11 湖畔遊び
ベルティナとクレメンティがセリナージェの部屋に行った後、エリオとイルミネの前にはお茶が出された。
「執事長。ベルティナが言うように、執事長の爵位がベルティナより上であることが理由だと思うかい?」
エリオは少し厳し目の視線を執事長へ向けた。それは『使う側』の者が持つ独特なものであった。
「僭越ながら、意見を述べさせていただいても?」
「ああ、君の本当の意見を聞きたい」
「ベルティナ様がこちらにいらっしゃったのは、十一歳の頃でございました。その頃のセリナージェ様はそれはもう大変なワガママぶりでございまして。侯爵家の末のお子様でありますので、わたくしどもも甘やかしてしまっていたのでございます」
「へぇ、そんな感じしないけど」
イルミネは肘をテーブルについて執事長の顔をジッと見た。
「ええ。それは、ベルティナ様のおかげでございます。何か大きなことがあったわけではないのです。ですが、日々の一つ一つがセリナージェ様を変えていかれたのです」
「どんなことがあったのかな?」
エリオは幼い頃のベルティナとセリナージェにとても興味を持った。
メイド長も執事長の隣に立って説明を始めた。
「ある日、セリナージェ様が庭のお花を毟ってしまいました。庭師もいつものことだと気にしないでおりました。しかし、ベルティナ様が庭師からハサミを借りて、それを小さな花束になさりました。セリナージェ様がベルティナ様に何をしているのかとお聞きになると『庭師が一生懸命に育ててくれたお花なのだから、一日でも長くキレイにいさせてあげたい』とおっしゃって、花瓶にさしてセリナージェ様の勉強机に飾りました」
メイド長はハンカチで目頭を抑えた。
「セリナージェ様は食べ物の好き嫌いが激しいお子様でございました。しかし、ベルティナ様が毎日のように『私たちのために作ってくれたお料理は美味しいわね』とおっしゃりながら召し上がるので、いつの間にかセリナージェ様の好き嫌いがなくなっておりました」
執事長は昔を思い出して笑顔になった。セリナージェの好き嫌いには大変手を焼いていたのだろう。
「わたくしは、まだメイドの一人でございましたが、ベルティナ様は、シーツがいい匂いだと喜び、衣服がキレイだとお礼をおっしゃり、カーテンが変わったと季節を感じてくださり、よく眠れたのだと笑顔を向けてくださるのです」
メイド長も後ろの少し年を重ねたメイドもなぜか涙を流していた。
「わたくしどもは、ベルティナ様をお守りしたいと、みな、思っております。そして、セリナージェ様を甘やかすだけではいけないのだと教えてくださったのも、ベルティナ様でございます」
執事長がそう言って頭を下げた。頭を下げたまま最後に言葉にした。
「爵位が問題なのではなく、ベルティナ様のお優しさそのものと存じます」
いつの間にか集まった使用人たちが、泣きながら頷いていた。
〰️
エリオとイルミネは、エリオの使っている客室へ移った。
「いやぁ、ベルティナは想像以上にいい子だったね」
「ああ。そうだな……」
エリオは口では賛同しながら眉根を少しだけ寄せている。
「何? エリオ? 納得できないの?」
イルミネが髪をかきあげながら、少し首を傾げた。イルミネにはエリオが何を気にしているのか全くわからない。エリオがお気に入りのベルティナが本当にいい子でよかったではないかと手放しで喜ばないエリオのことを不思議に思っている。
「うーん、なんかちょっと気になるかな……」
「なんで? 想像以上ではあったけど、ベルティナのこと知ってるから、俺はなんとなく納得できちゃったけど」
「僕も彼らは嘘はついていないと思うよ。きっとベルティナは、幼い頃からそういう娘なんだとも思う」
エリオは両手を前で組んで、そこは納得していると頷く。
「なら、何?」
「うーーん、わからない……」
エリオは首を数回振って難しい顔をした。
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翌早朝に遠乗りに出掛けた五人は、夕方少し前には別荘に着いた。
別荘の使用人たちは大歓迎してくれた。セリナージェとベルティナも久しぶりだったのだ。
さらに翌日早速湖に出掛けた。
メイドたちが木に幕をかけて着替える場所を作ってくれる。
「レムたちが先にどうぞ」
ベルティナに譲られて、三人が幕中に入り着替えをする。着替えが終わりクレメンティが先頭で幕の外に出た。が、出てすぐにクレメンティが止まってしまい動かなくなった。
「レム! 邪魔だよ。動けってばっ!」
エリオがクレメンティを押せば前が開けた。
そこには女神のように立つ女性が二人いた。
エリオも動けなくなった。エリオの脇から顔を出してイルミネが見た。
「あっれぇ? 二人とも、いつ着替えたんだよ?」
「ふふふ、びっくりさせようと思ったのよ」
セリナージェがかわいい舌をペロッと出した。
「実は、別荘から下に着てきたの。びっくりした?」
ベルティナも珍しくいたずらっ子の顔をしていた。そんなベルティナも眩しい。
「こいつらを見てよ。びっくりしすぎて動けなくなっちゃったよ」
「ふふ、ベルティナ。作戦成功ね!」
「そうね。アハハ!」
ベルティナとセリナージェは片手を『パチン』とハイタッチした。
「こいつら放っておいて行こう!」
イルミネが二人の手を掴んで湖へと向かった。そのまま水に入る。
「気持ちいいわねぇ!」
「ええ、とっても気持ちいいわ!」
イルミネが二人の手を離さないまま三人ではしゃいでいると、我に返った二人が走ってきた。
「イル! それは許せないぞ!」
「レム! イルを捕まえるんだっ!」
三人は追いかけっこを始めて随分と遠くまで泳いでいってしまった。セリナージェとベルティナは足を水につけたまま岸に座り、メイドから日傘を受け取りクルクル回しながら三人の様子を見ていた。
戻り途中で二人の様子に気がついたイルミネが手を振ってきた。セリナージェもベルティナも手を振る。それを見たクレメンティがブクブクと沈んでいき、エリオがクレメンティを助けてイルミネが笑っていた。
復活したクレメンティはイルミネを沈める。エリオはクレメンティを手伝っていた。
その様子を見ていたベルティナは少しだけ気が遠くなった。
だが、三人が岸まで戻ってきた水音で我に返った。
「喉乾いちゃった。メイドさんにもらってこようっと!」
イルミネがとっとと岸をあがってしまった。クレメンティがセリナージェに手を伸ばす。セリナージェは日傘を持ったままクレメンティの手を取り、二人で膝上ほどのところまで入って行った。エリオはベルティナの隣に座った。
「三人とも泳ぎが上手なのね」
「ああ、子供の頃から泳いでいるからね。ベルティナは泳げないの?」
「試したことがないの。顔を水につけることが怖くて。セリナは少しだけ泳げるって言っていたわ」
ベルティナは足を水にバタバタさせていて、ベルティナもエリオもなんとなくそれを見ている。
「そうなんだ。ピッツォーネ王国の王都は湖の側なんだよ。王城は湖を背にしているんだ」
「まあ!ロマンチックなのね」
ベルティナは目をキラキラさせてエリオを見た。
「ハハハ、そうだね。朝日の時間はとても美しいよ」
「エリオは朝日の時間に王城と湖を見たことがあるのね。きっと雄大なのでしょうね」
「え!あ、うん。湖から見たら雄大だよ。夕日もキレイなんだよ。湖も真っ紅に染まるんだ」
少しだけエリオは慌てていたが、ベルティナは気が付かない。
「ステキねぇ」
「あ、あのね、ベルティナ」
「うん?」
「今日のベルティナもとっても、その、ステキだよ。似合ってる。うん、かわいい」
「う、うん。ありがとう」
ベルティナも水着を褒められるのは照れてしまう。
「そろそろお体を冷やしすぎてしまいます。一度お上がりになってくださいませ」
「わかった」
メイドに声をかけられてエリオがすっと立つ。そして、ベルティナに手を伸ばす。ベルティナは頬を染めたままその手をとった。ベルティナが立ち上がっても、エリオはその手を離すことはなく、二人は手をつないだままメイドの用意してくれたシートまで戻った。
〰️
昼食に合わせて屋敷から温かいスープとサンドイッチが届いた。少し冷えた体に染み渡る。
「私も少し泳いでみようかしら?」
「セリナが泳げていたのっていくつの時なの? 本当に大丈夫?」
ベルティナはとても不安でセリナージェの腕に手を置いてセリナージェの目をジッと見た。
「七歳よ。お兄様に教えていただいたの」
マイペースなセリナージェはケロッと答える。ベルティナの心配があまり伝わっていないようだ。
「俺たちがいるから大丈夫だよ。少しだけやってみたら?」
「でも、笑うのは禁止よっ!」
セリナージェは一番笑いそうなイルミネを睨んだ。
「セリナを笑ったりするもんかっ!」
セリナージェは、もちろんクレメンティが笑うなんて思っていない。
「セリナ。変な前振りやめてよ。俺、もう笑いたくなっちゃったよ」
イルミネは本当に笑い出した。
「もう! まだ、何もしてないのに!」
セリナージェの頬が膨れるのを見て、みんなが大笑いした。
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