くしながら、髪留めピンを選んでいた。ベルティナにはそんなセリナージェが眩しかった。
三人は二人から少し離れて他の物を見ていく。
「ふふ、これ、かわいい!」
そこには、いろいろな模様が刻まれた鉄の刺しピンブローチだった。
「べ、ベルティナ! よかったら、お揃いで買わないか?」
エリオはどもりながらベルティナに声をかけた。
「まあ! それはステキね! 五人の仲間の印になるわっ!」
イルミネはポカンと口を開けたあと大笑いを始めた。ベルティナは何が可笑しいのかわからない。エリオはイルミネを肘でど突いていた。
結局、それぞれのお気に入りを五人とも買った。今日は全員で同じ左胸につけている。
「ふふ、本当にチームみたいね」
セリナージェはピンブローチを撫でていた。
「じゃあ、チームで明日は何をする?」
エリオが茶目っ気たっぷりに聞いてきた。こんなにテンションの高いエリオも珍しい。
「遠乗りに行きましょうよ!」
ベルティナはセリナージェの方を向いた。セリナージェが大きく頷いた。
「遠乗り? セリナは馬に乗れるの?」
クレメンティは今日は驚きの連続のようだ。
「ええ! 自分の馬を持ってるわよ。もちろん、ベルティナも」
「「ねぇ! アハハ!」」
二人で目を合わせて同じ角度に頭を傾けていた。あまりのピッタリに本人たちが笑ってしまった。
「ハーハッハッ! 二人は規格外でいいねぇ! すごく面白いよ」
「ああ、いつまでも一緒にいたくなるな……」
「え、あ、うん……。そうだな……。ずっと、一緒にいたいな」
エリオとクレメンティの声は、はしゃぐセリナージェとベルティナには聞こえていなかった。
「それなら、北の別荘がいいわ! 朝早く出れば夕方前には着くわ」
「湖がいいかしら?」
「そうね、こんなに暑いんだもの、少しは泳ぎたいわ。そうしましょう!」
二人を眩しそうに見ていたエリオとクレメンティには『泳ぐ』という言葉が耳に入らなかったようだ。『ギョッ』としていたのはイルミネだけだった。
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屋敷に戻り遠乗りの予定を決めていく。護衛が馬車で荷物を運んでくれることになり、身軽な乗馬を楽しめそうだ。
「あのさ。一日だけ予定を伸ばせるかな?
俺、忘れ物しちゃってさ。明日、三人でシャツを買いに行きたいんだ」
イルミネが両手を合わせて『ごめん、お願い』としていた。
「まあ! お買い物は誰かに頼んでもいいのよ?」
セリナージェは誰かに頼めないかと、使用人たちの顔を思い浮かべていた。
「いや、シャツは自分で肌触りとか見たいんだよね」
「イルってそんなに繊細か?」
イルミネがエリオを睨む。『何か意図がありそうだ』と考えたエリオとクレメンティはそれ以上は言わない。
「いいんじゃない。セリナ。あのお勉強の続きをしましょうよ」
「っ! そうね! それはいいわね! そうだわ、馬車を出してもらいましょうか?」
「いや、今日店の目星はつけたから、大丈夫。歩いて行けるよ」
急遽、翌日は別行動となった。
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「じゃあお昼には戻るから、昼食は一緒にしよう」
珍しくイルミネが三人の行動を決めているようだ。
「わかったわ」
「「いってらっしゃい」」
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屋敷から離れた辺りでイルミネが二人に話を切り出す。
「ねぇ、もしかして、二人とも遠乗りのこと、聞いてなかったの?」
「は? ちゃんと聞いていたぞ。セリナもベルティナも自分の馬を持っているんだろう? 荷物も大方まとめたし」
「ああ、僕もだよ」
エリオにもクレメンティと同様の内容しか頭に入っていないらしい。
「あっちで何をするか聞いてる?」
「そんな話していたか?」
クレメンティがエリオに首を横に振る。
「はあ〜、やっぱりな。あのさぁ、二人は水着は持ってきたの?」
「いや、この辺りに水辺はないと聞いてるよ」
エリオはもちろん場所について調べていた。
「それが、別荘の近くには湖があるんだって」
「「え!?」」
「それも、二人は泳ぐつもりでいるよ」
「お、泳ぐって、つ、つまり……」
エリオが頬を染めた。
「なっ!!!」
クレメンティは立ち止まってしまった。二人はそれに付き合う。
クレメンティには姉がいるが姉と水泳を楽しんだことがない。
エリオには女兄弟はいるし水泳もやるが、まだ妹は十歳だ。
イルミネには女兄弟はいないが……、問題ないらしい。
「ね! 先に覚悟しておかないと、暴走するか固まるか……。どちらにしてもおかしなことになるだろう?」
「ああ、そ、そうだな。イル。いい判断だ」
エリオがコクコクと頷いて、イルミネの肩を叩いた。
イルミネがクレメンティを押して再び歩き始める。しばらく歩けば洋品店の並ぶ通りになった。
「ほら、右を軽い感じで見て。凝視はするなよっ!」
エリオとクレメンティがイルミネに言われた通りに右をチラリと見れば、婦人服店のガラスのショーウィンドウにはマネキンが流行りの水着を着ていた。
クレメンティがよろめき、エリオはクレメンティを支えるようにしてショーウィンドウを凝視した。
「おいおい、マネキンでそれかよ。明日からが思いやられるよ」
イルミネは片手で顔を隠して天を仰いだ。
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