5 茂みの奥
ベルティナは廊下の角を曲がると歩いたまま大きなため息をつく。
「はぁ!」
「ベルティナ!」
突然後ろから声がかけられた。後ろから追いかけてきたのはエリオだった。ベルティナは少し歩調を緩めた。追いついたエリオはベルティナの隣に並んで歩く。
「もう! びっくりしたわ」
ベルティナはエリオにわざと笑ってみせた。きっと先程のことを見ていたのだろうと予想できたからだ。
「あ! ごめんごめん」
エリオがいつものように頭をかいていた。ベルティナはエリオのそのくせが親しみを持てて好きだった。
「なんか……さ。僕たちが迷惑かけてるね。ごめん」
エリオは歩きながら小さく頭を下げた。ベルティナは一応考えてみたが、エリオたちを悪いと思うことはできなかった。
「…………。別に……そんなことないわ」
「あのさ。さっきのベルティナかっこよかったよ」
エリオは頭をかきながらベルティナを褒める。
ベルティナは頬が赤くなるのを感じた。クレメンティには何も思うところはない。が、女同士の言い合いというやなことを聞かれてしまった恥ずかしさと褒めてもらった恥ずかしさで頬はどんどん赤くなった。
「助けようと思って近くに潜んでいたんだけどさ。無用だったね」
エリオが照れ笑いをしていた。ベルティナはエリオが自分を助けてくれようとしていたことに驚いた。
「そんなっ! あなたたちはまだ学園にも慣れていないのに……。本当に気にしないで。
それより、貴方も私と一緒にいない方がいいかもしれないわよ」
エリオのその照れ笑いが美形であったのでベルティナは心配になった。
「僕は子爵家三男だからね。誰も相手にしないさ」
「そんなことないわ。あなたのまっすぐなところとかちゃんと知れば、ステキな男性だってわかるわよ。それにエリオはかっこいいと思うわよ」
「え?!」
エリオが真っ赤になった。それを見てベルティナも自分の失言に気がついた。
「い、一般論だから」
ベルティナも赤くなる。少し歩調を早めた。でも、エリオはすぐに追いつく。
「そ、そうか。
でもね、ベルティナ。レムはダメだよ。絶対に……」
エリオは急に口調が厳しくなった。ベルティナはとても不思議に思った。
「え? ええ、わかっているわよ。自分の立場はよぉーくね。心配しないで」
ベルティナは男爵家であることを言われたのだと思った。
「そういう意味ではないんだけどな。でも、レムを男として見ないでくれるならそれでもいいや」
「え? どういうこと?」
エリオの答えを聞く前に教室についてしまい、それ以上は聞けなかった。
次週の王立公園における教会主催の花壇作りのボランティアには、多くの令嬢が参加していた。壁に耳ありドアに目あり。誰かがベルティナたちの話を聞いていたのだろう。
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三人が留学してきてから、三週間。
初日以外はロゼリンダたちがクレメンティたちと昼食を食べている。
ある日の昼休み。ベルティナとセリナージェはいつもの場所でランチボックスを開けていた。見つかりにくいこの場所の前の茂みが大きく揺れた。『ドキッ』とした二人の前に現れたのは、なんとイルミネだった。
「うわっ! びっくりしたぁ! こんなところに人がいるなんてっ!
って、セリナとベルティナじゃないか!」
「イル。こんなところにきて、どうしたの?」
「いい逃げ場所を探し中。ねぇ。ここ、なかなかいいね。俺たちも混ぜてよ」
ベルティナとセリナージェは顔を合わせて小さく頷いた。
「それは構わないわよ」
セリナージェが了承した。
「わぉ! サンキュー!」
イルミネはベルティナの隣の芝生に座りこんだ。
「うん! 気持ちいいなぁ」
「じゃあ、三人の分のランチボックスも用意しておくから、三人はここが見つからないように気を配りながら来てね」
ベルティナが小さな決め事をしていく。
「五人分も持てるの?」
「籠を持っていけば済むことだわ」
「ありがとう! 本当に助かるよ。彼女たちがしつこくて。それに、俺にはあのランチが楽しいと思えないし。かと言って、食堂室では彼女たちから離れられないんだよねぇ」
「それは、そうでしょうねぇ。レムは優良なお相手らしいですからねぇ」
セリナージェの棘のある言い方にベルティナが慌ててしまった。あれから数日経つがベルティナもエリオも教室では話題に出さなかった。
「セリナったら。レムが悪いわけじゃないんだから」
「エリオから聞いたよ。ベルティナ。ごめんね」
「だから、あなたたちが気にすることじゃないわ。女同士のちょっとした……あれよ……。
こういうことをうまく説明する勉強はしてないわ」
ベルティナは両手を腰の脇で広げておどけて困ったポーズをした。ベルティナの冗談にセリナージェとイルミネは大笑いした。ベルティナはこの場にクレメンティがいなかったことにホッとしていた。今のセリナージェの勢いなら、クレメンティの前でも嫌味を言ってしまいそうだと思えた。
翌日の昼休みを約束してその場は別れて教室へ戻った。ベルティナはなぜか少しウキウキしている自分に気がついたがすぐに否定して午後の授業に気合を入れた。
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翌日、ベルティナとセリナージェは五つのランチボックスと三つのサンドイッチを持って、いつもの場所へ行った。シートを四枚小さな四角になるように敷く。ベルティナとセリナージェは一枚に二人で座っている。
昨日と同じ場所の茂みが揺れた。
「へぇ! ここはいいね」
大きな体を縮こませてクレメンティが来た。後ろにはエリオもついてきている。
「おお! 結構開けているんだな」
「二人ともお待たせ」
イルミネが二人に手を振った。
「とにかく座って」
セリナージェがそう言うと、3人は改めてその場を確認した。
「シートまで用意してくれたのかい?ありがとう」
エリオがベルティナの隣に座ると、クレメンティもセリナージェの隣に、イルミネはエリオとクレメンティの間に、当たり前のように場所がきまった。
三人とも靴を脱いでまずはあぐらをかいた。
「確かにこれは気持ちがいいな!」
クレメンティがあぐらをほどき長い足を投げ出す。シートからははみ出てしまっているが気にした様子はない。
「だろう! リラックスできるよな」
「あれ? 僕達の分、多くないか?」
エリオが自分たちのぶんとベルティナたちの分の違いに気がついた。
「春休みにあなたたちがどれだけ食べるかは何度も見てるもの! ねぇ、セリナ、ふふ」
「クスクス。私たちと同じランチボックスじゃ足りないでしょう?」
「わぉ! さっすがぁ!」
イルミネは大喜びで早速サンドイッチの箱を開けた。
五人はランチを始めると春休みの頃のように話が弾む。
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昼休みが終わる頃、ベルティナたちはバラバラに教室へ戻った。次の休み時間になるとロゼリンダたちがクレメンティの席へとやってきた。
「クレメンティ様。お昼休みはどちらにおいででしたの。わたくしたち、ずっとお待ちしておりましたのよ」
ロゼリンダはクレメンティに詰め寄る。クレメンティはどこ吹く風と飄々といなした。
「ロゼリンダ嬢。大変申し訳なかったね。留学の内容について三人で先生に呼ばれていたのだ。これからも先生との話し合いが昼休みになりそうだから、僕たちのことは気にしなくていいよ。君たちのお陰で食堂室を使うことにも慣れたし。
これまでどうもありがとう」
クレメンティにそう言われるとロゼリンダたちは下がるしかない。
ロゼリンダはすぐに振り返って席へと戻って行った。フィオレラとジョミーナはベルティナを睨むことは忘れなかった。
『レムは先生とのランチだって言ってるのに、どうして私を睨むのよ?』
ベルティナは少しだけ口を尖らせた。それにしても、女の勘は恐ろしい。
こうして、晴れの日には五人でランチをした。雨の日には、三人は本当に先生の部屋で食べているようだ。イルミネがベルティナとセリナージェを見つけたのは偶然であり、ロゼリンダたちの誘いを断るために本当に先生の部屋で食べるつもりだったのだろう。
ベルティナは雨の日を残念に思うようになっていた。しかし、その気持ちがどこから来るものなのかをベルティナが考えることはなかった。
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六月になった。いつものような昼休み、いつもの場所で五人はランチをしていた。
「三人とももうすっかり学園に慣れたみたいね」
「うん。毎日楽しいよ」
セリナージェもエリオもランチボックスのおかずを口に運びながら楽しそうだ。
「あ、そうだ。久しぶりに五人で市井に行こうよっ!」
「おお! それはいいな」
イルミネの提案にクレメンティも乗り気だ。エリオもモグモグと食べながら、ウンウンと賛成の意思を出している。
「いいわね、どこに行く? ベルティナ。行きたいところある?」
セリナージェもその気になり、ベルティナに意見を求めた。
「ストックの丘へ行ってみたいわ」
ベルティナは前々から考えていた場所を口にした。
「僕たちは聞いたことがないな?」
エリオの視線での確認に二人も頷いた。
「私も知らないわ」
セリナージェも目をクリクリさせている。
「大きなストックが一本だけ立っていてね、王都が一望できるんですってっ! クラスの女の子から聞いたのよ」
「へぇ! それは見てみたいな」
「そうだな」
「じゃあ、明日は朝に屋敷に行って、馬車と護衛を頼みましょう。寮の前に集合すると目立つから。
あとで地図を書くわね。ここから十五分ほどよ」
セリナージェが『決まり』というように話を進めた。
「セリナの家にいくのかっ?」
クレメンティが裏返った声で確認してきた。
「ええそうよ。護衛がいないと出かけられないもの」
セリナージェは不思議そうにクレメンティを見た。
「プッ! レム。気合い入れすぎるなよ」
セリナージェとベルティナには全く意味がわからなかった。エリオはからかっていると思われるイルミネを呆れた顔で見たが、特に注意もせずセリナージェに答えた。
「とにかく。明日の朝、寮で食事を済ませて十時頃伺うよ」
エリオの一言で決定した。
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