4 違和感
ベルティナは、なぜかあまり話さなかった。実はこの三人にまだ違和感を感じていたのだ。それをずっと考えていた。
「ベルティナもそれでいい?」
エリオが心ここにあらずのベルティナに確認する。
「え? あ、何?」
「ベルティナ。今からレムをクレメンティ様って呼べる?」
セリナージェがお茶目っぽくベルティナに聞いた。
「それは……まあ……できるけど」
「ハハハっ! 真面目なベルティナらしいね。でも、俺たちはそれを望んでないからさっ。ね、エリオ?」
ベルティナの真面目さもイルミネにかかれば笑いの種だ。
「そうだな。そうしてくれると嬉しいな」
ベルティナはびっくりしてセリナージェを見た。だが、セリナージェが頷いているので、ベルティナは反対することはしなかった。女の子二人の中では、セリナージェが高位なのだから。まあ、二人はそんなことは気にしていないが。
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ベルティナとセリナージェはいつものように寮の夕食の後、セリナージェの部屋にいた。
「ねぇ。あの三人だけど、何か違和感ない?」
ベルティナは朝からずっと考えていることをセリナージェに相談してみた。
「えー? 別に何も感じないけど? 王都散策の時からあんなだったでしょう?」
「そうね。それはかわらないと私も思うわ」
ベルティナも春休みを思い返してみた。確かに三人の雰囲気は同じままなのだ。それなのに今更違和感を感じてしまう。
「それよりこれからどうする? 昼休み……」
セリナージェは違和感を感じていない。それより、今日の騒ぎの方が気にかかる。美男子である三人に女の子たちが取り巻きになっているのだ。放課後などは気にしないが、昼食が抜きになるようなことになれば可哀想だ。何せ、三人が結構大食なとことは知っている。とはいえ、男子生徒なら普通の量だ。
「うん。あれでは、しばらくは付き合ってあげないと可哀想よね?」
「そうね。じゃあ、そうしましょう」
だが、次の日には二人は開放されることになる。
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翌日も、廊下には男女問わず見物人が大勢来ていた。イルミネが手を振る。廊下で黄色い悲鳴が響いた。
「イル。やめろって。お前だけの話じゃないんだぞ」
クレメンティがイルミネの手を叩いた。
「そうだぞ。セリナやベルティナに迷惑になるかもしれないから、やめておけ」
エリオもイルミネに釘を刺す。
「私たちは特に問題はないわよ」
マイペースのセリナージェは廊下の騒ぎについては全く気にしていない。
「そうね。今のところは」
ベルティナはセリナージェに何もなければそれでいいと思っている。
そう話しているところへ、ロゼリンダとフィオレラとジョミーナが来た。
「クレメンティ様。
本日からお昼は、わたくしどもがご案内さしあげることになりましたの。よろしくお願いいたしますわ」
ロゼリンダがクレメンティに話しかけているだけなのに、フィオレラとジョミーナはベルティナを見てニヤニヤしている。決してセリナージェを見ることはしない。
「いや。もう場所はわかっていますし、問題はありませんよ。みなさんはみなさんでゆっくりなさってください」
クレメンティがやんわりと断るも、ロゼリンダは引かない。
「学園長様に頼まれましたので、そういうわけには参りませんの。テーブルも予約してありますので、ゆっくりはできますわ」
「え? 食堂室って予約なんてできましたっけ?」
「セリナージェ様。お言葉」
セリナージェがいつもの調子でロゼリンダにツッコミを入れたので、ベルティナは慌ててセリナージェを注意する。
「まー! ベルティナ様。侯爵令嬢であるセリナージェ様に同等な言葉遣いですの? 常識を疑われますよ」
フィオリアはベルティナがセリナージェに『様』を付けたくらいでは許してくれないらしい。
「申し訳ありません……」
「ちょっとっ! 私、わたくしのお友達に文句は言わないでちょうだい。言わないでくださるかしらっ!」
謝るベルティナをセリナージェは一生懸命に庇おうとした。
「その辺でおやめなさい」
ロゼリンダの顔はフィオレラとジョミーナに向かっていたが、本音はどちらに言ったのかはわからない。
「クレメンティ様。とにかくそういうことでございますので、後ほどお迎えに上がりますわ」
ロゼリンダが軽くお辞儀をして踵を返し、クレメンティに返事を聞かずに去っていった。三人は席へと戻った。
「ねぇ、レムだけ行けばいいんでしょう?」
イルミネが小さい声で意見した。クレメンティは思いっきり渋面をした。
「イル。意地悪はよせ。今日のところはしかたあるまい。放課後にでも教師に相談することにしよう」
「はーい」
イルミネも意地悪には自覚があるようで素直に返事をした。
「申し訳ありません。それしかないようですね」
三人のやり取りに、ベルティナはまたしても違和感を感じた。答えがわからなくてムズムズするベルティナだった。
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昼休みになった。ベルティナとセリナージェは教室をとっとと抜け出し学生食堂でいつものランチボックスを買うと、晴れの日にいつも向かう木々の間のちょっとした木陰に行った。そこで芝生の上にシートを敷いて、並んで座って昼食を始める。一年生のときからの習慣だ。ここの学生食堂のランチボックスは週替わりになっており飽きることはほぼない。
二人での食事は気兼ねなくおしゃべりも弾みいつも楽しい。
「ロゼリンダ様たち、また何か言ってくるかもしれないわね」
二年間ロゼリンダ達とは何のトラブルもなくやってきた。だが、セリナージェはベルティナに対するフィオリアとジョミーナの視線はずっと気になっていたのだ。
「そのときには侯爵令嬢に戻ってよ。ふふふ」
「さっきも完璧だったでしょう?……」
二人は目を合わせた。ベルティナは何度も目をしばたかせた。ベルティナのそんな姿にセリナージェが吹き出した。
「プッハハハ。ベルティナったら、そんな顔しないでよ。それにしても急だとできないものねぇ」
セリナージェはご令嬢三人への言葉が全く侯爵令嬢らしくなかったことを笑っていた。ベルティナも笑ってしまった。
「普段から使うようにしたら? ちゃんとやればできるんだから」
ベルティナはセリナージェが急拵えのご令嬢でなく、ちょっとした習慣のせいだとわかっている。
「嫌よ。面倒くさいわ。学園を卒業したらそれが主になるのよ。学園にいるときくらいは肩の力を抜きたいわ」
「ふふふ。呆れちゃうわ」
セリナージェはやっぱりいつものセリナージェで面倒くさがりでマイペースなのだ。
ベルティナは言っても無駄だと思って、笑ってしまうことにした。
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数日後、ベルティナはレストルームからの帰りの廊下でフィオレラとジョミーナに捕まった。恐らくベルティナを追跡してきたのだろう。
「ベルティナ様。ちょっとよろしいかしら?」
伯爵令嬢のフィオリアに声をかけられてもベルティナは慌てなかった。しかし、扇で隠した口元はニヤけているのだろうと予想ができたベルティナは返事をするのも嫌だと思った。
「嫌だって言ってもいいんですか?」
嫌でも無視はできない。
「あなたねぇ!」
ベルティナが反抗するとは思っていなかったようでジョミーナが目を釣り上げて怒る。それはそれは淑女らしかぬ大きな声で。
「ジョミーナ様。落ち着いてくださいませ。ベルティナ様の作戦ですわよ」
フィオレラがジョミーナを笑顔で諭す。二人はお互いにそういうポジションのようだ。
ベルティナはそもそもセリナージェ侯爵令嬢がいないところを狙うこの伯爵令嬢たちのことが気にいらない。
「で? なんでしょうか?」
ベルティナはわざと面倒くさそうに聞いた。
「クレメンティ様たちとどちらでお知り合いになりましたの?」
思いの外ストレートな質問にびっくりしたが想定内な質問ではあった。一応、怪訝な顔をして釘を刺す。
「はぁ? それ、フィオリア様に関係ありますか?」
またしてもジョミーナが身を乗り出しフィオレラが止めた。ベルティナは気が付かなかった体で話を続けた。
「まあ、いいですけど……。
王立公園ですよ。花壇のボランティアにセリナージェ様と行ったときに知り合いました」
これは五人で決めた嘘だった。五人で花壇のボランティアに行ったのは本当なのだ。
「いつですの?」
「春休みですよ。まさかその時は留学生だとは知らなかったですけどね」
ほとんど真実なのでベルティナの顔も心も態度も至って冷静だ。
「本当は知っていて関係を築きたかったのではないのですか?」
ジョミーナがありえない話をねじ込んできた。
「他国からの留学生の情報が私達に入るわけないじゃないですか? 旅行者だと思って話をしただけですよ」
ベルティナは二人の顔を訝しだ目で交互に見た。
「では、クレメンティ様とのご縁は望んでおりませんのね?」
フィオリアが辻褄の合わない結論を出してきた。これが言いたかった本音なのだろう。優秀なベルティナは、そういう論破できていないのに本人の希望を押し付ける態度が気にならなかった。
「はい? そうは申しておりませんが?」
「まあ! 図々しい! 男爵令嬢ごときが公爵子息様を狙っているとおっしゃるの?」
『男爵令嬢ごとき』ジョミーナからもやっと本音が漏れた。ベルティナはここぞとばかりに追い打ちをかけた。
「今まではその気はありませんが……。うふふ。そうですか。お二人に言われて気が付きました!
確かに、クレメンティ様はお優しい上に公爵子息様! それもご長男! 嫡子様!
その気になるべきお相手のようですね。
教えていただいて、ありがとうございました。失礼します」
ベルティナはにっこりと笑って軽く頭を下げる。フィオレラとジョミーナを残したままさっさと立ち去った。
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