8 双子のお姉様
セリナージェはゆっくりとクレメンティを思い浮かべながら、クレメンティのいいところをあげていく。
「そうねぇ。真面目で、思っているより融通がきかなくて、でも一生懸命で、まわりのことを気にすることができる人、かな。それに優しいわ。
ふふふ、優しすぎて心配性なところもあるわね」
セリナージェは心配顔のクレメンティを思い出すとついつい笑ってしまう。
『まあ! すごく可愛らしい笑顔だわ。その笑顔がセリナの気持ちを表しているのではないから?』
ベルティナは嬉しくなった。セリナージェが男の子にこのようになったことは今までなかった。
「そんな人が人を騙したり、からかったりすると思う?」
セリナージェは、クレメンティが誰かを騙してほくそ笑んでいることを思い描いた。クレメンティの人物像には全く被らなかった。
「………。そうよね………」
ベルティナは、セリナージェを待つ。
「私、どうしたらいいのかしら?」
「んー…… セリナはどうしたいの?」
「よくわからないわ」
「じゃあ、レムに優しくされて、どう思ったの?」
「それはうれしかったわよ。だって、誰にだって優しくされたら、嬉しいものでしょう?」
「エリオもイルも優しいわよ?」
「そうね」
「今はまだ今のままでいいんじゃないかしら? きっと、自分で自分の気持ちがわかるときがくるわ」
「そうよね。すぐにお別れってわけじゃないしね」
セリナージェが少しだけ起き上がってベルティナの顔を見た。
「ねえ、ベルティナはエリオのこと、どう思っているの?」
「エリオ? なぜエリオが出てくるの?」
「………。ベルティナにもわからないことってあるのね。なんだか嬉しいわ。ふふふ」
セリナージェは、再び布団の中にもぐった。
ベルティナは、不思議そうな顔をしてセリナージェを見ていた。
セリナージェがまた話始める。
「あ、あのね、五人でストックの木の太さを測ったでしょう?」
「うん。子供になったみたいで、面白かったわね。ふふふ」
「うん。面白かったわ。それで、ね、その時、エリオとレムの手が繋がらないって言って、イルが私の手をどんどん離していって、イルの手が私の指先を掴んだ状態でやっと五人がつながったの」
「ええ、私もそうだったわよ。イルは震えながら、私の指先を離さないように頑張っていたわね」
また、セリナージェが黙ってしまった。ベルティナはセリナージェを見ないで上を見たまま待っていた。
「それなのに、ね……。レムったら、私の手をギュと握って、全然離そうとしないのよ。レムが私の手をイルみたいしたら、きっとすぐに届いたわ。まるで、届きたくないみたいに……」
ベルティナは慌てて布団を目元まで被った。ベルティナの手を繋いでいたエリオもそうしていたことを瞬時に思い出したのだ。ベルティナはその時、イルミネの頑張りにばかり目を向けていた。
エリオとクレメンティの手が届かなければ、エリオとベルティナはずっと手をつないだ状態が続く……。ずっと…………。
「も、もう、寝ましょう」
ベルティナは、誤魔化すように、セリナージェを促した。
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
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次の日は日曜日だ。ティエポロ侯爵邸にセリナージェのお姉様方が、お昼過ぎに遊びに来た。セリナージェのお姉様たち、ボニージェとメイージェは双子だ。
二年前にそれぞれ伯爵家に嫁ぎ、二人とも現在妊娠中。どちらも旦那様が王城に仕えているので王都で暮らしている。
サロンの窓を開け放てば、涼しい風が通る。四人はサロンでお茶をした。
「お姉様方、お体の具合はどう?」
「とても良くなったの。やっと落ち着いたってところかしら」
「わたくしもそうね。先月などはずっとベッドの中でしたもの」
ボニージェの言葉にメイージェが賛同した。
「安定期になりましたのね。お二人の赤ちゃんに会えるのが楽しみです」
「ベルティナ。ありがとう」
「ベルティナ。セリナのことも、いつもありがとう」
二人はそっくりな笑顔をベルティナにむけた。
「二人はもう学園の三年生でしょう。ステキな殿方は見つかりましたの?」
「そんな、簡単なお話じゃないんです」
セリナージェが少し唇を尖らせた。
「あら? 昨日、ステキな殿方が三人もいらしたと、お母様からお聞きしましたよ」
『お二人は、おば様から偵察を頼まれたのだわ。おば様は昨日、エリオたちともっと話をしたそうだったもの』
ベルティナはそう察した。だから、あまり口出ししない方がいいだろうと聞く側にまわる。二人のお相手はセリナージェに任せることにした。
「三人ともクラスメートですよ。席も近いので、お話することも多いのです」
「まあ、そうやって、親睦を深めてますのね。いいことだわ。どんな方たちなの?」
「隣国のピッツォーネ王国からの留学生です」
セリナージェはすまし顔でどんどんと質問に答えていく。
双子のお姉様たちとのお茶会はいつも穏やかでリラックスできて自然と会話が弾む。ベルティナは今日の話題が昨日の話で、お姉様たちはセリナージェから聞き出したいのだと察した。
「まあ、あちらは気候が穏やかで過ごしやすいと聞いているわ。それで、どういう感じのお方なの?」
「真面目で、思っているより融通がきかなくて、でも一生懸命で、まわりのことを気にすることができて、優しい人だわ」
セリナージェは昨日ベルティナにされた質問なのでスラスラと答えることができた。
「そう、とても良い方のようね。お名前は?」
「え?」
セリナージェは一人の人だけを思い描いていたことに気がついて顔を赤くした。
「ベルティナ。教えてくださる?」
「今の説明ですと、ガットゥーゾ公爵家ご長男のクレメンティ様だと思います」
ベルティナは笑いをこらえて答えた。
「なっ! ベルティナったらっ!」
セリナージェはベルティナを睨む。
「まあ、セリナ。ベルティナを責めてはいけませんわ。わたくしたちは三人の殿方のことを質問したのに、セリナがお一人の方のお話しかしなかったのでしょう?」
「お姉様……。意地悪です」
セリナージェはボニージェを恨めしい目で見た。
「まあ、そうおっしゃらないで。わたくしたちは心配なの。この家にはお兄様とわたくしたちがいて、家についてはどうにかなるわ。だからお父様もお母様もあなたを自由にしてきたでしょう?」
「お兄様やわたくしたちも、ね。
でも、セリナはもうすぐ十八歳なのよ。そろそろ大人にならないとお嫁に行くところがなくなってしまうわ」
二人はまるで示し合わせたかのようにピッタリであった。
「お嫁って! まだ恋もしていないのにっ!」
セリナージェが必死になる。
「ふふふふ、もうその方に恋をなさっているではないの?
『殿方』と言われて、頭の中にたった一人しか出て来なかったら、それは恋が始まっているのよ」
ベルティナの頭にたった一人が浮かんでしまった。ベルティナは心の中で慌てた。でも、顔には出さなかった。
「もう、お姉様たちったらっ! やめてくださいな。私、明日からどうしたらいいの?」
セリナージェが顔を両手で隠して下を向いてしまった。
「気がついてからが大切ですわね。あなたが、お相手にしてあげたいと思うことをしてさしあげればいいのよ」
ボニージェがゆっくりとお茶を口に運んだ。
「無理にするのではなく、自然にですわよ。自分の気持ちをゆっくり温めなさい」
メイージェがゆっくりとお茶を口に運んだ。
「お姉様たちのお言葉は難しいわ」
「ふふ、セリナ。考えることは大切よ。あなたの将来にも関わるのだから」
ボニージェがカップをテーブルに置く。
「ベルティナもよ。あなたの頭に浮かんだその方をまずは大事になさいね」
メイージェがカップをテーブルに置く。メイージェの言葉に、ベルティナは肩を揺らしてびっくりした。
「エリオだったでしょう?」
さらにびっくりして、目を見開いたままセリナージェの顔を見た。
「昨日の殿方のお一人ね。ふふ、恋は楽しんだ方がいいわ、ね、メイー」
「ボニー、わたしたちの学園時代を思い出すわね」
それから、二人は自分たちの学園時代の話をベルティナとセリナージェに聞かせた。二人は確かに今の旦那様とは小さい頃からの婚約者であったが、その旦那様方に学園時代に恋をしたそうだ。
二人の恋物語はとてもロマンチックだった。
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月曜日、ベルティナとセリナージェは屋敷から学園へ登校した。二人が教室へ入ると、まずはイルミネが見つけてくれた。こういうとき、彼の明るさはとても素晴らしい。
「おっはよぉ! この前ごにょにょ……」
クレメンティに口を押さえられる。エリオがイルミネの頭を『コツン』と叩く。
五人でランチをしていることも、五人で出かけたことも内緒なのだ。特にロゼリンダたちには知られたいことではない。出かけたことは隠したいわけではないが、知られたら面倒くさいとは思っている。
三人の絶妙なチームプレーに、ベルティナもセリナージェも笑ってしまった。
でも、ベルティナは、ちょっとだけ、またひっかかりを感じた。
とにかく、イルミネのおかげで自然に話ができたことは間違いない。
エリオとクレメンティが小さな声でクッキーのお礼を言った。
その日から、クレメンティの態度は一変していた。休み時間に後ろを向いて話をすることはもちろん、教室移動にもセリナージェと並んで歩く。朝には、玄関前でセリナージェを待ち、教室まで一緒に歩くほどだ。
ベルティナとエリオとイルミネはさり気なく少しだけ距離を置くようになった。そうすることで見えるセリナージェの笑顔がとても幸せそうに見えて、ベルティナは自分のことのように嬉しかった。
「セリナ。放課後なんだけど。よかったら、図書室で勉強をみてくれないか?」
クレメンティが前のめりでセリナージェを誘う。セリナージェは嬉しそうにしながらも、控えめに下がる。
「それなら、ベルティナの方がいいわ。ベルティナはとても優秀だから」
「セリナ。ごめんね。私、先生に呼ばれているのよ」
もちろん、嘘だ。こうして、セリナージェとクレメンティは放課後には図書館デートをするようになった。
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