18 恩師
虐待シーンがあります。苦手な方は飛ばしてください。
タビアーノ男爵夫妻はそんな汚い者たちを屋敷には入れられないと、外の薪割りや草むしりなどをやらせる。炎天下であろうと雪であろうと関係ない。そして、仕事が遅いと言って殴り、仕事が雑だと言って蹴飛ばした。
兄姉は二人が汚いと言って井戸へ引っ張り連れていき頭から何度も水を浴びせた。
食事は使用人よりも後で、スープしか残らない鍋と硬くなって誰も食べなくなったパンを水に浸して、それを二人で分け合い食べ水を飲んで凌いだ。
それでも、ベルティナの隣にはブルーノがいたから二人は耐えられた。
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ブルーノが初等学校へ上がると顔を殴られるのはベルティナだけになった。ブルーノはベルティナに謝るが、ベルティナは仕方がないのだと泣き言は言わない。
ブルーノの痩せ方を心配した教師の一人が誰にも秘密でブルーノにパンを与えた。ブルーノはそれを持ち帰り夜中に屋根裏部屋で二人でそっと食べた。
ベルティナが初等学校へ上がるとベルティナも顔を殴られることはなくなったが、体中なぐられ、それが見えないように夏でも長袖のボロを着させられた。
教師は二人にパンを毎日くれた。
「ごめんな。僕はこの領地の学校に雇われだ。つまり、タビアーノ男爵に雇われているんだよ。これ以上のことをしてやれない……」
教師は時には泣いて謝ってきた。ブルーノとベルティナにとってはその教師のおかげで生きていけるのに、謝られる意味がわからなかった。
二人は家のことをしなくていい学校の時間が大好きで一生懸命に勉強した。
「学園へ通うことは貴族の義務だ。そこまで頑張れ! そこでいい友人を見つけ、ここから出るんだ。そのためにも勉強は頑張れ」
その教師とブルーノとベルティナは始業時間の2時間も前に学校へ来て勉強に励んだ。おかげでブルーノは学年1位で初等学校を卒業した。
しかし、タビアーノ男爵はそれが余計に気に入らず、ブルーノの卒業証書を破り捨てその日はブルーノが立てなくなるほど殴った。そして、ブルーノは成績が優秀にもかかわらず中等学校にも通わせてもらえなかった。
ブルーノの受けた罰を聞いたその教師は、ベルティナの成績に細工をすることにした。タビアーノ男爵には普通程度であると思わせるためだ。パンはベルティナに二人分持たせた。
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初等学校を出て、一日中働かされるようになったブルーノは、ずっとチャンスをうかがっていた。教師には『学園で友人を作り助けてもらえ』と言われていた。
だが、ブルーノが学園へ行く年まで後2年半。ブルーノにしてみれば自分がそこまで生かされるかも不明だった。
そして、その日はやってきた。
州都に移動サーカス団がやってきて、タビアーノ夫妻、兄、姉、妹、弟が揃って州都の屋敷へと出かけて行ったのだ。予定では1週間ほど戻らないと聞いていた。
ブルーノは思い切って家出を決意した。ブルーノはベルティナにも声をかける。
「ベルティナ。俺はこの家を出るよ。お前もおいで」
痩せていて落ちくぼんだブルーノの目は本気だった。
「ブルーノ兄様。それは無理よ。私を連れていたら、兄様も逃げられない。私は学園を出れば、どこかのメイドにでもなれば逃げられるもの。お兄様はこのままではダメよ。幸運を祈っているわ」
ベルティナは痩せギスの体では走れないことも、逃げても数日で餓死するような体であることも、しっかり自分で理解していた。
「ベルティナ。いつか迎えにくるから。それまで生きていてほしい」
ブルーノも納得した。ブルーノだけでも生きていけるかの保証は何もない。ブルーノとベルティナは痩せ細ったお互いの手を握り合う。
「ありがとう、ブルーノ兄様。お兄様も必ず生きてね」
ベルティナの目には涙が浮かんだ。しかし、のんびりもしていられない。
真夜中、ろうそくの火を頼りに父親の寝室や書斎にある金目のものをさがす。父親の忠実な下僕の執事も州都に付いて行っていたのは幸いだった。お金とお金になりそうなものを二人で集めた。本当に一人が逃げられるかどうかのお金しか見つけられなかった。金庫を開けることまではできなかったから。
長兄の部屋に行きブルーノが着られそうな普段着を選ぶ。いくつか見繕って着替えて、他はかばんに入れる。ブルーノの痩せ細った体には不釣り合いであったが、今まで着ていた服で外へ行くよりはマシであった。
ブルーノは最後にベルティナを抱きしめた。二人は必ずまた会おうと約束した。
ブルーノがまだ真っ暗な道をろうそくの灯りとともに消えていった姿はベルティナには忘れられない光景になった。
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州都から帰ってきたタビアーノ男爵は怒り狂った。もちろんすぐに捜索した。だが、一週間も前なのだから見つからない。森にでも逃げて、猛獣に襲われたのだろうと結論付けられた。
だが、タビアーノ男爵の怒りはおさまらない。その矛先はベルティナにむかった。それ以来、ベルティナへの虐めは苛烈を極めた。母親もブルーノの分まで働けと夜中までベルティナに仕事をさせた。
服をブルーノに盗まれたと兄も怒り、それまで以上に仕打ちが酷くなり姉もそれに加わった。
仕事が増えて朝の勉強に行けなくなったベルティナは教師に謝った。教師は気にしなくていいと言って、今までと同様、ブルーノの分のパンまでくれた。
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そんな時、ティエポロ侯爵からベルティナを連れて来るようにと言われたのだ。ベルティナは初等学校には行っているので存在は誤魔化しようはなかった。
それから一週間。州都のタビアーノ男爵邸ではベルティナに無理やりご飯を食べさせた。だが、食べさせも食べさせもベルティナは太らなかった。
ベルティナは無理やり食べさせられた後でレストルームでそれらをほとんど吐き出していたのだった。散々食事を抜かれて小さくなってしまった胃袋には受け付けられなかったようだ。
風呂も無理やり入れられた。髪にこびりついた泥はどうやっても落とすことができず、ティエポロ侯爵邸に行く前日に男の子のように髪を切られた。
ベルティナは、結局痩せっぽっちのままで、さらに散切り頭という状態で、侯爵邸に連れて行かれることになった。
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ベルティナの姿を見たティエポロ侯爵は即決した。
「ほぉ! なかなか賢そうな子だ。うちのセリナージェと一緒に勉強させることにしよう。しばらく預かる。いいな」
本気と嘘を織り交ぜながらティエポロ公爵はタビアーノ男爵夫人に断ることをさせない。
州というシステム上、高位貴族と子爵家男爵家では確かな身分の差があるのだ。タビアーノ男爵夫人は拒否できなかったというところもある。
ティエポロ侯爵邸でベルティナはすぐに浴室に連れていかれた。裸にされると侯爵夫人が浴室に入ってきた。侯爵夫人は泣きながらベルティナを抱きしめた。
ベルティナの体はアザだらけであった。どう見ても古いアザもある。腕も足も、腹も背も、青くない場所を探す方が大変なほどだった。肋骨は薄く見え、手首は今にも折れそうだ。目は落ちくぼみ、唇はカサカサだった。散切りに切られた髪には艶はなく軋んでいた。
それでも、ベルティナの瞳だけは爛々として生きる気力は溢れていた。兄ブルーノとの再会の約束がベルティナが生きていく理由だった。
『この子はいくつから耐えていたのかしら。うちの州のまさか貴族家でこのようなことがあるなんて』
侯爵も侯爵夫人もとてもショックを受けていた。
その日から、まずはスープから与えられる。そうやって少しずつベルティナは回復していった。
三週間後にはセリナージェと初対面し、セリナージェはその場でベルティナを気に入った。そしてその日からベルティナの隣にはいつもセリナージェがいた。
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セリナージェとベルティナは初等学校の卒業までたったの半年だったので、初等学校へ行かずに家庭教師で勉強することになった。ベルティナは大変賢く、家庭教師でさえ感心していた。ベルティナは特にその理由を話さなかった。タビアーノ男爵領のあの教師に固く口止めされていたからだ。
ティエポロ侯爵はなんやかんやと理由をつけてはベルティナをタビアーノ男爵家に返すことをしない。それどころか、タビアーノ男爵夫人とベルティナを会わせもしなかった。
ベルティナは普通の人並の体型になり、落ちくぼんだ目が元にもどると、なかなかの美人であった。髪はまだまだ伸びないがリボンをしているので女の子らしくなっている。
セリナージェとの庭遊びでは、三ヶ月程すると随分と転ばなくもなった。
しかし半年後、ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業して、タビアーノ男爵家は領地へと戻ることになった。さすがにもうベルティナを返せとタビアーノ男爵は息巻いた。しかし、ティエポロ侯爵が金を積みベルティナを侍女として買い取ると言うと、喜んでサインをし金を持って帰っていった。
子爵家男爵家の子女が州長の子女の側近や専属侍女になるために州長の家で暮らすことは珍しくはない。だが、金を積まれることは大変珍しい。金に目のないタビアーノ男爵はそんなことには気が付きもしなかった。
だが、ティエポロ侯爵はベルティナにそのことをいうつもりはなかった。あくまでもセリナージェの友人でいてほしかったのだ。
ティエポロ侯爵の願い通りベルティナとセリナージェは大の仲良しになり、今日も二人で過ごしている。
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ベルティナの姉が州都の中等学校を卒業したと入れ違いに、ベルティナとセリナージェは中等学校へ入学した。
中等学校に入学したベルティナは、打って変わって悪い成績になった。それを訝しんだティエポロ侯爵夫人はベルティナに聞いてみた。
「良い成績を取るとまた殴られるの。お兄様がそうだったの。それはイヤだから、わざと間違えているんです。お父様に届く成績表が悪くなるように」
ティエポロ侯爵夫人は泣きながらベルティナにすべてを話してほしいと訴えた。この一年でティエポロ侯爵夫人を自分の味方であると判断していたベルティナは、タビアーノ男爵領の恩人の教師について話をした。
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