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12 消えない恐怖

 昼食を済ませて少し休憩した後、五人は再び水辺にむかった。

 クレメンティがセリナージェの手を引き、腰の高さあたりまで進む。イルミネもそれに付き合った。


 エリオはベルティナの手を引いているが、明らかにベルティナは進む足が遅い。エリオはあえて急かしたりはしなかった。


 ゆっくりゆっくりと進むが、ベルティナの目線は不安そうにずっと水面を見つめていた。エリオは何度も引き返すことを提案するが、エリオがそれでは楽しくないのではないかと考えたベルティナは大丈夫だと言っていた。


 エリオたちよりだいぶ沖の方では、クレメンティがセリナージェの手を持ちセリナージェがバシャバシャと足を動かしていた。顔はあげたままのセリナージェの状態にイルミネが笑っていて、そのイルミネにセリナージェが怒っていた。それでも三人は楽しそうだ。

 しかし、ベルティナにはその様子を見るような余裕もなさそうだった。


 エリオとベルティナが膝の上を越える深さまでくると、ベルティナは全く動けなくなった。ベルティナの頑張りもここまでのようだ。


「エリオ。私、岸へ戻るわ。貴方もみんなと遊んできて」


 ベルティナは明らかに顔色が悪い。それでもエリオに気を使う。


「僕はベルティナと一緒で大丈夫だよ。もう少し岸の方へ戻ろう」


 エリオはエリオでベルティナを気遣い、岸の方へ戻ろうとした。

 ベルティナはエリオの言葉に甘えることにした。二人でゆっくりと反対方向に向きを変えた。


 そして数歩進んだとき、ベルティナが何かに躓いて転んだ。ベルティナは両手を湖の底についてしまった。その際、顔を水に一瞬浸けてしまったのだ。その瞬間、ベルティナはパニックを起こした。まるでその場で溺れているようだ。

 エリオがベルティナを即座に抱き上げた。ベルティナを横抱きにして水から離して、水にはベルティナの足もつけさせずに岸へと急ぐ。ベルティナは、首を振って何かを怖がっているようだ。消えない恐怖を振り払うかのように首を振っている。腕はエリオの首にギュッと絡ませ体は震えていた。


 後ろからイルミネも駆けつけた。セリナージェとクレメンティも岸へと向かっている。


「ベルティナ! 大丈夫だよ。僕がいる! 大丈夫だ、ベルティナ! エリオだよ。わかるかい? ベルティナ!」


 エリオは岸につくまでずっとベルティナに話しかけた。そこにいるのはエリオであると証明し続けるためだ。


 岸に上がった時にはベルティナはパニックは解消していたが、エリオの首に手を回したまま離そうとしなかった。震えも続いていた。エリオはそのまま岸のシートにベルティナを下ろし、自分は隣に座りベルティナの背を擦った。


 そこにセリナージェが駆けつけてベルティナを抱いた。ベルティナの腕もエリオからセリナージェに移した。いくら緊急事態とはいえ、恋人でもない男女はできるたけ早く離れるという教育をこの五人は受けている。エリオは不安だし心配であるが、ここはセリナージェに託すしかなかった。

 メイドたちもベルティナに何枚ものタオルをかけたり、片付けを急いだりしていた。


 五人は着替えもせずに屋敷に戻った。馬車が屋敷に到着すると、そこからは執事がベルティナを横抱きで部屋へと運ぶ。セリナージェもそれについていった。


 メイドたちに促されて三人は着替えのために自分に用意されている部屋へと戻った。


 エリオはお湯のはられた湯船の中で先程のベルティナの姿が頭にこびりつき、何度も何度もお湯を叩き、何度も何度も顔を擦り、頭を掻きむしった。

 湯から上がってもエリオの顔色は冴えず目も虚ろだった。


〰️ 〰️ 〰️


 その日、夕食にもベルティナは現れなかった。夕食は誰も口をきかず厳かな雰囲気で、みなほとんど食べずに終わってしまった。それでもテーブルにつくことを当然にする四人は、キチンとした教育を受けている証拠であった。


 夕食の後、セリナージェは三人をサロンに誘った。四人が丸テーブルに座ると冷たい果実水が給仕された。


「心配かけてごめんね……」


 セリナージェは悲しげな顔でテーブルの縁を見つめていた。


「いや、セリナのせいじゃないよ。僕の不注意でこんなことになってしまって」


 エリオは顔色も悪くずっと項垂れたままだった。


「それは気にしないでほしいわ、エリオ。ベルティナも『エリオに迷惑をかけてしまった』ってことばかり気にしていたから」


 セリナージェは顔をあげてエリオに答えた。エリオは自虐的な笑顔だ。それ以上ここで顔を作ることはできなかった。


「今、ベルティナは?」


 クレメンティも顔は険しい。


「お医者様がよく眠れるお薬をくれたの。軽くスープを飲んでお薬を飲んだから、すぐに寝たわ」


 セリナージェも三人を安心させようと無理に笑うが、目は悲しさを隠しきれていない。


「エリオのせいではないと思うよ。おそらく本人もここまで水が苦手だと自覚してなかったんだと思う。膝下の深さまでなら、楽しんでいたんだから」


 イルミネは遠くからエリオとベルティナを観察していたので、状況を冷静に分析した。そう言いながらもイルミネもどこか悔しそうにしている。


「そうなのよ。確かに小さい頃から、そのくらいの深さしか行ってなかったの。だけど、お兄様やお姉様たちが小さい私たちをご心配なさってお止めになるからだって思っていたわ」


 セリナージェは右手を頬に手をあて昔を思い出していた。


「僕が無理をさせたんじゃないのか? 本当は岸から離れなくなかったんじゃないのか?」


 エリオは肘をテーブルについて頭をかかえた。


「違うわっ! ベルティナは楽しかったんですって。だから大丈夫だって思ってしまったのって。エリオにはとっても感謝していたわ」


「そうか……でも、怖がらせてしまったことは事実だ。ベルティナに謝りたい」


 必死に言い募るセリナージェの言葉にエリオは少しだけ納得したが、気持ちはおさまらなかった。


「それは、だめよ、エリオ! そんなことしたら、ベルティナは二度とあなたと楽しめなくなるわ。ベルティナはそういうことにも罪悪感を感じてしまう優しい子なのっ! エリオはツラいかもしれないけど、わかって。お願い!」


 セリナージェは最後にはエリオに頭を下げた。


「わかった……。わかったよ。セリナ。頭なんて下げないでよ……」


 エリオこそ泣いてしまいそうな顔をしていた。


 翌朝にはベルティナは元気な笑顔を見せた。セリナージェの進言でエリオはベルティナに謝ったりしなかった。


 それから、三週間は別荘で過ごした。釣りをしたり、乗馬をしたり、買い物をしたり。

 二度ほど泳ぎにも行ったが、ベルティナとエリオは岸辺で充分に楽しんだ。


 イルミネが冗談で始めたピッツ語限定日や、大陸共通語限定日は、セリナージェとベルティナの語学力を大いにアップさせた。


 こうして夏休みは五人でティエポロ領で過ごし、ベルティナから見てもクレメンティとセリナージェは大変よい雰囲気となっている。


〰️ 〰️ 〰️


 夏休みが明けた。夏休み前のテストの結果、クラスは変更なしだった。


「え? まさか、俺、八位? うそだろう!!」


 イルミネがショックで頭を抱えていた。


「そんなに自信あったの?」


 ベルティナとセリナージェは、もちろんピッツォーネ王国での三人の成績は知らない。


「イルは、確かにあちらでは、五位以下になったことはなかったな」


 クレメンティが落ち込むイルミネに視線を落とした。セリナージェが、イルミネの背中をさする。


「私も順位を落としたわ。イル。気にしないで」


「イルは負けず嫌いすぎだよ。勉強はレムに勝てたことないくせに」


「セリナとエリオ、いくつだったんだよ」


 イルミネが立ち上がった。


「私は今回は四位よ」


「僕だって五位なんて始めてだよっ!」


「なんだよ、やっぱり二人とも俺より上じゃないかっ」


 クレメンティがついでに答えようと口を開ける。


「レム! お前のは聞きたくないっ!」


 イルミネは片手の手のひらをクレメンティに見せて、クレメンティをストップさせる。


「たぶん、予想外れてるよ……」


 クレメンティは両手の手のひらを上に向けてびっくりのポーズをした。


「まさか? ベルティナ?」


 エリオが先程から何も言わないベルティナの方を見た。ベルティナは平然としていた。


「ベルティナが一位以外取るわけないでしょう?」


 セリナージェが両手を脇にして胸を反らして威張った。セリナージェにとってベルティナはいつでも自慢の幼馴染なのだ。


「でも、三教科もランレーリオに負けたわ」 

 

 ベルティナは大きくため息をついた。


「僕も、三位なんて始めてみた数字だよ」


 クレメンティもベルティナに負けないため息だった。クレメンティはピッツォーネ王国では常に一位だったのだ。


 ちなみに六位キアフール、七位ロゼリンダである。


「学力ではピッツォーネ王国は負けてるってことかな?」


 エリオがとてもがっかりしていた。まるで国を背負っているようだ。


「上位だけを見て、判断するのはおかしいわ。もし気になるのなら、両国の生徒百人ほど集めて共通テストをしなくては、何とも言えないわね」


 ベルティナがとても大きな提案をした。


「さすがにそれは、無理だよねぇ」


 イルミネが苦笑いで即座に答えた。


「そうでしょう。だから、私達の成績で国の優劣を語ってはいけないわ。ピッツォーネ王国は優秀な国だと、あなた達を見ればわかるのだから。だって、テストはスピラ語なのよ。

三人共本当に素晴らしいわ」


 ベルティナはエリオに微笑んだ。エリオが個人のこと以上に気にしていることに気がついていたのだ。それに、ベルティナは『実は3人はスピラ語、ピッツ語、大陸共通語以外にも、話せるのではないか』と思っていた。それほど、他国語であるはずのスピラ語が流暢であった。


「そうだね。でも、やっぱり、個人としても悔しい思いはあるよ。な、イル?」


 エリオは頭をかきながらイルミネに振った。


「俺には聞いてくれるな!」


 イルミネが口を尖らせて横を向いた。いつも笑いの中心であるイルミネの拗ねた姿を始めてみたベルティナとセリナージェは、少し驚いた。それと同時に、なんとなく安心して笑ってしまった。

 ベルティナとセリナージェは、今までは、イルミネはいつも余裕があって、すこしだけ大人な感じを受けていた。それが、やっぱり同じ年なのだと感じられたのだ。

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