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6 ストックの丘

 ベルティナとセリナージェは、ベルティナのお願いで前日からティエポロ侯爵邸へ戻っていた。ベルティナは朝早くから起き出して忙しそうだ。セリナージェも朝食の後には手伝った。大きな籠四つが用意ができたころ、三人がやってきた。

 玄関ではベルティナとセリナージェだけでなくティエポロ侯爵夫人も迎えた。


 執事がドアを開け三人が入ってくる。


「まあ、いらっしゃい! ステキな男の子たちねぇ。ふふふ」


 ティエポロ侯爵夫人が満面の笑顔で出迎えた。


「ティエポロ侯爵夫人様。ピッツォーネ王国、ガットゥーゾ公爵家が長男クレメンティと申します。以後お見知りおきください」


 クレメンティがガチガチの表情で裏返った声でティエポロ侯爵夫人に挨拶をして、深く頭をさげた。セリナージェはその姿にびっくりしており、ベルティナは肩を揺らして笑っていた。

 イルミネとエリオは、極々普通に挨拶する。


「フフフ。みんな可愛らしいのね。セリナもベルティナも目が肥えてますこと。ふふ」


 扇で隠された夫人の笑顔の独り言は、周りには聞こえない。


「三人とも、こちらに来て!」


 セリナージェが中庭に3人を誘った。3人は夫人に軽く頭を下げてセリナージェについていった。


 そこには見事なガーベラが咲いていた。


「あの時の花かい?」


 エリオはすぐに春休みのボランティアを思い出した。クレメンティとイルミネも納得していた。


「ほとんど庭師の方の力なのだけれど、キレイに咲いたから見てもらいたかったの」


「もう! ベルティナったらっ! 『私たちも頑張ったのよう』でいいじゃない。真面目なんだからぁ」


 セリナージェはベルティナをからかった。


「その真面目さがベルティナのいいところの一つだろう?」


 エリオがこれまたあまりに真面目に答える。一瞬五人に間が空き、ベルティナが真っ赤になった。そんなベルティナを見て三人は笑っていたが、エリオもまた赤くなって頭をかいていた。


「セリナはどの色が好きなんだ?」


 クレメンティがなんの脈絡もなく質問する。


「ガーベラはどんな色でも好きよ。こうしてお庭にあっても、切り花でお部屋にあってもステキよね」


「そうか。セリナにとてもよく似合いそうだ」


 クレメンティは無自覚に褒めて、セリナージェが頬をほんのり染めていたことに気がついていないようだった。イルミネはどちらのこともニヤニヤと見守っていた。


 五人はしばらく庭を散策して中庭を後にした。


 侯爵家の馬車へと乗り込む。


「では、お母様。いってきまーす!」


「いってまいります」


 ティエポロ侯爵夫人にセリナージェはヒラヒラと手を振るがベルティナは丁寧にお辞儀した。


 五人は狭さの理由から、クレメンティとイルミネが並んで座り、セリナージェとベルティナとエリオが反対側に座った。


「ベルティナ。僕の隣で嫌じゃないか?」


 エリオが気遣うがベルティナは不思議そうな顔をした。


「ランチではいつも隣じゃないの。気にしないで。ふふ」


「そ、そうだな」


『違う意味で気にしてほしいのだが』


 エリオは心の中でがっくりした。

 それを察したイルミネは『クックックッ』と笑っていた。ベルティナとセリナージェにはイルミネが笑っている理由がわからない。クレメンティがイルミネにキツめの肘打ちをした。


「っと! 今日は二人ともかわいいね。夏が近いなって思えるよ」 


「イルはいつも上手ね。そういう三人もとても涼し気でおしゃれね」


 そう返したセリナージェだが褒められれば嬉しいものだ。可愛らしく笑顔になった。


「ホントに? 女の子に服を褒められるって嬉しいなぁ。言わなきゃ伝わらないことってあるよね。なあ」


 イルミネはそう言って隣のクレメンティに肘で『コツン』とする。


「あ、ああ、すごく似合っている。うん!」


 クレメンティは恥ずかしそうに頬を染めた。


「そうだね。二人ともステキだね」 

 

 エリオもすぐに追従した。


「ふふ、ありがとう」


 ベルティナも笑顔でお礼を言った。セリナージェが窓を少し開けた。


「今日はいいお天気でよかったわね」


「そうだな。どのくらいで着くのかな?」


 クレメンティもセリナージェと同じ窓に近づく。


「執事さんの話だとお昼前には着くそうよ」


 クレメンティの質問にベルティナが答えた。


「え、それなら、どこかで食べてから行くか?」


 エリオが慌ててイルミネを見た。イルミネは首を左右に軽く振った。


「エリオはよく見てないんだねぇ。メイドさんが何やら用意してくれていたじゃないか」


 セリナージェは少しばかりびっくりしてイルミネを見た。


「イルは目敏いのねぇ?」


「まあね。セリナのお母様がとても美しいのもちゃんと見たよ。な、レム?」


 クレメンティがなぜか赤くなって小さく頷いた。


「セリナにそっくりだったね。な、レム?」


 クレメンティはさらに赤くなって頷いていた。これにはさすがのセリナージェも赤くなった。

 ベルティナは隣のエリオを見た。エリオはベルティナの視線を感じて、ベルティナに頷いた。


「イル。その辺にしとけよ」


「はーい。プックック」


 そこからは、いつものように話をしていき、クレメンティもセリナージェも復活した。


 丘の下に着くと、先に降りたエリオはベルティナとセリナージェをエスコートして馬車から降ろす。


「わあ! ステキ!」


「こんなに遠くからでもわかるなんて凄いわね」


 馬車を降りると見上げただけで木の大きさがわかる。二人は歓喜の声をあげた。


 馬で同行してくれた護衛たちが籠を持ってくれたので、五人はそれぞれ丘を登り始める。


 まず、セリナージェがツラそうにした。クレメンティが手を差し出す。先程のことがあり、セリナージェは少し恥ずかしそうだったが、その手をとった。クレメンティがセリナージェに合わせてペースを落とした。


 それを見た三人は少しだけペースをあげて二人から離れる。

 それが災いしたのか、ベルティナも息が上がってしまった。エリオが手を差し出した。


「ありがとう」


 ベルティナは躊躇しないで手をとった。


「こんなことは予想していなかったわ」


「僕はとてもラッキーだ」


 エリオは前を向いたまま呟いた。


「え? 何? エリオ? 聞こえなかったわ」


「いつでも頼ってね。ベルティナ」


 今度は振り向いて言った。ベルティナに向けられたエリオの笑顔はとても優しいものだった。エリオの美形笑顔にベルティナは少しだけ『ドキリ』とした。


「エリオ……。うん、ありがとう」


 ベルティナは、『ドキリ』としたことを無視して、笑顔で答えた。


〰️ 


 丘の上に着いた頃には、ベルティナは膝に手を置いてしまうくらいヘトヘトだった。


「ベルティナ。振り向いてごらん」


 ベルティナが肩で息をしたまま振り向くとそこには王都が本当に一望できた。真ん中にそびえる真っ白なお城、そこから広がる町並み。西の端は見えなくてこの町がどこまでも続いているかのようであった。


 ベルティナは息を飲んだ。それから両手を広げて深呼吸する。この国の栄華をとても誇らしく思うことができた。


「すごいわぁ! すぅ、はぁ! 気持ちいい!」


 ベルティナは珍しく大きな声を出した。


「うん、キレイだね」


 エリオはそれを優しい目で見つめていた。


「うん。ピッツォーネ王国王都にも勝るとも劣らない。すごい景色だ」


 イルミネもふざけることなく感動していた。


 しばらく、三人はその景色に見惚れていた。それから、ゆっくりと登ってきたクレメンティとセリナージェが到着して、今度は五人で景色を堪能した。


〰️ 


 丘の上には何組かのカップルやグループがすでにいた。一つのかごから大きなシートを二枚だす。空いているスペースに三十メートルほど離して二枚を敷いた。


「エリオ、この籠を一つ持ってもらえる?」


「いいよ」


 エリオはベルティナについていった。離れて敷いた方のシートだった。


「これ、みなさんの分です。ゆっくりなさってください」


 ベルティナの言葉に、護衛の三人は立ち上がってお礼を述べた。


「ベルティナ様。ありがとうございます。お嬢様にもよろしくお伝えください」


「料理人から聞いてます! ありがとうございます!」


 護衛たちの言葉にベルティナは笑顔を返した。


「あ、あとさっきの話は叔父様と叔母様には秘密でお願いしますね。本人の気持ちがフワフワなのにまわりに何か言われると意固地になっちゃうんで」


 ベルティナはセリナージェがクレメンティと手を繋いで丘を登ったことを侯爵夫妻が聞いたらセリナージェに何も聞かないわけにはいかないだろうと思った。恋愛に慣れていないセリナージェが何も自覚しないうちにいろいろと聞かれたら恥ずかしがってしまうだろう。そしてクレメンティを避けるようになってしまうかもしれない。


 ベルティナは人差し指を口に当ててにっこりとした。エリオは横顔を見ていただけなのに、ドキリとして、その後その可愛らしい顔が自分に向けられたものでないことに少し拗ねた。それを振り払うように自分の頬を軽く『ペチリ』と叩いた。


 そんな様子のエリオには気が付かず、ベルティナと護衛たちの会話は進んでいく。


「ハハハ! さすが、ベルティナ様はお嬢様をよくご存知だ。

畏まりました。先程は五人でそれぞれ登ったことにいたしましょう」


 他の護衛たちもわかったと頷く。しかし、ベルティナは違うことを考え出していた。

 『五人それぞれ』という言葉に、ベルティナは自分もエリオと手を繋いだことを思いだし顔を赤くした。


「では、ゆっくりしてください」


 それを誤魔化すように急いでその場を離れた。エリオが追ってきて隣に並んだ。


「あれは、護衛たちのランチだったのか。僕たちは気が利かないな」


 エリオが苦笑いした。ベルティナは赤くした顔を隠すように両手を頬に当てていた。そのままエリオと目を合わせた。エリオは苦笑いも美しい。でも、ベルティナはエリオには本当の笑顔になってほしいと思った。


「それは女の領分でしょう。気にしないで楽しんでくれた方が嬉しいわ。ね」


 ベルティナがエリオを見て確認する。


「ふふふ、そうか、そうさせてもらうよ」


 エリオとベルティナが三人のところへ戻る頃には、ベルティナの頬の熱さも引いていた。セリナージェたちが待っている。こちらはすでにランチの用意が済んでいた。空いている場所に並んで座る。


「どうぞ、召し上がって」


 セリナージェが両手を広げて三人にすすめた。


「よしっ! いただこう!」


 エリオの言葉で二人も挨拶して三人は食べ始めた。

ご意見ご感想、評価などをいただけますと嬉しいです。


毎日、午前中に更新予定です!

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