26 罪状
最終話です。
しばらく二人が泣いて、ブルーノが一息ついた。
「では、わたくしは仕事に戻ります。
みなさま。ベルティナのこと、重ね重ねよろしくお願いします」
ブルーノが深く深く頭を下げる。顔をあげたときには執事の顔であった。
「大丈夫よ。ベルティナお姉様のことはみんなで守るわ」
クレメンティに胸を借りて泣き声を殺していたセリナージェが無理やり笑った。
三人も頷いた。
「ありがとうございます」
ブルーノはベルティナの肩に手を置いた。
「幸せになってくれ」
「はい、お兄様」
ベルティナは肩に乗せられた手に自分の手を重ねた。ブルーノがベルティナに頷いてその手を離した。
「メイドを呼びますゆえ、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。では、失礼いたします」
ブルーノが部屋を出るとすぐにメイドが来て温くなった飲み物を交換してくれた。
「はぁ! なんだか、お腹空いちゃったねぇ」
イルミネの冗談にみんなが笑ってテーブル席へと移動した。
「王城のお部屋に王城のお料理。贅沢な新年パーティーね。ふふふ」
セリナージェは無理に明るく振る舞った。
「せっかくだ、楽しもう!」
クレメンティもセリナージェのそんな気持ちを汲み取る。
「そうだな。では、新年を祝って、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
『チン、チン』
グラス合わせて五人のパーティーが始まった。
「ベルティナ。これからもよろしくね」
「はい」
『チン』
シャンパングラスの音が響いた。
五人は笑顔であった。仮初の笑顔であっても、それはこれから幸せになろうという決心の笑顔である。
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後日、国王陛下とエリオとで密談がおこなわれた。タビアーノ男爵一家及び使用人が殺人未遂とならなくても、使用人を含めて、罪人とすることを密約した。
タビアーノ男爵夫妻は王族のパートナーを害したことと、国王陛下に直に嘘をついたことで一生強制労働施設から出られないことになった。本来死刑でも不思議ではないが、ブルーノとベルティナの虐待が何年も続いていたことを鑑みて、すぐに死を迎えさせることをよしとしないためである。強制労働施設の中でも最下級の扱いとなるよう取り図られた。最下級の者は他の受刑者のイジメ対象になりやすい。
長男長女は当時未成年とはいえ、否、未成年だからこその虐待イジメが苛烈だったことがブルーノとベルティナの口から語られている。なので有無を言わせず罪人となった。
使用人たちは、ブルーノとベルティナによって一人一人顔見世をし、虐待に加担或いは本人が虐待をしていた者が罪人となることが決まる。虐待に加担していたと判断された者がすでに退職していた者の名前まで出したので、七人の使用人が罪人となった。
貧乏男爵であるタビアーノ男爵家では常時二人か三人だろうと思われる使用人たちだ。使用人たちが変わっても変わっても虐待に加担していたようだ。良心を持たぬ雇い主には、良心を持たぬ使用人が居着くものなのかもしれない。
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そして、半月後。
タビアーノ男爵夫妻は王家侮辱罪と発表された。
長男長女と使用人たちは『過去とはいえ隣国の王家に嫁ぐ者を害した。これは隣国との戦争の火種になる可能性がある。つまりは、国家転覆罪になる』と発表され、北の無人島に島流しとなった。そこは船で一時間ほどの場所だ。大きさこそあるものの年の半分は雪に覆われる島であり、今はまさに真冬だった。カバン一つだけの荷物が許されたが、船は九人を降ろすとすぐに帰ってしまった。
殺人未遂について罰則をとらなかったのは、法の整備が無いので裁けなかっただけである。国王陛下は貴族に対し『子供への過激で度重なる虐待は、家族であっても暴力事件として殺人未遂または傷害の罪とする』と公布した。今後は殺人未遂が適応されることもありえると、貴族たちには改めて通達された。
妹と弟は王宮預かり、兄嫁と兄の子供たちは兄嫁の実家へ戻された。これは、ブルーノとベルティナの願いであった。
長男の嫁と子供は離縁し実家に戻った。タビアーノを名乗ることは許されない。長女の婚約も当然解消となった。
弟妹は王宮預かりとなったがベルティナもブルーノも兄姉であることは名乗り出なかった。自分たちの代わりに虐待をされていないかは気にはなったが、ブルーノもベルティナも自分に必死であったので、弟妹への家族としての愛情はなかった。それに、虐待されていた時に常に近くにいたことが、ブルーノとベルティナにとっては嫌な思い出の引き金になる存在だったのだ。
弟妹にとって家族と引き離された原因であるブルーノとベルティナの存在は知りたくないだろうという配慮もある。
弟妹には『領地経営がうまくいかず家族で生活していくことが困難となった』と伝えていく予定だ。弟妹はブルーノと違い通いのメイドに引き取られたので、ブルーノとも顔を合わせることは一生なかった。大人になれば両親の罪名は知ることになるかもしれない。
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新年パーティーから4日後、王都にあるティエポロ侯爵邸は重い空気に包まれていた。
「まったく! 娘二人を同時に嫁に出すことになるとは、聞いておらん!」
応接室にはティエポロ侯爵家の面々とエリオとクレメンティとイルミネがいた。
ソファー席には、二人掛けにエリオとベルティナ、向かい側にクレメンティとセリナージェが座っている。その間に一人掛けを並べてティエポロ侯爵とティエポロ侯爵夫人がそれぞれ座っていた。少し離れたテーブル席にはティエポロ家の兄姉たちとイルミネが見守っている。
「それも、二人とも隣国へだと!」
ティエポロ侯爵は怒り顔ではなく泣き顔だ。
「あなた……」
「わ、わかっているっ! だがな、何も一度に二人ともいなくなることはあるまいっ!」
さらに目尻を下げて本当に泣きそうな顔でティエポロ侯爵夫人に縋った。
「そんなの、ボニージェとメイージェで慣れているでしょう?」
お姉様たち二人は合同結婚式だった。
「何度やっても慣れるものではないっ!」
ボニージェとメイージェがティエポロ侯爵の両隣に来て慰め始めた。
「はぁ、情けない……。この人を待っていても話は進まないわ。反対しているわけじゃなくて、寂しがっているだけだから気にしないでね」
エリオとクレメンティは苦笑いで頷いた。
「それで、これからどうする予定なの?」
ティエポロ侯爵夫人はお茶を手に取り優雅に飲み始めた。
「卒業式の時期にクレメンティの親と私の兄がこちらの国へ参ります。その時に婚約の手続きをお願いしたいのです。手続きや作法はこちらのやり方で構いません」
『エリオの兄』は王位継承者一位のお方だ。その名前が出ても動揺しないティエポロ侯爵夫人はさすがと言える。
「二人はそれでいいのね?」
ベルティナとセリナージェは目を合わせた。侯爵夫人へ向き直り返事をする。
「はい、お母様。わたくしは、クレメンティ様とともに歩みたいと存じます」
セリナージェは侯爵令嬢らしい言葉を選んだ。クレメンティがセリナージェに笑顔を見せる。
「お義母様。わたくしもエリージオ王子殿下のお側でお支えしたいと思っております」
エリオがベルティナの手を握った。
「私たちの結婚式よりも兄の王太子即位式が先になりますので、ベルティナ嬢を王子妃ではなく、公爵夫人として迎えることになります」
「そう。それはベルティナさえ幸せならどちらでも構わないわ。お二人ともお仕事は公爵の他に高官をなさるということでよろしかったかしら?」
ティエポロ侯爵夫人は微笑のまま次々に確認していく。
「「はい」」
「セリナとベルティナは言葉はどうなの?」
「夏休みからベルティナと一緒に勉強しております。大陸共通語でしたら問題ありません。ピッツ語も日常会話でしたら履修しております」
セリナージェがベルティナに『ねっ!』というように小首を傾げてベルティナも笑顔で頷いた。
「セリナージェ嬢はご謙遜なさっておりますが、お二人共、ピッツ語の読み書きもほぼ問題ありません」
エリオに率直に褒められて、セリナージェは喜んでクレメンティと目を合わせて微笑んだ。クレメンティとともに頑張ってきたのだ。クレメンティの言葉はほとんど愛の囁きであったが。
「そう、それはよかったわ。
あなた、二人はそれほど本気ですよ。いつまでも拗ねていたら娘たちに嫌われますよ」
「なっ!!」
ボニージェとメイージェに寄り添われて俯いていたティエポロ侯爵が目を見開いて立ち上がった。
「ふふふ、大丈夫よ、お父様。お父様を嫌いになるなんてありえないわ」
セリナージェが小さく首を振りながらいつもの口調で可愛らしく言った。ベルティナも愛されている喜びで笑顔であった。
「そうですよ、お義父様。心配なさらないで。クスクス」
ティエポロ侯爵は崩れるようにドカリとソファーへ落ちた。
「そ、そうか。そうだな。二人とも嫁いでも、私の娘たちであることは変わらないのだ。
嫌な事があったら、いつでも帰って来なさい。娘の四人くらいっ! 孫の十人くらいっ! 俺が養う!」
まさかボニージェとメイージェも帰ってくる話になっている。あまりの大きな話にみな一瞬呆れたが、ジノベルトが笑い出したことでみなも笑い出した。
「それって、僕も手伝うんだよね? なんか大変そうだから、二人が帰りたくならないように大切にしてやってくれ」
ジノベルトがお茶目に親指を立てて、エリオとクレメンティに合図を送った。
「「はい! 任せてください!」」
ジノベルトの冗談に二人が真面目に返事をしたことがまた可笑しくて、みんなは笑い通しだった。
ティエポロ侯爵だけは『本気なのに!』と訝しんだ目でみんなを見ていた。それもまた、みんなを笑いに誘っていた。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
なんとか、なぞ回収できたかなと、思っております。
明日よりランレーリオ&ロゼリンダ編を新連載いたします。是非そちらもよろしくお願いします。
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