17 誕生日
ベルティナの幼少期のお話しになります。
虐待シーンも出ます。苦手な方は、ご遠慮ください。
19話投稿には、前書きに今回のあらすじを入れ、今回次回を読まなくとも読んでいただけるようにする予定です。
十月。次週にベルティナの誕生日を控えた週末。ティエポロ侯爵に呼ばれて、ベルティナとセリナージェは王都にあるティエポロ侯爵邸に戻ってきた。お邸には、セリナージェの兄ジノベルト夫妻、双子の姉たちとそのベイビーたち、ティエポロ侯爵夫妻が揃っている。
「少し早いが家族でベルティナの誕生日を祝おう。ベルティナ、十八歳だな。成人となったわけだ。おめでとう!」
「「「おめでとう!」」」
みんなが笑顔で祝っている。ベルティナが侯爵家に来てから、毎年必ず家族が集まってくれるのだ。そして、セリナージェの時とそっくり同じことをしている。少しだけ違うのは、メイン料理。セリナージェは豚肉が好きだが、ベルティナが好きなのは鶏肉だ。
だが、ベルティナはそれを口に出して言ったことは一度もない。それなのに、ベルティナのお誕生日パーティーのメインディッシュは鶏肉になっている。ベルティナは家族はもちろん使用人のみんなにも感謝と尊敬と愛情を感じずにはいられなかった。
ベルティナは今年も泣いていた。嬉し涙だ。
食事の後、サロンにみんなが集まり話をしていた。セリナージェはクレメンティの話を強請られ照れていた。でも、六月の頃のように決して否定したりはしない。恥ずかしがりながらもクレメンティのことを惚気けていた。
さらに今回は双子の姉たちのベイビーたちという主役もいる。まるでこちらも双子のようにそっくりな女の子たちで、ティエポロ侯爵の目は開いているのかわからないくらい細くなってタレていた。
「あなたたちも一緒に産むと楽しいことも2倍よ」
ポニージェとメイージェがベルティナとセリナージェにウィンクした。
「二人は嫁になどいかん! ずっとここにいるのだっ!」
セリナージェの惚気け話を聞こうとしていなかったティエポロ侯爵は本音をぶちかました。隣りにいたティエポロ侯爵夫人に頭を『コツン』とされていた。これにはみんな大笑いだ。
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そこへ、執事が紙とペンを盆に乗せて入ってきた。盆をテーブルに置く。
「みんな。テーブルに座ってくれ」
ティエポロ侯爵の命で大きな丸テーブルに全員が座った。ベルティナはティエポロ侯爵夫人の隣に呼ばれた。いつもはそこはセリナージェの席だった。
「ベルティナ。君はもうすぐ十八歳の成人だ。それは先程も言ったな。成人は書類上のことも自分で決められるようになるのだ。
ただし、貴族はどうしても親の意向が強いのはわかるね」
ベルティナとセリナージェが頷く。セリナージェもクレメンティが好きだし一緒にいたいが父親から政略結婚を望まれたら拒否はできないと思っている。それが『親の意向に従う』ということだ。
だが、今のティエポロ侯爵がそのようなことを言うとは思えない。話の行き先が読めないベルティナのセリナージェはティエポロ侯爵の言葉を待った。
ティエポロ侯爵が一つ息を吐く。
「ベルティナ。君の両親が君の存在を自分たちのものだと主張する前に、君には自由になってほしいと私たちは思っている」
『もしかして、卒業後はここを出ていけということなのかしら……』
ベルティナは侯爵が言わんとすることを考えて怖くなった。それはセリナージェも考えたようで、セリナージェはベルティナの手をギュッと握る。
「父さん。遠回しすぎて二人が捨てられた子供見たいな顔をしているよ」
ジノベルト兄夫妻と姉二人がベルティナとセリナージェの青くした顔を見てクスクスと笑っている。ティエポロ侯爵は苦笑いした。
「ベルティナ。あなたは子供の頃にされていたことを覚えているわよね? わたくしたちは、あのような家にあなたを返したくはないの」
ティエポロ侯爵夫人がベルティナのセリナージェが握っていない方の手を握る。
「叔母様……」
「オッホン! そこでだ! ベルティナ。私たちの子供になりなさい」
やっと本題を出せた父親に兄夫妻と姉二人は笑いが止まらないようで、肩を揺らしていた。
「「え?」」
ベルティナだけでなくセリナージェにもわからない話だ。
「私と正式に養子縁組をし私の子供となるのだ。私たちの子供になったとはいえ、君を縛るつもりはない。君は文官になりたがっているとセリナから聞いている。それを反対したりはしない。
だが、君はタビアーノの家名のまま文官になるとタビアーノ家に給料を取られたりするかもしれない。いや、文官にさえさせず家で奴隷のように働かされるかもしれない。それはわかるね?」
ティエポロ侯爵は先程のようなおどけた顔ではなく真面目な大人の顔であった。
ベルティナは視線を落として頷いた。
セリナージェだけが話の半分を理解していない。
「どういうこと? なぜベルティナがそんなことをされるの? ベルティナと家族になれるのは嬉しいけど、お父様の言っていることがわからないわ!」
セリナージェが興奮気味にみんなの顔を見ていく。誰もすぐには答えない。セリナージェが理解していないのは、ベルティナがタビアーノ家にされるかもしれないという内容についてだ。
「セリナ。こちらへいらっしゃい」
セリナージェはボニージェとメイージェにサロンのソファーに連れられて行かれた。ベルティナがセリナージェに会う以前はどんな様子であったかという説明を受けるのだろう。
「ベルティナ。わたくしたちはあなたを家族だと思ってきたわ。でも、あなたがわたくしたちに気を使ってくれていることも、セリナのようには甘えられないこともわかっています。
それでも、あの家の従属になるより、あなたが幸せになれるはずだと思うのよ。そして、あなたにはその権利があるの。彼らの従属に戻ってはいけないわ」
ティエポロ侯爵夫人の真剣な眼差しは少しだけ潤んでいた。ベルティナは自分を心配して泣きそうになっていることはわかるので心がほんのり暖かくなる。
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ベルティナ・タビアーノ。ティエポロ侯爵州タビアーノ男爵領当主の次女である。兄、姉、兄、妹、弟の6人兄弟であった。
しかし、ベルティナには今は兄は一人しかいない。
ベルティナが十歳の時、ベルティナのすぐ上の兄ブルーノが十二歳にして、領地の屋敷から家出をしたからだ。
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そして、ベルティナが十一歳になる頃、運命の日が訪れた。
ある日、州長であるティエポロ侯爵は州都にあったタビアーノ男爵邸を突然訪ねた。タビアーノ男爵領はティエポロ侯爵州の内の領地の1つであり、その州都においてティエポロ侯爵邸とタビアーノ男爵邸はお隣であった。
その家にはそこそこ小綺麗にした令嬢二人とタビアーノ男爵夫人と思われる大変ふくよかな女性とその女性に抱かれた赤ん坊がいた。
州長の前触れもない来訪にタビアーノ男爵夫人は狼狽した。
「あ、あの、おもてなしもできませんが……その……奥へどうぞ」
男爵家程度では州都の屋敷にはメイド一人をつけるのがやっとで、メイドが買い物も料理も掃除もすべてやる。もっと財産の少ない男爵家ともなれば、メイドはおらず夫人自らが子どもたちの世話をすることも珍しいことではない。なので、急な来客をもてなす準備などできているわけもない。
ティエポロ侯爵はそれをわかっているので無理にもてなしなど望んでいなかった。
「いや、このまま、ここでいい」
ティエポロ侯爵は玄関先に立ったまま話を続けた。
「申し訳ございません」
「いやいやかまわんよ。そんなことより。
うちの娘は今年十一歳になるのだが、こちらにうちの娘と同い年の女の子がいると聞いた。うちの娘と友達にならせたいのだがその子はいるかね?」
威厳のありそうなバリトンボイスでティエポロ侯爵はタビアーノ男爵夫人に尋ねた。今、ティエポロ侯爵の目の前にいる小綺麗にした女の子二人は、一人はどう見ても五歳ほどであるし、もう一人は十四歳で州都の中等学校へ通っていると聞いている。
「申し訳ありません。その子は領地におりまして会わせることがかないません」
タビアーノ男爵夫人はティエポロ侯爵とは目を合わせないようにして頭を下げた。
だが、そんな簡単にはティエポロ侯爵は引き下がらなかった。二人の女の子を見た時点で予想通りといえるのだから。
「いや、急ぐ話ではない。来週中に連れてきてもらえれば問題ない。隣の我が屋敷で待っている。必ず、連れて来てくれ。頼んだよ」
最後の『頼んだよ』はかなり脅しが入っているように思えて、タビアーノ男爵夫人は震えていた。
挨拶もそこそこにティエポロ侯爵は帰っていった。
タビアーノ男爵夫人は急いでタビアーノ男爵領に住む夫に手紙を書いた。その少女はすぐに州都の屋敷に送られてきた。
それから1週間足らず、タビアーノ男爵夫人はその少女に姉のブカブカなワンピースを着せてティエポロ侯爵邸へ連れてくる。
ティエポロ侯爵はその少女のあまりの痩せ方に驚いた。それにこれでは、本人に合った服は持っていないと宣伝しているようだ。さらに髪はなぜか男の子のように短くて、切りそろえられているわけでもなくまさに散切り状態だ。同じタビアーノ男爵家の娘のはずなのに、先日会った二人との違いにティエポロ侯爵はかなり驚いた。
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ブルーノとベルティナの幼少期は壮絶なものだった。
ブルーノとベルティナは両親と上の兄姉から虐待されていたのだ。使用人たちもそれに追随しており時には使用人たちからの暴力もあった。
二人に手を差し伸べる者は屋敷の中にはいない。二人はまるで使用人にまで使われる奴隷のような扱いであった。
部屋は屋根裏部屋で薄い毛布を一枚ずつ渡されただけである。ベッドもない部屋で二人で身を寄せ合うようにして眠った。
朝は誰より早く起きないと1日中なぐられるので誰より早く起きた。その後、二人で水瓶を満たすため、井戸と台所を何度も往復する。起きてきた使用人たちは、まず、挨拶のように木桶を運ぶ二人を転ばせる。なので、二人の服はいつも真っ黒だった。
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