24 誘拐と殺人未遂
衛兵がなんとかタビアーノ男爵の腕を取り押さえているので、ティエポロ侯爵とタビアーノ男爵の乱闘は避けているような状態だ。周りもハラハラしている。
「祝いの席だというのに、いったい何をしておるのだ?」
重厚でよく響く声が、みなを一点に注目させた。国王陛下、その人であった。
本人たちもギャラリーもみな頭を下げた。
「面をあげよ。みなもよい。
エリージオ王子よ。ベルティナ嬢が震えておる。休憩室の前まで下がるがよかろう」
「はっ!
ベルティナ。僕に掴まって。セリナのところへ行こう。大丈夫だよ。僕が付いてる。大丈夫、大丈夫」
エリオはベルティナを支えて立ち上がった。イルミネはエリオとタビアーノ男爵との間にいるように気を配りながら移動している。視線はタビアーノ男爵から外さない。
衛兵が抑えているので、万が一ではあるが、タビアーノ男爵が襲ってくるかもしれない。その対処をエリオはイルミネになら任せられた。なので、ベルティナだけを気にしていることができた。セリナージェの元へ行くまで大丈夫と何度もベルティナの耳元で繰り返した。
ティエポロ侯爵夫人がベルティナの元に駆けつけて、セリナージェと二人でベルティナを抱きしめる。
エリオとイルミネとクレメンティは誰であろうと通さないという目で立ち塞がった。
ベルティナの安全を確認した国王陛下はタビアーノ男爵とティエポロ侯爵へと向き直った。そして、会場に聞こえるように話を始めた。
「で? エリージオ王子の正体だったの。エリオ少年がエリージオ王子であることは、昨日まで秘匿であった。知っていたのは、ワシと王妃、宰相、それから、エリージオ王子の側近の二人。それだけだ。それまでは子爵家の子息として扱っておった」
国王陛下がタビアーノ男爵をチラリと見た。
「ワシの証言では、信用ができぬか?」
そこで見聞きしていた全員が、ビクッとした。まかり間違えても『国王陛下の言葉が信用できない』などと口走る者などいるはずもない。
しかし、その言葉を信用しても、タビアーノ男爵は引き下がらなかった。
「そ、そんな。で、でも、他国とはいえ、王家と姻戚になるのなら、娘は渡さないっ!
国王陛下! 養子縁組を無効にしてくださいっ!」
タビアーノ男爵は国王陛下に縋りたそうだったが、両脇を衛兵にガッチリと掴まれてもいた。それにしても、国王陛下へも怒鳴り口調であるとは、大した度胸というか、マナーも知らぬ愚か者というか………。
まわりの貴族たちは訝しんだ視線をタビアーノ男爵へ向けた。タビアーノ男爵にはそれを見る余裕などない。
国王陛下はタビアーノ男爵の無礼を責めることなく話を続けた。
「だがなぁ、書類に不備はないし、本人たちの意思が変わらない。無効にはできぬな。ベルティナ嬢はすでに成人した貴族令嬢だ。
それに、王家と姻戚になるから戻せとはどういう了見じゃ? 王家や高位貴族と姻戚にならぬのなら娘はいらんと申しておるようだの?」
タビアーノ男爵の口調とは逆に静かで重厚な口調の国王陛下は余計に迫力がある。ギャラリーの多くが自分が責められているわけではないのに姿勢を正した。
国王陛下は軽侮の目をタビアーノ男爵へ向けた。さすがのタビアーノ男爵でも少し震えた。それでもまだ言い縋る。
「い、いえ。元々が侯爵様に無理やり取られた娘なのです。その娘が、我々が知らないうちに養子縁組なぞして、これは誘拐ですよっ!」
「はぁ……」
国王陛下が大きなため息をついた。ギャラリー全員がビクリとし背筋をさらに伸ばした。
「わしは常々、子供は国の宝だと申しておる。その宝が痩せ細り青あざだらけだったと聞いている。それは、どういうことだ?」
国王陛下は片眉をあげて訝しむ視線をタビアーノ男爵へと送る。
「そ、それは、その……」
タビアーノ男爵はたじろぎ一歩下がった。歯をガタガタさせ声は震えていた。
「与えても与えても食べようとしない子供だったのです!それを食べさせるために仕方がなかったのです!」
タビアーノ男爵夫人が急にその場に飛び出してきてタビアーノ男爵を抑える衛兵の脇に立った。タビアーノ男爵家の危機を感じたのかもしれない。
「そうか。そのような言い訳をするか……。
しかたがないの……」
国王陛下の言葉に空気が凍る。みながゴクリと喉を鳴らした。
「では、この者にも発言を許そう。出てまいれ」
国王陛下が顎をあげてそこへ呼ばれたのは、先程、幼い王子殿下の脇に控えていた仮面をつけた男だった。国王陛下に挨拶した者はみな、気にはしていた。だが、身分の不明の者が国王陛下たちのお側にいられるわけもなく『顔にあざでもあるのかもしれない。だが、有能だから取り立てられているのだろう』と考えていた。
「これは、今、幼い王子の家庭教師と専属執事をさせておる者だ。仮面をとれ」
その男が少し下を向き仮面を取った。そして、髪をかきあげ上を向いた。
「っ! ブルーノ兄様!」
ベルティナは即座に気が付き両手で口を覆い驚いていた。ギャラリーは何もわからず見守っていた。
「ブルーノだと? あいつは森で死んだはずだっ!」
タビアーノ男爵は自分の目で見てもブルーノであると確信を持てないようだ。ツバを飛ばしながら喚いた。タビアーノ男爵夫人は明らかに震えていた。
ブルーノと呼ばれた青年は落ち着いた様子であった。国王陛下に『発言を許す』と言われているので、国王陛下へ一礼して口を開いた。
「ベルティナ。大丈夫か? 後でゆっくり話をしよう」
優しげに紡がれた言葉に涙に濡れたベルティナは手で口元を覆いながら頷いた。
『カツッ』
ブルーノは靴を鳴らしてタビアーノ男爵の方へ体を向ける。
「タビアーノ男爵殿は私に死んでいてほしかったようですね。しかし、残念ながら私は死んではおりません」
明らかにベルティナへの口調と異なる冷たい声音にタビアーノ男爵夫妻はたじろいだ。親子のはずなのに『タビアーノ男爵殿』と隔絶した言い方も冷たさを実感させている。
「あなたたちの虐待に耐えられず家出し、たどり着いた先がたまたま王家領でした。一年ほど王家領の町で浮浪孤児をしておりました。
国王陛下が即位されました時に、王家領の視察へいらっしゃったのです。そして、そのお帰り際、私は運良く拾っていただけました。そして、執事様の弟子にしていただいたのです」
まさかここでブルーノが現れるなど誰も予想していなかった。国王陛下でさえも、ここで表に出すことになるとは予想していない。
「このブルーノから、タビアーノ男爵家の虐待の話を聞いた。タビアーノ男爵領がティエポロ侯爵州だから、ティエポロ侯爵に様子を見に行かせたのだ。
すると、ブルーノの言った通りであったようだ。
ティエポロ侯爵の前に出されたのは、痩せ細り、体中青あざだらけで、さらには髪を切り刻まれた女の子だったのだ。それがベルティナ嬢だ。
間違いないな?」
国王陛下はティエポロ侯爵に確認の目線を送る。ティエポロ侯爵は大きく頷いた。
「ベルティナ嬢のことはティエポロ侯爵にすべてまかせたのだが、タビアーノ男爵に金を積み侍女として買い受けたと聞いている。
ティエポロ侯爵はそれをベルティナ嬢には言わず、我が子のように可愛がり、教養も与えておるようだが?
問題があるか?」
国王陛下の話を聞いてさらに数人のご婦人が倒れた。虐待、青あざ、痩せ細り、髪が切られていた、娘の売却、逃げた息子……淑女たちに耐えられる話ではなかった。
「つまり、タビアーノ男爵家は実の息子と娘を虐待したあげく、娘を売ったのだ。まあ、その後もティエポロ侯爵にはタビアーノ男爵の監視を続けさせたが、さすがに下の子供たちには虐待していなかったようだな」
ティエポロ侯爵がベルティナを助けたのも、妹と弟のことを知っていたのも、国王陛下の指示であった。それでも、ティエポロ侯爵がベルティナを手厚く保護してくれ家族として受け入れてくれたことに、ベルティナのティエポロ侯爵への感謝と尊敬の気持ちは揺るがない。
「だからの、ベルティナ嬢とティエポロ侯爵との養子縁組が無効になることはありえぬ。そして、今後、ベルティナ嬢がどこへ嫁ごうとも、それを決めるのは、ベルティナ嬢でありティエポロ侯爵家である。わかったな?」
国王陛下はまるで子供に確認するかのようにタビアーノ男爵夫妻に『わかったな?』を強調した。
タビアーノ男爵夫妻はその場に崩れ落ちた。衛兵もその腕を離した。もう、暴れることはないだろうし、この距離ならいつでも止められる。その場合、止める手段は選ばないが。
「ふぅ、『子は国の宝』だとワシの祖父の代から言われておるのに、こういうことはなくならぬのかのう?」
国王陛下のなんとも寂しそうな瞳にギャラリーからも小さくため息が聞こえた。
「だが、ブルーノはワシが見たときには、確かに死ぬ直前であった。そうさせたのは、親であるタビアーノ男爵であると言えるだろう。貴族の子女は十八歳までは守られているはずだ。これは、タビアーノ男爵家の者、使用人も含めて、殺人未遂と言えなくはない。追って沙汰する。
が、その前に………」
国王陛下が会場をグルッと見回した。
会場の雰囲気は新年のお祝いパーティーであったはずだが、すべてこの話に飲まれてしまいすっかりお祝いの雰囲気ではなくなってしまっていた。
「このような騒ぎを起こしたことを咎めぬわけにはまいらぬな。タビアーノ男爵は領地謹慎2年とする」
国王陛下が腕を前で組み片手で顎髭を扱きながらそう言った。
「恐れながら」
ティエポロ侯爵が一歩前へ出て胸に手をかざし頭を下げた。
「ん? なんだ? 申してみよ」
国王陛下に発言を許可されたティエポロ侯爵は、手はそのままで頭を上げ、皆に聞こえるように宣言した。
「タビアーノ男爵には、十一月に『今後ベルティナに関わった場合、領地剥奪の上、ティエポロ侯爵州より追放』と約定しております。
合わせて、州長としても、タビアーノ男爵家を信用することは叶いません。ですので、約定通り、領地剥奪といたし、我が州より追放いたします」
ティエポロ侯爵が国王陛下に頭を下げて一歩退き、元の位置へ戻った。
タビアーノ男爵は口をパクパクとさせたかと思ったら、頭を抱えて床に突っ伏した。タビアーノ男爵夫人はすでに涙でボロボロで見る影もない。
「そうか。では、謹慎は半年にしてやろう。貴族のルールにのっとり、王都にある王家管轄の屋敷を貸してやる。一年以内に使役する州を決めるが良い。決まらなかった場合、爵位は降格だ。男爵の場合は爵位剥奪となるな」
タビアーノ男爵夫人はなんとかタビアーノ男爵に縋りついた。そして、震えていた。
昔は実力のある子爵家が州替えを望んだり、横暴な州長の高位貴族家に耐えられず州替えを希望する子爵家男爵家があったのだ。その時からのルールなのだ。
だが、採用されるのは実に五十年ぶりとなる。
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