3 留学生
次の日、約束通りランチの後王立図書館へ出かけることにした。ランチは宿屋トーニが営む小さなレストランですませた。お互いの国の話で会話がとても弾んだ。
食事を終え外で辻馬車に乗ることにする。ベルティナとセリナージェは、実は辻馬車に乗るのは初めてだったのでドキドキした。男の子三人も一緒なので、そういう意味では安心して利用できた。
ベルティナとセリナージェの二人で王立図書館へ行くときには屋敷の馬車を使うのだ。だが、なんとなく彼らとはお互いに身分を隠しているので、屋敷の馬車を使うわけにはいかなかった。
ベルティナとセリナージェは『エリオたちが二人に護衛がついていることに気がついている』とは思っていない。
個人馬車と違いとても大きい馬車は荷台がぐるりと座席になっていて10人も乗れる。箱馬車ではなく庇のような屋根が付いているだけだ。オープンになっているのでゆっくりと進むが風が気持ちいい。五人は町並みを楽しみながら王立図書館へ行った。
ベルティナもセリナージェも王立図書館は初めてではない。三人が興味があるというコーナーへ連れていく。三人はピッツォーネ王国の人なのに、スピラ語―スピラリニ王国の言語―が話せるだけでなく読み書きもできるという。三人共とても優秀なことがわかった。
民族文芸コーナーではベルティナとセリナージェもピッツォーネ王国とここスピラリニ王国との違いを三人から聞けて、とても楽しく、とても有意義な時間となった。
それから話の流れでベルティナとセリナージェは三人に毎日付き合って王都の見学をすることになった。二人は執事やメイドに聞いてから案内した場所もあり、二人もかなり王都に詳しくなった。
ある日王立公園へ行ってみると、教会主催のボランティアの花壇作りをやっていた。五人は汚れることなど気にせずに、一生懸命に手伝った。帰りに神父様から残った苗をもらった。
「僕たちは、育てる場所がないからね」
エリオがそう言って、苗はベルティナとセリナージェがすべてもらうことになった。
またある日は、メイドたちオススメの喫茶店へ出かけた。フルーツをふんだんに使ったパンケーキがとても美味しいお店だった。しかし、三人には量的に少々物足りなかったらしい。屋台で肉の腸詰めを挟んだパンを三つずつ買ってその場で平らげていた。ベルティナとセリナージェは呆れながら笑っていた。
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そして、2週間があっという間に過ぎた。明後日には学園が始まる。なので、お別れの挨拶をした。
「私たちがお付き合いできるのは今日までなの。楽しんでもらえたかしら?」
セリナージェが小首を傾げて可愛らしく聞いた。
「ああ! とても楽しかったよ。いろいろとありがとう」
エリオはキレイな顔で満面の笑みで返した。ベルティナは何度見てもエリオのキレイな笑顔にはドキドキしてしまう。それでも、それは外に出さないようにベルティナも笑顔で返した。
「それはよかったわ。私たちも楽しかったわ」
「僕たちはまだ当分王都にいるから、また会ったらお茶でもしようね」
イルミネの明るいお誘いは、社交辞令だとわかりやすくて答えやすい。
「そうね。図書館とかでなら本当に会いそうね。ふふ」
セリナージェは図書館での時間がとても楽しかったようだ。この二週間に三度も行った。
「イルが一人で図書館に行くことはないだろうけどな」
クレメンティのイルミネへのツッコミにみんなが笑った。
「「じゃあね」」
お互いに名乗らず、広場の噴水前で別れた。ベルティナとセリナージェは家の馬車を待たせてある方へと歩き出す。二人が広場から出るまで見送ることにした。二人がある程度離れた頃合いでイルミネが、ベルティナたちに手を振ったまま、エリオに尋ねた。
「エリオ、よかったのか?」
「今更名乗るのか? 彼女たちが貴族だと言い切ったのはイルだろう? 上手く行けば明後日会えるさ」
エリオもまだ見える二人の後ろ姿に手を振っていた。
「あの学園、何クラスあると思っているんだよ。学年だって同じとは限らない」
そう言いながら、セリナージェが振り向いたことに気がついたクレメンティは大きな体を少し背伸びをして手を振った。
「でも、会える気がする……」
エリオが断言した。
「会いたいの間違えだろう?」
イルミネの意地悪なツッコミにエリオは前蹴りで仕返しした。
二人の背中が広場から消えたのを確認した三人は宿屋へと戻った。
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春休みが終わり、ベルティナたちのクラスのメンバーに変化のないまま三学年になった。二学年終了時、ベルティナは学年一位であったし、セリナージェは三位であった。
二位はランレーリオ・デラセーガ公爵子息だ。彼の父は現宰相であり、代々宰相家の長男である彼も宰相を目指しているという噂だ。
「ベルティナ。どんなふうに勉強してるんだ?なぜ、僕は君を抜けないんだ?」
ランレーリオは笑顔で朝一番にベルティナに質問してきた。彼のそれが決して嫌味などではないことはこの二年間切磋琢磨してきたのでよくわかっている。
「科目によってはあなたが上でしょう。私もうかうかしていられないわ。あなたのおかげで勉強がはかどっているわ」
ベルティナもとてもいい笑顔で返した。ベルティナがここまで努力できているのは、ランレーリオのおかげだとベルティナは本気で思っている。
「そうかっ! なら僕も努力していくだけだな。ハハハ」
ランレーリオは気さくなイイヤツなのだ。ランレーリオは「よしっ!」と気合を入れ直して席へと戻っていった。
ランレーリオが席に着くと同時に先生が入ってきた。その後には見目麗しい三人の男の子がついていた。彼らはなんとベルティナとセリナージェが春休みを一緒に過ごしたあの三人だった。ベルティナもセリナージェも開いた口が塞がらない。イルミネがそれを見て笑っている。
先生が三人は隣国ピッツォーネ王国からの留学生だと紹介した。
三人はそれぞれ、クレメンティ・ガットゥーゾ公爵令息、イルミネ・マーディア伯爵令息、エリオ・パッセラ子爵令息だと名乗った。
三人の席を決めることになった。
「先生。実は、セリナ嬢とベルティナ嬢とは顔見知りなのです。知り合いですといろいろと聞きやすいのですが、彼女たちの近くの席は無理でしょうか?」
クレメンティの発言に先生はすぐに了承し、ベルティナたちの前の席が空けられた。その席に今までいた男子生徒たちは一番後ろの席になった。
「ほらっ! 会えただろう!」
エリオがイルミネに鼻高々に自慢した。エリオはとても嬉しそうに笑った。その笑顔にクラスの女子生徒が胸を抑えて凝視した。
「エリオの勘には負けました」
イルミネが真面目な顔をして頭を下げた。クレメンティがそれを笑って見ていた。その和やかなやり取りにクラス中が注目していた。
ベルティナとセリナージェはまだ口が塞がらない。
先生の声かけで三人は着席し授業が始まった。
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休み時間、まだみんなは三人を遠回しに見ていて積極的に近寄ってくる気配はない。壁から二列目のベルティナの前の席のクレメンティが座ったまま振り向く。
「まさか同じクラスとまでは、予想していなかったよ。もちろん、嬉しい誤算だよ!」
「そうなの?」
クレメンティの笑顔にセリナージェも笑顔で返した。壁から一列目のセリナージェの前の席のエリオも後ろを向いている。
「そうだね。会えるだろうなとは思っていたけどね」
エリオは再びイルミネに自慢気な顔をした。ベルティナはその無邪気な様子に笑顔になった。
クレメンティとエリオの机の間にイルミネが立った。
「二人とも、すごい顔だったよ」
イルミネはまた笑い出した。イルミネが笑い上戸なことはベルティナもセリナージェもこの春休みでよくわかっているので、バカにされているとは思っていない。
「だってっ! こんなことってある?」
セリナージェは少し釣り上がっているクリクリな瞳をさらに見開いて詰問した。セリナージェのびっくり眼が可愛らしくてクレメンティは頬を緩める。クレメンティを見たイルミネがニヤニヤする。エリオが机に置かれているイルミネの手を『パチリ』と軽く叩く。イルミネが悪いとは思っていない苦笑いをする。
ベルティナはクレメンティの視線には気がついていないが、何かしらイルミネが悪戯のようなことをしてエリオが注意したのだと理解している。これも春休みの時からのお決まりのパターンの一つであるのだ。イルミネは結構悪戯好きで子供っぽいことがある。
「貴方たちが平民でないことはわかっていたわ。でも、旅行者だって思っていたのよ。本当にびっくりだわ。はぁ」
ベルティナは小さなため息をついた。
五人は改めて自己紹介した。クレメンティは公爵家長男、イルミネは伯爵家次男、エリオは子爵家三男だそうだ。セリナージェも『セリナ』ではないことと侯爵令嬢であることを伝えたし、ベルティナも男爵令嬢であることを伝えた。
三人は揃いも揃って美男子であった。噂が、噂を呼び、休み時間になるたびに観客が増えていった。そして三人は、昼休みには女の子たちにグルっと囲まれていた。
ベルティナとセリナージェはしかたなく間に入った。
「ごめんね。今日は、学生食堂に案内するように先生から指示されてるの。どいてもらってもいいかしら」
ベルティナは女の子たちに多少睨まれても気にせず、正当に聞こえそうな言い訳をして、三人を連れ出すことにした。
その言葉にイルミネが反応してくれて、壁になり盾になりしてくれる。なんとか五人は廊下に出た。歩く道すがらも注目されている。
「ベルティナ嬢。セリナージェ嬢。助かったよ」
エリオが頭を軽く下げて丁寧に礼を言った。
「ホントに助かったっ! 昼飯抜きかと思っちゃった」
イルミネはいつものように陽気な雰囲気だ。
「君たちは大丈夫なのか?」
心配性のクレメンティはまわりを目だけでキョロキョロしていた。
「先生のせいにしたから、大丈夫でしょう?」
クレメンティの心配に軽く答えたセリナージェは、唇を尖らせた。
「それより、エリオ。セリナージェ嬢はやめてよ。今更だわっ!」
エリオがセリナージェに驚いた顔をする。セリナージェはエリオがわかっていないのだと思い言葉を続けた。
「それともわたくしに侯爵令嬢言葉にしていただきたいということかしら?」
セリナージェはどうやら、エリオの口調が気に入らなかったようだ。少し鼻を上げて『侯爵令嬢言葉』を使うのだが、高慢に見せてるにしては可愛らしい。
クレメンティが頬を染めるが女の子二人は気が付かない。
「プッハハハっ! セリナっ! 侯爵令嬢言葉もうまいもんじゃないか。でも、確かに今更だよね」
イルミネの明るいノリに場も明るくなる。
「セリナがいいと言うなら、それでいいんじゃないか?」
男の子三人の中で一番高位だというクレメンティが許可したことで、春休みのまま愛称や敬称なしで呼びあうことになった。
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