16 謝罪
本日より題名回収してまいります。
虐待シーンを想像させる文章もありますので、苦手な方は避けてください。
セリナージェは、次の日にはクラスへ戻ってきた。席は壁側のエリオの後ろ。隣にはベルティナがいる。
ランレーリオとロゼリンダは今日もクラスに来ていない。ロゼリンダは寮の食堂に昨日の夕食も今日の朝食にも現れなかった。エリオたちもランレーリオを見ていないという。
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ロゼリンダとクレメンティの言い争いは、ランレーリオも含めて多くの生徒の知るところとなってしまった。しかし、多くの生徒はロゼリンダのことではなく『クレメンティとセリナージェの燃えるような恋』を噂にしていた。
なので、数日間はクレメンティとセリナージェが一緒に歩いていただけで、女子生徒からは黄色い声がかかっていた。男子生徒も口には出さないが、男として女を守るクレメンティに羨望の眼差しを向けた。
お昼。いつもの場所。
エリオとクレメンティが今日の買い物係だ。三人で座って待っている。
「ちぇっ! この前のことさぁ。レムがかっこよく見えただけだったみたいだね。本当に収めたのは、エリオだっていうのにさっ」
イルミネがクレメンティへの他生徒の視線にヤキモチを焼いているみたい。ベルティナは『イルもかわいいところがあるな』と思い、ついついイルミネの頭をナデナデしてしまった。
「なっ! ベルティナ! 俺が好きなの?」
「え? ええ、好きよ? でも、どうしてそうなるの?」
「ベルティナの『好きよ』はそういうんじゃないんだろうね。はんっ! わかってるけどさっ。
あのね、ベルティナ。頭にナデナデなんて、小さい子供に対してか、好きな子に対してしか、男はやらないんだよ。わかる?」
「女は母性があるから、比較的、誰にでもやるわよね?」
セリナージェもベルティナの味方をした。だが、ベルティナにはそれどころではなかった。
『好きな子に対してしか、男はやらないんだよ』
ベルティナが先日のセリナージェとクレメンティの事で悩んでいた時に、エリオが何度も頭を撫でてくれていたのだ。エリオはどういうつもりなのかは確かめたくても怖くて確かめられない。何よりも恥ずかしいし、でもあの暖かさを忘れられない。ベルティナは一人でパニックになっていた。
そこへランチボックスを抱えた二人がやってきた。
「きゃーー!!」
ベルティナはエリオの顔を見た瞬間に叫び声をあげてしまった。エリオはあまりのショックに顔を青くしてその場に項垂れた。
エリオの様子に三人は笑っていたが、ベルティナは何度も何度もエリオに謝って、なんとか復活してもらい、自分の失態は『ただ急だったから』で誤魔化した。
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でも、誤魔化されない親友がここにいた。夜のセリナージェの部屋。
「で、ベルティナ? 本当は何があったの?」
ベルティナはセリナージェの顔を凝視した。
「私がお休みしたたった一日に、エリオと何かがあったのよね? ふふふ」
「あ、えっと、何もない……わ……たぶん。イルの考えがすべてではないし……」
「へぇ! エリオにナデナデしてもらったのね!」
セリナージェの笑顔にベルティナは驚きを隠せない。手をどこに置いておくかもわからなくなって、手だけがせわしなく動いてる。
「うわぁ! ベルティナをこんなふうにしちゃうなんて、エリオってすごいのねぇ! すごいのは、エリオじゃなくて『恋の力』かしら? ふふふ」
「こ、恋の力?」
ベルティナは、真っ赤になった。
「まさか、自覚なし? ベルティナにも苦手なことってあるのねぇ」
ベルティナは手をあたふたさせていて、反論ができない。自覚し始めたばかりで自己処理できていないのだ。
「セ、セリナも、そ、そうでしょう?」
「そうね、あんなに泣くことができるなんて、知らなかったわ。
それに語学もやらなきゃっていうより楽しくなってきているのよ。放課後はね、ピッツ語だけにしているの。誰にもわからないからって、レムったら、恥ずかしいことばかり言うのよ」
セリナージェが頬に手を当てて照れていた。セリナージェが学園へ戻ってまだ数日、セリナージェとクレメンティは本当にラブラブなようだ。
「ナデナデされたことは置いといても、エリオはベルティナが好きだと思うわよ。ベルティナは何に躊躇しているの?」
ベルティナは冷静にドキリとした。心に引っかかるものが確かにあるのだ。
「私、男爵家だもの……」
「え? エリオは子爵家なのよ。問題ないでしょう?」
ベルティナはエリオが子爵家だということを信じていない。きっともっと上……もしかしたら、セリナージェよりも……。それは、確定ではないが、ベルティナの中では確信があった。
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ロゼリンダたちに関しては、なんとなく、スッキリしないまま、一週間が経った。そんなある朝だった。
「彼らが君たちに報告があるそうだ」
先生に促されて入ってきたのはランレーリオとロゼリンダだった。みんながざわめく。
「あの時は、みんなに心配をかけてすまなかった」
ランレーリオとロゼリンダが頭を下げた。みんながザワザワとした。半数以上が下位貴族の者なのだ。最高位の公爵子女が頭を下げていい場所ではなかった。
「今は、まさに『爵位を関係ない交友』ということで気にしないでもらいたい」
公爵子息ランレーリオにそう言われればみなは頷くしかない。みんなの顔が強ばる。
「すべての問題が解決したわけではないが、僕とロゼリンダ嬢の中でははっきりとした。書類上はまだだが、僕とロゼリンダ嬢は婚約することにしたんだ。残りの学園生活もよろしく頼みたい」
二人はもう一度頭を下げた。みんなは、内容を理解して、一気に笑顔になり、拍手を贈った。
「「「おめでとう!」」」
「「「よかったなぁ!」」」
クラス中が祝福した。
「あ! この席どうぞっ!」
ランレーリオの隣の席だった男爵家の男子生徒が窓側に移る。その姿が少しだけ笑いを誘いクラスはとても良い雰囲気だった。
「ということで遅くなったけど。授業始めます」
先生の少し間の抜けた声もまた、みんなの笑いを誘った。
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その日の昼休み。五人はランレーリオにランチに誘われた。学園長に許可を得て特別執務室のソファーセットを借りることにした。ランレーリオとロゼリンダを含めて七人でテーブルについた。
ベルティナは初めは同席を遠慮した。ロゼリンダとランレーリオがどういうつもりであるかは容易に想像ができ、個人的なそこに男爵令嬢である自分はいるべきではないと考えたからだ。
「すべてをみてきたベルティナ様ですもの。なんの問題もありませんわ。それに先程もレオが言いましたように『爵位に関係ない交友』を今からでも是非お願いしたいですわ」
ロゼリンダに笑顔で言われた。
「なら僕も子爵家だからやめておこう」
さらには、エリオにもそう言われてしまい渋々同席することになったのだ。
着席してすぐにロゼリンダが切り出した。
「セリナージェ様。クレメンティ様。あなたたちを傷つけてしまってごめんなさい。
確かにクレメンティ様のガットゥーゾ公爵家から断りのお手紙をいただいておりましたわ。わたくしの浅はかな行動でご迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
ロゼリンダはきちんと頭を下げて謝罪した。
「それはもういいです」
セリナージェはロゼリンダの腕をさすり、頭をあげてくれるように頼んだ。ロゼリンダがランレーリオに目で確認する。ランレーリオは頷いた。ロゼリンダは困った顔で少し笑い頭を上げた。
「それより、ロゼリンダ様はご納得できる結果になったのですか?」
セリナージェにとってはそちらが気になる。爵位が重くて結婚が難しいことはクレメンティに出会うまでのセリナージェにも言えたことなのだ。ランレーリオがロゼリンダの代わりに現状を説明した。
「正直に言ってまだなんだ。だけど、僕たち二人の気持ちはもう決まったからね。二人でそれを確認できたら、家でできることはこれ以上ないかなって。それより、しっかり勉強して、キチンと宰相、というかまずは高官にならないとね。ロゼにカッコつけたのにできませんでしたってわけにはいかないさ」
ランレーリオがロゼリンダをチラリと見て笑顔を見せた。ロゼリンダが照れたように微笑む。ベルティナとセリナージェはロゼリンダのその笑顔がすべてだと感じた。
「そうか! いい方向に決断できてよかったね。おめでとう!」
エリオも同じことを感じたに違いない。
「ああ、全てはクレメンティ君の言葉のお陰だ。僕は公爵にならなければって思い込んでいた。ロゼを迎えに行くのは僕が権力を持ってからだって思って勉強だけを必死にやっていた。公爵は家の地位だが、宰相は僕の地位だ。それを示せばいいなんて。
クレメンティ君。ありがとう」
ランレーリオがクレメンティに握手を求めて、クレメンティはとても照れながらその握手に答えた。
「レムはセリナに夢中だっただけなのにな? 人助けになってよかったな」
エリオが『おいっ』というように肘で小突いた。イルミネがわざと椅子から落ちた。みんなが笑った。
「どうかロゼリンダ嬢を守ってあげてほしい」
クレメンティは、ランレーリオの手をとったまま、そう言った。
「ああ、約束するよ」
ランレーリオはクレメンティの手をギュッと握り返した。
「ロゼリンダ様。おめでとうございます」
ベルティナははじめてロゼリンダと目を合わせて話をしたような気がした。
「ありがとうございます」
ベルティナはロゼリンダの見たこともない笑顔に本当に幸せなのだと見てとることができた。
二月後、ランレーリオとロゼリンダの婚約は正式なものとなった。
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